第17章 宇宙船の旅
1.宇宙船への導き
「せっかく時間があるんだ、行ってみる?」
そう口にした浩平は、いくら施設が忙しくてもこちらへ来てしまえば時間という概念そのものを意のままにできるのだと悟った。澪を説得する以前の問題だったのだと納得しつつ、浩平は三人に振り返って言った。
「ですよね」と言いながら、亜依は手早く荷造りを始めた。
「あ、そうだ! 澪の分のスクーターも買っておかないと。二人乗りはキツイでしょ!」
「そうだな、あとで買いに行ってくるよ」
浩平が応じると、一行は車へと向う。
愛衣は助手席へ澪と歩美も後部座席へと乗り込んだ。
ステーションワゴンを走らせて四方足印台座へと向かった。
「私、考えてたんですけど――」
澪が切り出そうとしたところで、亜依が割り込んだ。
「この車のこと? 浩平さんはね、車ごと深い霧に入り込んでここへ来たのよ、だから色々と便利なの」後ろの澪に振り向いて話す。
なぜか亜依は誇らしげに胸を張る。
「……で、これからどこへ行くんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ? UFOの中だよ」
澪が思いがけない言葉に首をかしげた。
「UFOって……世間で言う、あの未確認飛行物体ですか?」
隣で歩美が静かにうなずいた。
西のスクーター台座を横目に見ながら、東にある四方足印の台座前に直接移動した。
「さて、取り敢えずビーチね!」
浩平が鍵を抜く。そのままビーチの足印台座の真正面に立ち、「まだ止まってないよな」と呟くと、愛衣と歩美も頷いた。
「止まったらな!」
浩平はそう言いながら鍵を差し込み、すぐに引き抜いた。
台座が明滅を繰り返し、ルーレットのように回転を始める。だが、なぜかまた真正面で止まってしまった。
「どうする?」
歩美が問いかける。
「一応入るだけ入って確かめたら、いつものようにすぐ帰りましょ!」
「よし、じゃあ入るぞ」
浩平は、万が一のときに備え、澪にお守り代わりの鍵を手渡した。
「何かあったらこれを使ってくれ。首からぶら下げておいてくれよ」
そう言って、澪の首に鍵をかけてやる。
それから、浩平が台座に乗った瞬間、その姿がフッと消えた。それを追いかけるように、仲間たちも次々と小さな台座から飛び移っていく。
浩平が台座に乗った瞬間、その姿が消える。続いて全員が小さな台座から次々と飛び移った。
移動した先も、また同じ風景が広がっていた。
「さて、探そう!」
浩平は両手を前に突き出し、手探りで陸地のほうへゆっくりと歩き出した。一ノ瀬澪はビーチから海を眺めている。
「澪、行くよ!」
愛衣が優しく手を引いた。
しばらく進むと、目に見えない透明な壁に突き当たる。そこからいつものように手探りでドアノブを探し始めると、すぐに浩平の手がそれに触れた。
「あった!」
だが、違和感があった。
ドアノブの高さはどれも均一だったが、掴むための突起ではなく、指先をわずかに引っかけるだけの凹み——まるで和室の引戸のような構造をしていたのだ。
回して押し開けようとしても、びくともしない。引いてみてもダメだった。
「……もしかしたら、スライドさせる引戸なのか?」
試みに、右へ滑らせるように力を込めると——カチリと軽い手応えを残し、扉は静かに開いた。
全員で息を呑み、ドアの向こう側を覗き込む。
――しかし、そこには何もなかった。
足を踏み入れる気すら起きないほど、ただ真っ暗な世界が広がっている。
「……よそう」
浩平が言った。
不気味なほど暗い世界。まだ何かを作り上げる前の、何もない世界――そんな気がした。分からないことだらけの世界だと、あらためて痛感させられる。
諦めて戻った4人は、気を取り直して再び鍵を抜いた。今度はやっと右の足印で止まり、次々と中へ入っていく。
そこでドアノブに手をかけ、扉を押し開けた。周囲を見回してみるが、人の気配はない。足元はスロープのようになっていた。
意を決し、浩平はドアから離れてスロープを降り始める。右腕を後ろへ伸ばし、「待ってろ」と制止の合図を送った。三人は息をのんでその背中を見つめている。
その一瞬、浩平には――三人の立つドアがまるで宇宙船のハッチのようで、そこから自分を見守っているように見えた。
あたり一面を覆う短い緑の雑草。その先の土塁の上には、直径十メートルほどはあるだろうか、シルバーの光沢を帯びた物体が音もなく静止していた。周囲を見渡すと、同じようなものが他に五台ほど確認できる。浩平は一番近くにある機体へ向かい、少し高くなった土塁を登っていった。
機体の真下に差し掛かった、その時――。
底面の一角が不意に開き、スロープがゆっくりと降りてきた。まるで「乗ってこい」と言わんばかりに。浩平は恐る恐るスロープを上り、入口に手を掛け、少しかがみ込んで中を覗き込む。
人影はなさそうだった。
浩平は一度三人の元へ戻り、今後の行動を話し合った。
このハッチを開けたまま、澪と歩美には外で待っていてもらうことにする。浩平を先頭に、愛衣が続いて開いた機体の中へと足を踏み入れた。
二人が機体の床に立った途端――
スロープが自動的に上がり、壁面すべてが透明になって周囲の景色が露わになった。時が止まったのか?歩美と澪は、機体を見つめたままの姿勢で、瞬きひとつせず静止していた。音が消えた。
まるで世界そのものが息をひそめたような静寂。周囲の景色が一瞬、暗闇へと沈む。
その中で、少しずつ小さな明かりが浮かび上がり始めた。浩平は愛衣に話しかけようとする――
だが、言葉が出ない。声帯の感覚すらない。意識だけがある。
身体という存在そのものが、どこかへ消えてしまったかのようだった。
身体の感覚が消えたまま、ただ意識だけが宙に浮いているような状態。
その暗闇の中で浮かび上がってきた光は――ただの光ではなかった。
2.二つの太陽とその衛星
光がゆっくりと形を成し始める。
最初に見えたのは、巨大な惑星だった。その周囲には二つの太陽が等しい距離を保って並び、まるで惑星を挟み込む対の灯りのように輝いている。
片方の太陽の周囲には小さな衛星がひとつだけ軌道を描いており、その星だけが淡く青白い光を帯びていた。
機体が――動いた。
音もなく、ただ視界が滑るように切り替わっていく。
透明な壁面に映る景色が、ゆっくりと宇宙空間へと変わる。地上で静止したままの歩美と澪の姿が遠ざかり、機体は空へ、さらにその外へと上昇を始めていた。
隣に愛衣がいるはずなのに、声が出ない。ただ、彼女の存在だけがぼんやりと感じられる。
機体は二つの太陽の間を抜けるように進んでいく。
左右から均等に光が差し込み、影がどこにも生まれない。やがて――片方の太陽の周囲を回る、あの小さな衛星が視界いっぱいに広がった。
表面は薄い雲のような膜に覆われ、青白い光が揺らぎながら、まるで呼吸をしているかのようだ。機体はその衛星へ向かってゆっくりと降下を始める。重力の感覚はない。ただ「落ちていく」という事実だけが、意識に伝わってくる。
衛星の表面が近づくにつれ光は濃さを増し、やがて視界のすべてが青白い輝きに包まれた。
その瞬間――浩平は、自分の身体がどこにあるのかさえ分からなくなった。
ただ、着陸する。
その確信だけが意識の中心に静かに浮かんでいた。
機体は衛星の表面へと降り立ち、やがて光が薄れて視界がゆっくりと形を取り戻す。
そこは――地面そのものが、淡く発光している世界だった。
足元には、砂でも土でもない、細かい結晶の粒が敷き詰められている。機体が触れるたびに光がかすかに揺れ、波紋のように周囲へ広がっていく。
空は深い群青色で、二つの太陽のうち片方だけがこの衛星を照らしていた。
太陽の向こう側にもう片方が隠れているのだろうか。その光は柔らかく、影をほとんど作らない。
まるで世界全体が薄い光の膜に包まれているようだった。
遠くには、低い丘のような地形がいくつも連なっている。しかしその表面は岩ではなく半透明の殻のような物質で覆われており、内部をゆっくりと流れる光が見えた。
風はない。音もない。
ただ、衛星そのものが呼吸しているような微かな脈動だけが、足裏に伝わってくる。
機体の周囲には、円形のくぼみがいくつも並んでいた。人工物のようにも見え、自然に形成されたものにも思える。そして、同じような機体が遥か向こうまで十数機、整然と並んでいた。
その中心には、淡い光の柱が一本、静かに立ち上っている。
隣で、愛衣が息をのむ気配がした。
浩平はまだ身体の感覚が完全には戻らぬまま、ただ意識だけでその光景を受け止めていた。
ここは――誰も知らない、誰も踏み入れたことのない場所。
二つの太陽のうち、片方だけに寄り添う小さな衛星の表面。
その圧倒的な静けさは、まるで「最初の来訪者」を優しく歓迎しているかのようだった。
3.衛星からの帰還
浩平は興奮していた。
「なんて場所に来てしまったんだ!」
だが同時に、誰かが何かを伝えようとしているようにも思える。
自分に何かをしてほしいのだろうか、だからここへ導いたのか——そんな考えも浮かんだが、答えが得られることはなかった。
今度は歩美と澪も連れに来なきゃな、と思った瞬間、浩平の意識は遠のいていった。
気がつくと、二人は機体の中に入った時とまったく同じ状態で立っていた。
「おい愛衣、大丈夫か!?」
浩平が声をかけるのと同時に、愛衣もまったく同じタイミングで声を上げた。
「すごい……すごいものを見ましたよね! あそこの衛星でしたよね、絶対そうですよね! 歩美と澪にも知らせなきゃ!」
愛衣は興奮した様子で外へ飛び出していった。
浩平は、一体何が起きているのかを頭の中で必死に整理していた。
愛衣の後を追い、みんなの元へ戻ると、すでに女子三人で再び乗り込む話がまとまりつつあった。浩平は歩美に、自分たちが中にいた間どんな様子だったかを確認する。
しかし歩美と澪には、浩平と愛衣が入った瞬間にそのまま出てきたようにしか見えていないようだった。
浩平は「その場で少し待っていてくれ」と言い残し、一人で再び台座へと戻った。
数分後に戻ってきた浩平は、やはり向こうへ行っている間、こちらの時間は止まったままだったのだと確信する。
三人の元へ戻った浩平は、今回は三人を見送る側となり、その場で待つことにした。
やがて帰ってきた三人を見て、浩平は先ほど歩美たちが感じたものと同じ体験をする。中に入った三人は、やはり入った瞬間にそのまま出てきたようにしか見えなかったのだ。
あまりの衝撃に、四人は言葉を失っていた。
浩平には、あの場所にはまだ何か巨大な秘密が隠されているとしか思えなかった。
戻った三人に、どれくらいの時間機体の中にいたのかを確認した。
三人は、浩平とほぼ同じ答えを口にした。
「一時間くらいかな」
あの老夫婦は、ただこれを見せるためだけに、鍵とメモを残したのだろうか。
年老いて、人生に疲れ、旅に疲れたから……?
確かに、そういう側面もあるのかもしれない。だが、浩平の胸の中には何か、つかえたものが残ったままだった。
やがて、透明な壁は、帰りの床に記した場所まで戻ってきた。
「さて、帰るとしよう」
その扉は、浩平の寝室へとつながっていた。
「やはりな……」
これは、多少の誤差のために作っておいたギミックだ。
愛衣と歩美の部屋の扉も、数センチ北にずれた作りになっている。あちらから帰るための開閉時に生じる、微妙な時間のズレを修正するための扉——そういった意図で作ったものだった。
この日は、皆が疲れ切ってそれぞれの部屋へ戻っていった。
あの愛衣でさえ、言葉少なに戻っていく後ろ姿からは疲れが滲み出ていた。
「じゃあ、明日な」
その夜、浩平も倒れ込むようにしてベッドに入った。
夢を見ていた。
あの老夫婦と三人で、楽しそうに話している。
そこは、まるで例の衛星へ降り立ったような光景だった。何を話したかは覚えていないが、二人は笑顔のままだった。
目覚めると、ベッド脇のチェアーに歩美が座っていた。
「おはよう、浩平さん。すごいいびきでしたよ」
「おぉ……そうか、おはよう。今朝は早いな。どうした?」
「だって、昨日のあの星の話……。うん、すごかった。すごい体験をしたな、と思って」
「愛衣は?」
「まだ寝てますよ。よっぽど疲れたんだと思います」
「確かに……。あんなものを見たらな。俺もまだ興奮してる。だが、あれって一体何だったんだろう? 歩美はどう感じた?」
歩美は少し思案するように黙り込んだ。
「……なぁ、俺は『壁のこちら側と向こう側』みたいな感じがしていたんだ」
浩平は自分の考えを整理するように言葉を継いだ。
「あの異世界が、二つの太陽の真ん中にある大きな星で、それを回る二つの太陽と衛星がセットになっている……そこまでは分かるよな?」
問題はここからだ。あの透明な壁の向こうとこちら側は、実はまったく別の世界なんじゃないか? 俺たちのいる現世だったり、あるいはまた違うどこかの世界や宇宙……ほら、最近宇宙論を語る学者たちが『シャボン玉のように宇宙が無数に並んでいる』みたいな話をするだろ?
「(マルチバース/多元宇宙)とかいうやつですね?」
「そう。そのシャボン玉の表面が、あの透明な壁とリンクしている……そんな気がしたんだ。だからさ、あの老夫婦って、実は『異世界を旅していたキャンパー』なんじゃないかって思ってね。スケールこそ違いすぎるけど、俺もキャンパーだからさ、なんとなく分からんでもないんだ」
浩平は少し遠い目をしながら続けた。
「だけど……もしあと百年足らずで地球が終わってしまうとして、あれに乗って旅ができるっていうなら、俺も行ってみたいな、なんてさ。ちょっとだけ思ったんだよ」
実際、あのビーチやKサークル、浜のベースキャンプだって異世界だけどな。
あそこまでだとスケールが違いすぎて、ついて行けない気がした。
この異世界に慣れた頃には当然の様にあれが当たり前になるのかもな?
1光年、光の速度で1年。
俺達、鍵のおかげで歳をとらないから出来たのかもな。
案外、愛衣なら宇宙人って宇宙規模で考えたら長命で一万年位生きるのかもって言うかもしれないな!
この後、俺達もあの老夫婦の様にゆっくりと流れて滅んでゆく地球や宇宙も見ながら生きてゆくんだろうか、浩平はそんな事を考えていた。
つづく




