◎ 第6話「素描画」
【アルベルト視点】
ーーウォーケンと息女の素描画……?!
「閣下……、この素描画……というのは……?」
「これはな、とある商会の倉庫で発見された物だ。
詳しくは話せんが、ある犯罪絡みで没収した私財を被害者救済に使うらしい。
没収資産のうち、価値算定が難しい品々が換金のために出品されての。そのなかのひとつじゃ」
「価値算定が難しい……と」
「おお、そうじゃ。特に歴史的遺物はその価値を認めた者にしか値を付けられん。その分、好事家どもの目に止まった品は天井知らずになろうな」
侯爵の興味はまだ目録に向いている。
エリシアは……
うん、目に意思が戻ってる。
落ち着いたようだ。
「……閣下はその品に…どの程度の歴史的価値があると……お考えになりますか…?」
侯爵は我が意を得たり、と私に満面の笑みを向けた。
「おお、さすがに君たちもこれに興味を惹かれるか。
そうじゃろう、そうじゃろう。
独立都市テーゼ誕生の遠因のひとつじゃからな」
うんうんと私たちに交互に笑顔を向ける。
研究者は自分の研究対象の話をする時は饒舌になる。侯爵も例に洩れず熱心に語り出した。
「ウォーケン領の遺物は現存しておらん。
彼の地は文字通り消滅してしまったのでな。
遺っているのは伝承と僅かな文献だけじゃ。
とはいえ全ての物が消滅したわけではない。
例えば君たちの祖先が辛うじて持ち出した品。
今回出品される素描画もそのひとつらしい」
「……らしい?。では閣下もその絵はご覧になっては……」
「まだ見てはおらんよ。今回はオークションの前々日に1日だけ特別公開される。
目録の説明では、何かの祭りの時に絵師が個人的に描いたものらしい。
となると、歴史的価値はさほど高くはない。
ほら、説明の一番下に最低入札価格が書いてあるじゃろ」
侯爵がその項目を指差した。
私の肩越しにエリシアがぐいっと身を乗り出す。
「……金貨……100枚……」
エリシアが微妙な反応をする。
安くはないが決して高くもない。
「まあ、開始価格はこの程度が妥当じゃろう。
あとはこれに価値を認める者の胸三寸じゃ」
「……では、閣下ならばその絵にどの程度の価値をお付けになりますか……?」
私の問いに侯爵がまた笑みを深めた。
識者としてその鑑定眼を評価された、と感じているのだろう。
「……そうじゃな……。わしならば……」
エリシアが侯爵を凝視する。
その口がどう動くのか。
私の肩に置かれた手に力が入るのがわかる。
侯爵の唇が動いた。
「金貨2000枚……かな」
エリシアの手がビクッと震え、焦燥感とともにギリギリと力が加わってきた。
金貨2000枚……。テーゼで4人家族が1ヶ月に要する生活費はおよそ金貨2枚……。
ダメだ、高額過ぎる。
「……つまり閣下はその価値を認める者だと」
この指摘に侯爵は本当にうれしそうに笑った。
価値を認める者という自負がそうさせたのだろう。
「『破滅の閃光』と『ウォーケンの嘆きの地』。
いずれも伝承でしか伝わっておらん奇跡じゃ。
当時の状況の一端を示す物が現存するのであれば、わしにとってそれくらいの価値は当然じゃよ」
侯爵が目録を撫でる。
慈しむような視線で見つめる。
そうか……この方は……
実利ではなく純粋な気持ちで……
「僭越ながら……、閣下は当時の史実を……心から愛しておられるのですね……」
閣下が意外そうに私に視線を向けた。なぜ分かったのだ、とでも言いたげに見える。
「……いやはや、やはり君にはかなわんな。
まるで心の中を見透かされているようじゃ」
視線に再び慈しみが加わった。
いや、私に向けたものではない。
私に向けつつ、自分自身の内なる想いに向けているようだった。
「わしは生涯をかけて当時の史実をずっと調べてきた。
その通りじゃ。愛しておる。
わしは当時の史実を愛しておるのだよ。
彼の地を襲った悲劇に酔っているのではない。
彼の地で起きた奇跡を尊んでいるのではない。
彼の地で確かに生きた人々を、彼らのその日々の営みを愛しておるのじゃよ。
じゃから、あの素描画をどうしても手に入れたい。
手に入れて、当時に想いを馳せながら、残された短い余生を過ごしたい」
その眼差しに熱い憧憬の念が宿っている。
なるほど…閣下の一代事業か……。
これほどの愛情と情熱を持って、オークションに参加するのか。
侯爵は再び視線を目録に移した。
「……じゃがな、残念ながらそれも叶わんのだよ」
「……え?、なぜです、閣下?」
「わしは隠居に際して領地を返上した身じゃ。
手元の財も慈善事業と歴史研究に使ってしまったわい。最低価格ならともかく、競りになればもう無理なんじゃよ」
寂し気に侯爵が呟いた。
侯爵にとっては予想外の出品。
だが手元に資金がない。
目の前に恋焦がれる品があるのにーー
侯爵の口惜しさはいかばかりか。
「……まあこれも運命というやつかの。
先行き短いジジイが手にしても、それを役立てる時間がもうないじゃろうしな。
だからこそ、できればウォーケン領に縁のある君たちに手にして欲しかったんじゃがな」
「……しかし閣下、我々としても金貨2000枚はとても用意できる金額ではございません……」
「ああ、あの金額はわしならそれくらい払っても惜しくないという勝手な値付けだ。落札するにはその半分は必要かもしれんがな」
エリシアが少しだけ安堵の色を浮かべた。
しかしそれでも金貨1000枚、まだ高額だ。
「金貨1000枚……。それでもやはりオークションまでに用意するのは難しいかと……」
私の言にうんうんと侯爵が寂し気に賛同する。
「いや、もっともな話じゃ。君たちに参加を強いるつもりはない。老人の戯言と忘れてくれ」
侯爵の目に失意はなかった。
ただただ慈愛と憧憬のみが残っていた。
「……閣下……」
エリシアがいたたまれなくなり声を掛けた。
と、その直後に目録が手からこぼれ落ち、侯爵の身体がよろめいた。
慌てて従者が侯爵を支える。
「……閣下、本日はこの辺で……」
従者の進言に侯爵も頷く。
「……すまんの、エリシア嬢、アルベルト殿。
今日は君たちに会えたうれしさで、少しばかり無理をしてしまったようじゃ。これで失礼させてもらうよ」
エリシアが落ちた目録を拾う。
「……閣下、これを……」
「いや……、エリシア嬢。それは君に差し上げよう。
その目録はオークション会場と出品物の公開会場の入場証を兼ねていてな。
持っていれば、公開会場への入場も、オークションに出席するのも自由じゃ。
わしはいくらでも手に入るから気にするな。
君たちもそれを見て、当時の人々に想いを馳せてくれるとうれしいな」
そう言って侯爵は会場をあとにした。
その姿を見送った後、エリシアが私を見る。
「……アルベルト……」
「……わかっています、わかって……」
そう言って、自然に唇を噛んでいた。
❖ ❖
帰りの馬車の中でエリシアが尋ねてきた。
やはり気になる点はひとつだった。
「使える金はどれくらいだ?」
「領主の私的な支出に対する、旅費からの一時貸与限度は金貨50枚。
総勢10人の滞在費、帰りの旅費を除いてギリギリです……」
「私のお小遣い足しても……4枚……」
「各所への土産やら、急な支出に対する随行者分の備えとして私が持参したのが15枚……」
「勝負にならんな……」
エリシアが俯き、重々しい表情で考え込む。
「領主が外遊中に借金などできません。残念ですが諦めるしかないか……」
「……アルベルト……」
エリシアが口を開いた。
重々しい口調が既に能弁に語っている
エリシアも同じ結論か
俯いた顔が徐々にこちらを向く。
仕方ない事だ
あとはリンにどう説明するかだが……
エリシアの瞳が私を捉えた。
そう……苦渋溢れるひと……み?
あれ……?
なんか……キラキラしてない?
「こ、ここはひとつ、その金貨をタネ銭にしてだな!
私がイッパツ大賭けしてーーー」
ゴンッ!
思わずゲンコツ落としてしまった。
あれほどギャンブルを毛嫌いしていたエリシアがこれほどあっさりハマり込むとは……
ギャンブルの魔性とはかくも魅惑的なものか……
「……いた〜〜い……」
「そんなブーたれた顔してもダメです。
だいたい50枚のタネ銭でどうすれば1000枚にできるっていうんです?そういう幻想に囚われる人間が身を滅ぼすんですよ」
「す、数字当てとかなら、なんか一点張りで36倍になるとか本に書いてあったぞ!50枚張ればイッパツで2000枚近くなるぞ!」
「その一点張りでスカったらソコで終わりでしょ。
そもそもギャンブルの教則本なんかいつ読んだんですか?」
「……だって、昨日負けて悔しかったから……
でも他に方法なんて……なくないか……?」
エリシアに苦言を呈しながらも、実は私も考えていないわけではなかった。
ギャンブルか……。
今ここでは賭場が乱立している。
私的な賭場ならイカサマが蔓延るが、それを逆手に取れればチャンスはあるか……。
金貨50枚を1000枚にする……。
にわかギャンブラーの幻想でしかない話だが、やり方次第では届かないまでも近づける事はできるかもしれない。
仕方がない。
リンが素描画を望んだ時は……やってみるか。
「わかりました。リンが素描画を欲しがったら、ギャンブルで増やす事にしましょう。
但し、ゲームをやるのは私です。いいですね」




