◎第35話 舞踏会
【エリシア視点】
舞踏会に来た。
華やかな出で立ちの紳士淑女が溢れかえっている。
さすが大国の開国祭最終イベントといった雰囲気だ。
「わぁ~、女の人みんなキレイ〜。クルクル回ってる〜」
リンはダンスパーティ見るのは初めてだからな。もの珍しいだろう。
しかし……、周りからの視線と囁きがなんとも気になる。
“どこのご令嬢だ?“
“お会いしたことないぞ“
いや、当たり前だろ。私も初外遊なんだ。
他国のこんな場に来たことなんぞあるものか。
う〜ん、結構な人数に注目されてる気がする。
今のところ、みんな牽制しあってるというか、私が誰だかわからなくて躊躇しているというか、そんな感じだ。
“隣の男はナニモンだ?"
“父親じゃないのか“
“もしやアレが夫か?“
アルベルトが防波堤になってはいる……と。
だが、いつ”勇者”が登場するかわからん。
今のうちに……
「さあ、リン。あっちにオイシそうな食べ物がたくさんあるな。行ってみようか」
「ウン、行く〜」
背中に刺さる外野の視線と囁きは一切無視!
何と言っても、大国がメンツにかけて用意したパーティ用の食事だぞ。
この機を逃すわけないだろ。
コルセットが多少窮屈ではあるが、とにかく食べられるだけ食べる!
「わぁ~、オイシそう〜、コレどれも食べてイイの?」
「ああ、好きなのを取っていいんだぞ。
ただ、食べられる分だけだ。取った分を残したまま、他の料理をまた取りに行くのはマナー違反だぞ」
「は〜い、わかった〜」
テーブルに並ぶ料理の数々にリンが夢中だ。
ウンウン、ちょこまかと料理テーブルを渡り歩く様子がこの上なくかわいい。
さて……、私もナニかお腹に……。
「エリシア様」
後ろから突然声を掛けられた。
私を知っている人物など、ほとんどいない。
となると――
「アルテミア伯爵様」
「昨日はお疲れ様でしたね。楽しい余興が見れたわ」
「こちらこそ、お口添えいただき、申しわけございませんでした」
「そんな事いいのよ。チャリティーの意義と精神を守るのが私の役割だから」
「そうですね。まさに伯爵様のお力あってです」
「アルベルト殿も凄い手際してるわね。
オークションで競り負けて、キッチリ品物は手に入れる。彼の傑物ぶりは余人に代え難いわ」
伯爵様がイタズラっぽく笑って下さった。
私もそう思う。
こんな未熟な小娘に力を尽くしてくれている。
だから私は、私なりに、領主の職務に注力できているんだ。
「……エリシア様、そちらのお嬢さんは?」
伯爵様に言われ、後ろを見ると、リンがディナープレートに山盛りの食べ物を載せて立っていた。
おいおい、そんなに食べられるのかい?
苦笑しながら、リンに伯爵様を紹介する。
「伯爵様、この子はリンと申しまして、アルベルトの遠縁にあたる娘です。故あってアルベルトが保護者、私が後見人を務めております。
リン、アルテミア伯爵様だ。
開国祭では大変お世話になっている。ご挨拶を」
リンは私にプレートを渡し、丁寧なカーテシーを取った。
「アルテミア伯爵様、リンと申します。
開国祭、楽しく過ごさせていただいています。
伯爵様のお力添えに深く感謝を」
リンの口上に、ほぅ……と、伯爵様が感嘆のため息を漏らした。
「ローズ・メディアム・アルテミア伯爵です。
リンちゃんと仰るのね。そのお年に似合わぬ所作と口上、お見事よ」
リンは、はにかんだ笑顔を浮かべ、もう一度カーテシーを取った。
その仕草もまた愛らしく、伯爵様をほっこりさせた。
「で、リンちゃん、あなたの保護者殿はどちらかしら?また壁の花になってるのかしら。まさかどなたかと踊ってたりはしてないわよねぇ」
リンはくるっと振り向いて、う〜ん……と、アルベルトを目で追った。
そういえばアイツは今どうしているのか。
結構な時間、おいてけぼりにしていたな。
「あ、ホサいました。アソコです」
リンが指差した方向、さっきいたところから少し移動した壁際で――
アルベルトが3人の淑女と談笑していた。
ゾクッ!
寒気が走った!
バ……バカ……!アルベルト……!
な、なんてことしてくれてるんだ……!
そ〜っと伯爵様に振り向くと……
「……ふぅ〜ん……、どなたかしら……?あの方々は……?」
……やっぱり……
目の温度が急激に下がってる。
もう氷点下だ。
リンもオドオド焦ってる。
「……おふたりとも、あの方々はご存知……ないですわよね……」
私もリンもブンブンと首を横に振った。
ご存知なわけない!
1人はアルベルトと同じか少し上くらい…、あとの2人は20歳前後。
もちろん見た事もない方々だ。
伯爵様はもの凄〜く冷たい目で、もの凄〜く黒い笑みを浮かべている。
「……まあ……、そうですか……
何やら楽しそうにお話を……
……では、私たちも仲間に入れていただきましょう……。
おふたりともっ!さぁ早くっ!」
なんか……伯爵様の周囲が歪んで見える。
剣呑なオーラが噴き出して、陽炎が立っているようだ。
「……お、お姉ちゃん……、伯爵様どうしたの?
なんかコワいよ……」
「シッ、ダマって。いいか、こういう時はだ、ダマってついて行く。ソレしかない」
スタスタと歩む伯爵様の後ろをついて行く。
うわぁ〜、この人混みを直進出来てる……
皆がただならぬ気配を察し、道を開けてるような気さえするぞ。
ん?伯爵様が足を止めた。
アルベルトのところまで少し距離があるが?
3人の淑女たちが、しきりにナニかをアピールしているようだ。
アルベルトは穏やかな笑顔で相手をしているが…
私にはわかるぞ。
アレは全く興味のない誘いを受けた時にする笑顔だ。
なんの誘いだ……?
淑女たちの声と言葉に集中する。
しきりに自分の家柄や領地を自慢してるな。
子爵……って言ってる。
端々で聞こえる地名から、どうもアミドニアの子爵家のようだ。
とすると、子爵夫人と娘か?
あ、今度はその子爵らしき男性が現れた。
――ん?
――待遇?
――今の何倍でも支払う…?
――所詮は小都市の官吏に過ぎない…?
――私の下に付けば厚遇を約束する…?
……ひ、ひ、引き抜きかぁ〜!!
アルベルトの手腕を知っているアミドニアの貴族が、家族ぐるみで、説得というか、交渉というか、威圧というか、とにかく自分の配下になれと―――
……伯爵様の反応は……
あ、オーラが変わった。
さっきの『何してくれてるんだ、このドロボー猫!』色のオーラが薄れて、『私の招きを断った男がお前ごときの軍門に下るワケないだろ!』色になってる。
「アルベルト殿、こんなトコロにいらっしゃったのですね、探してしまいましたわ」
伯爵様が子爵たちの背中越しに声を掛けた。
貴族って、会話の途中で割り込まれるのをスゴく嫌うんだけど、コレってワザとだよなぁ。
「――だ、誰だ、無礼な!今私たちが話をしているのが―――え?」
子爵家当主様は途中で伯爵様に気づいたかぁ。
でも奥方?様は伯爵様のお顔知らないんだろうな、娘たちと一緒になんか喚いてるケド、子爵様は顔を青くしたり赤くしたり……だ。
「……あなたは確か……ローレル子爵……様でいらっしゃいましたっけ……?
アミドニアの……通商物流部の……局長補佐?
失礼……、役職は思い出せませんが」
「……は……はひぃ……」
「……あなた……?」
「ゴメンナサイねぇ、そんな大切なお話中だったなんて存じ上げなくて。お許しいただけるかしら」
「……はい……もちろんで……ございます……」
「……あなた……、こちらの方は……?」
「お父様……?」
おや?家族も父親の尋常ならざる怯えにようやく気がついたな。
まぁ、もう手遅れなんだケド……。
「私、以前からアルベルト殿にリヒテンラーデに来て欲しいとお願いしておりましてね。
今日お返事をいただく約束になってまして、探しておりましたのよ。
気ばかり焦って、つい礼儀知らずなマネをしてしまいましたの」
「……いえ……そのような……」
「……え?……お父様……どういう……?」
「そうですわよね、リヒテンラーデの“伯爵”とはいえ、アミドニアの"子爵”様の会話に割り込むなんて、お怒りを買って然るべきですよねぇ」
「ヒィ……!は、伯爵……様……?」
まぁこうなるだろ…。他国とはいえ上位貴族に食ってかかる失態だもんなぁ。
あ、アルベルトが苦笑を噛み殺しながら伯爵様の前に立った。
「アルテミア伯爵様、過分なお申し出をいただきながら、本日までお返事できなかった事をお詫び申し上げます。
熟考に熟考を重ねましたが、やはりこの望外なお申し出、未熟者の私如きには身の丈に合わぬお話でございます。謹んで辞退させていただく事をお赦し下さい」
「まあそうなの!あれだけお願いしましたのに――、まさか……他の方からのお誘いにーー」
伯爵様……、大仰過ぎます……
子爵様御一家がガタガタ震えてるではありませんか……
「いいえ、そうではございません。
我々テーゼは貴国のような大国から見ればまだまだ脆弱な一都市。現領主の下で更なる発展のため微力を尽くしたく」
「ふむ、そこまで言うなら仕方ありません。あきらめる事にしましょう。
但し、私の前でそこまで宣言したのです。
テーゼに身を置き、その発展に力を尽くす。
その言、違えることは許しませんよ」
「はい、承知致しました。伯爵様」
伯爵様が子爵様御一家に向き直った。
「ローレル子爵様、お話のジャマをしてしまい、重ねてお詫び申し上げます。
私の話は終わりましたので、続きをどうぞ」
ニッコリ笑われて、もう子爵様御一家はへたり込みそうだ。
挨拶もソコソコにどこかに行ってしまった。
伯爵様からウインクをされた。
その貫禄と艶やかさに、ちょっとドキッとしてしまった。




