◎第5話 カーライル侯爵との邂逅
【アルベルト視点】
開国祭が始まった。
王宮の大広間では国王謁見式が開かれていた。
各国からの招待客が集う。
王族、貴族、閣僚、外交文武官、大商人etc…
“錚々たる“方々とはそれなりに面識もあるので、多くは目が合えば微笑みを返してくれたりしているが、”それなり”の方々は千差万別といった感じだ。
テーゼ領主と知ってなお、「所詮は平民」という嘲りや、商人たちの「誰だ、あの小娘は?」という侮りと値踏みの視線が降ってくる。
だが、我らが領主閣下はそんな視線はものともしない。
領主としての威厳や度量……
いや、そうじゃない……
国王謁見を目前にして、緊張でアップアップしているだけだ。
ドレス姿のエリシアは私の目の前で、まあ見事なまでにガッチガチになっている。
「大丈夫ですよ、エリシア様。気楽に気楽に」
「……おう……わかってる……わかってるが」
歩こうとすると、右手右足、左手左足がセットになって同時に動く。
同じ側の手足が枷で繋がれているかのようだ。
「お顔も右と左で違う笑いが張り付いたまま、涙目になってますよ」
「……ダメだ……、顔の筋肉が言う事を聞かん……。手足も……一緒に出てしまう……。
別々に出そうとすると……震えるだけで前に進めん……」
「……酒でも引っ掛けて行きますか?」
「……1杯で終われる気がしない……。
記憶がなくなるまで呷ってしまいそうだ……。
アルベルト……どうしよう……」
はぁ、と小さくため息を吐く。
(やむを得ない。ココは私の衝撃レシピを与えて、その呪縛から解放するしかないか)
まず、柔和な笑みを湛えエリシアの前に立つ。
「……え?」
そして涼し気な眼差しで彼女を見つめる。
「……な……なに……?……え?」
彼女の瞳孔がほどよく開いたら、そっと顔を近づける。
「……へ?……アルベ……ルト……?」
その耳元で……
「エリシア……」
「……ア……?……アルベ……?……え?」
低く、優しく……囁く……
「……君のドレス姿……とても綺麗だ……」
「ーーー!!!」
ガクッと膝から崩れ落ちそうになるエリシア。
おぉ、危ない!
少し慌てつつも周囲に気取られないよう、さり気なく彼女を支える。
……あれ…?……オカシイ……
私の衝撃レシピでは、ココでエリシアの絶叫とともに、平手打ちが私の頬に唸りを上げながら飛んでくるはずだったんだが……。
予想と違う反応に面食らったが、身体中の筋肉はすっかり弛緩してるし、顔も左右の不均衡が消え失せた。よかった。
「さあ、エリシア様。主要な招待客の謁見はそろそろ終わりそうです。いい頃合いですよ」
私の声にハッとするエリシア。
なるほど、緊張で意識がトンでいたのか。
なぜか睨みつけるような目だが、まだ意識がモウロウとしているせいだな。
「記念すべき初めての外遊です。しっかりお務めを果たしてきて下さい」
恭しく淑女に対する礼をしてみせる。
僅かな間の後、エリシアが大きなため息を吐いた。身体に残った最後の緊張を吐き出すように。
彼女の顔に笑みが戻った。
ふんっと鼻を鳴らす。
「行ってくる。そこでよ〜く見てろよ」
いつものエリシアだ。
己が未熟さを知り、それでも実直に領主の重責に立ち向かう、いつものエリシアだ。
「いってらっしゃい」
私の声に押されるようにエリシアが背を向け、謁見の列に歩き始めた。
「(ボソッ)……そこで……よく……見てて」
赤ら顔が戻らないまま微かに彼女が囁いたような気がしたが、周囲のざわめきで聞き取れなかった。
❖ ❖
国王謁見も無事に終わり、周囲の重鎮への挨拶に移った。
初外遊は無難に終了しそうだ。
ミルクを手に壁際に移動し、エリシアの帰還を待つ。
そんな私に声を掛けてきた人物がいた。
「アルベルト殿、久方ぶりじゃな」
「こ、これは、カーライル侯爵閣下!」
侯爵様は一昨年外務卿を引退された。まさかこの場で恩人といっても過言ではないこの方とお会いできるとは思わなかった。
「侯爵閣下におかれましてはご機嫌ーーー」
「ああ、やめてくれ、堅苦しい挨拶は。
ただの隠居ジジイにそのような気遣いは無用じゃよ。
わしもここのところ体調が良くなくてな。
今日は久しぶりの外出じゃ。
それよりどうかな、アルベルト殿から見てエリシア嬢は?
領主の責務をちゃんと果たせておるかな?」
重鎮たちと談笑しているエリシアの様子を眺めながら、侯爵が問い掛ける。
まるで親が家庭教師にかわいい我が子の成績を尋ねるような、そんな暖かみを含んでいた。
その温度に触れ、自然と私も笑顔になる。
「はい、己の未熟さを自覚したうえで、持ち前の実直さで誠実な領主たらんとしております。
日々苦悩の連続でありましょうが、それが彼女の血肉となり、必ずや結実するものと信じております」
侯爵は満足気にうんうんと頷く。
エリシアも私も合格点をいただけたようだ。
「君がおれば彼女も軽々に道を違える事はなかろう。大事に育てるが良い。
彼女も彼女のお父上も良い補佐役を持った。
しかし君を見るといつも思うよ。
なぜ君はリヒテンラーデにいないのか、と。
君ほどの逸材がこの国におれば、わしはもっと早く身を引けて、歴史研究に没頭できておったのに……」
「そんな……、畏れ多いですよ、閣下」
恐縮する私をハッハッハと笑う侯爵。
そこにエリシアが挨拶を終え戻ってきた。
「カーライル侯爵閣下!」
「おお、エリシア嬢、ようやく戻ったか。久しいの」
「はい、父の葬儀以来です。あの時は身に余るご厚情を賜わり、誠にありがとうございました」
エリシアにとっても、数少ない他国の知己だ。
再会はうれしかろう。
暫し談笑が続き、和やかな雰囲気で時が過ぎる。
「君たち、祭りの間はずっとこちらに滞在するのかね?」
「いえ、私が明日外交部に事務連絡をしたら戻る予定です。エリシア様と私がともに長期不在ではあまりよろしくありませんので」
「……なるほど……、それは残念だ。ぜひ見てもらいたいものがあったのだが」
侯爵がそう言って、従者を手招きし、本のようなものを受け取った。
「祭りの最終日前日にオークションが開催されるのは知っておるかな?」
「はい、承知してはおりますが、さすがに富豪揃いのオークションに参加するのは些か……」
うんうんと頷きながら、侯爵が本をめくる。
うん?……これは……
オークションの出品目録……?
「おお、あったあった、これじゃこれじゃ」
目録の後半のページを開いて、私とエリシアの前に差し出した。
「ほら、これを見てごらん。貴都市の成り立ちにまつわる興味深い品が出品される。実物を見るにはいい機会ではないかな?」
私はそのページを見て息を呑んだ。
いや、一瞬呼吸を忘れるくらいの衝撃を受けた。
エリシアの表情も同じだ。
視線がページから離れない。
出品目録にはこう記されていた。
"旧ウォーケン領領主と領主息女の素描画"




