◎第4話 決着
「あ、ああ……!ど、ど、どれーー?」
カップの動きから完全に目を逸らしたのか、狼狽えるアルベルトの姿に、観客から冷ややかな視線が刺さる。
「こらー!な、なんてタイミングでお前はーー!」
エリシアの絶叫にほくそ笑む男。
(やれやれ、ここでくしゃみかい。ここ一番って時によ)
オロオロするアルベルトに男が声をかけた。
「おい、いつまで回させるつもりだい、いいかげん止めてくんねえか」
嘲り混じりのセリフにも、狼狽するアルベルトには届かない。
え?…どれだっけ…?という具合にキョロキョロするばかりだ。
「おいおい、埒が明かねえな。見失っちまったんなら諦めな、もう止めるぜ」
男がカップを止めた。
「さあ、どれだい」
畳み掛けてくる男に対して、アルベルトは意気消沈。目もおぼろで焦点が定まらない。
俯いてカップをぼんやり眺めるアルベルト。
その震える手が、テーブルの中央のカップを指した。
ど素人め、観念したか、と男がほくそ笑んだ。
「じゃあ、開けさせてもらうぜ」
(しかし、ここに来て玉が入ってるカップを指すとは、なんとも運がいいヤツだ……。
だけどなぁ、その先にゃーーー)
男の手がカップに伸びた。
必勝法を携え、勝利に手を伸ばした。
(俺の必勝法があるんだぜ!)
その瞬間、
「ストップ!」
アルベルトの鋭い声が響いた。
男の手が止まる。
あ?、なに?…『ストップ』…?
男は一瞬、何のことかわからなかった。
アルベルトに視線を送る。
そこにいたのは、散々叩きのめされ、自信を喪失し弱々しく項垂れていた教育係ではなかった。
冷徹な視線とともに常に鋭敏な手腕を振るう、いつもの執政官補佐の姿があった。
アルベルトの変化に男は戸惑いを感じていた。
だが、勝負の趨勢は変わらない。心には余裕がある。
「おいおい、『ストップ』ってのはどういう事だよ。もうカップは止まってるだろう。
ダメだよ、追いつめられてムチャ言っちゃ」
男がアルベルトを窘めた。
だがアルベルトは平然且つ冷徹に、そのオトナの態度を解体し始めた。
「いえ、ルール範囲内です。私は任意のタイミングで『ストップ』をかける権利があります。特別ルールにしっかり書いてある。
まだ未行使の権利を行使した。それだけです」
「……な!なんだと!……この!」
「ああ、気をつけた方がいい。『ストップ』コール後にカップに触れたらペナルティだ。
覚えているでしょう」
男はギクリとして手を引っ込めた。
「……じゃあ、とっとと『オープン』コールしろよ!でなきゃカップが開けねえだろが」
「いいえ、必ずしもあなたが開ける必要はないんですよ」
アルベルトが男の後ろの通常ルールを指差した。
「確かにルールには『スタート』と『オープン』コールの役割分担が明記されてます。
しかし、カップを開くのはどちらなのかは記載されていない。
つまり、私が開けてもいい。通常ルールではそうなります。あなたも認めたはずですよ」
男の余裕がガラガラと音を立てて崩れ落ち始めた。
(きゃ…客がカップを開ける?
…ダメだ……、それじゃ必勝法が使えねえ…
クソッ、コイツ、そんなトコに目ぇつけてやがったのかよ)
苦悶の表情を浮かべる男の耳元に、アルベルトの囁きがサァッと走り抜けた。
「あなたに開けていただいても、もちろん構いませんが、その時は『カップの上を指で摘んで』開けて下さい。『カップを握ってジリジリ焦らすようにゆっくり開ける』のは禁止です」
男の顔にドッと汗が噴き出した。
(……コ、コイツ……、見破ってやがる……)
アルベルトの囁きが続く。
「カップを開ける時、あなたが指輪に仕込んだ磁石で、玉をカップの壁に張り付けてる事はわかっています」
涼し気な眼差しと笑みを向けられ、男は更に戦慄した。
「ただ、あなたは、客に多少のヤケドをさせる程度に抑え、比較的節度を弁えていらっしゃる。
私もその程度のイタズラは辛めの旅のアクセントだと思いますんで、穏便に済ませたい。
さあ、どうしますか。
私が開くか、あなたが開くか、どうぞお決め下さい」
男は冷や汗ビッショリで顔色を失っている。
(……全部バレてた…。俺の必勝法が…カップを開ける時だって事を……。だから封じた……。
あの倍払いのペナは目眩まし……
ダメだ……覆せねえ……)
男は観念したかのように肩を落とした。
震える声で小さく力なく答えるだけだった。
「……俺が……開けます……」
「わかりました。『カップの上を指で摘んで』開けて下さいますようお願いします。
それでは『オープン』」
『オープン』コールに促され、男の手がカップに伸び、震える指がカップの上を摘み上げる。
開いたカップの中ーー
玉がひとつ、コロンと躍り出た。
❖ ❖
公園の木陰の下、4人が優しい風に吹かれていた。
「いつわかったんだ?」
エリシアが苦い顔でアルベルトに聞くが、当のアルベルトは涼し気な表情を崩さない。
「サクラと客で、カップの開け方が違いました。あとは指輪です」
「……たったあれだけの時間で……」
ルナが唖然とする。
「あとはそれを封じる策を考えるだけです。
要は開ける時にその動きを止めればいい。
『ストップ』の権利を確保したら、この勝負はもう詰みです」
アルベルトの解説に3人は声も出ない。
あの僅かな時間のなかで、この僅かな情報を手繰り、ここまで戦略を立てられるものなのか。
いつもの辣腕アルベルトがそこにいた。
ではあの小芝居はなんだったのか。
「でもホサ、なんであんなに一生懸命お芝居してたの?
あんなところでくしゃみなんかして、なんかオロオロしてるし、ホサがバカになっちゃった!って本気で心配しちゃったよ」
リンが小芝居について問う。
少し涙目だ。
いつものアルベルトに全幅の信頼を寄せているリンにとっては、あの無様な姿は落差があり過ぎて受け入れ難いものだったのかもしれない。
アルベルトがリンの目を軽く撫でる。
「はは……、ゴメンね。相手に勝ちを確信させるくらい油断させたかったんだよ。
でも、確かに悪ノリが過ぎたかな」
アルベルトが困ったような表情をして詫びた。
「じゃあね、ここにさっきのゲームの戦利金があるから、お詫びの印にみんなになんでも買ってあげるよ」
示された手のひらのなかには金貨4枚。
「いや、ちょっと!ソレ私のお小遣い!」
「私の戦利金ですが」
「か、返せ〜!」
(到着早々この騒ぎか……。たった1週間の開国祭の行く末に、ナニヤラ不穏な予感がヒシヒシと……)
アルベルトは自分の独り言に思わず苦笑し、その予感も皆の笑い声に乗せて思案の外に放った。




