第33話 親愛なる領主閣下(ディア・ロード)
【アルベルト視点】
帰ってきたエリシアと私から素描画を渡されたリンは、エリシアに抱きつき、ひとしきり号泣していた。
泣きやんだ後は、素描画を自分の寝室に持ち込み、それをじっと見つめている。
300年ぶりの父親との邂逅だ。
リンは今、ウォーケン卿となにを語らっているのだろうか。
「そっとしておいてやろう」
エリシアが私の肩にそっと手を置き、そのままドアを閉めさせた。
リンが夕食にも姿を見せなかった。
「いいじゃないか、ここは私に免じて……なあ」
エリシアがそう言って、様子見も兼ねて甲斐甲斐しく食事を部屋に運んでいった。
リンは、エリシアが入ってきた事にも気づかず、それこそ肩を揺らされて初めて気がつくほどの凝視ぶりだったらしい。
エリシアにはリンの気持ちがよくわかるのだろう。
彼女も突然父親を失った身だ。
あの頃の焦燥振りと喪失感は、傍目から見ても言葉には言い表せないほどだった。
ただ、エリシアには父の肖像画も墓もあった。
それがリンにはない。残っている”物”がないのだ。
彼女にあるのは想い出だけだった。
だが今、その想い出を形にした"物"が手の中にある。
リンの感動は如何ばかりだろうか。
リンの気持ちは理解できる。
だから認めた。
だが物事にはおのずと限度というものがある。
我々は、夜が更けていくに連れて、ふと不安になった。
もしかしたら、このまま一晩中絵を眺めているのではないか。
それはさすがに問題だ。
私はエリシアと部屋を覗いてみた。
この時間にまだ起きていて、絵を眺めているようであれば健康を害してしまう。
よくよく言い聞かせて寝てもらわねばならない。
だがふたを空けてみると、枕の横に絵を置き、かわいい寝息を立てているリンの姿があった。
「がんばった甲斐があったな」
「はい」
私たちは安堵し、安らかな寝顔にほっこりしながら、そっと寝室のドアを閉めた。
❖ ❖
開国祭最終日。
つつがなく閉会式も終わり、いよいよ舞踏会が開かれる。
メイドたちは朝から、自分たちの見せ場は今日この日この時!と言わんばかりに張り切っていた。
殺気立っていると言ってもいい雰囲気だ。
閉会式から戻った我々を待っていたのは、朝の何倍にも増幅された熱気だった。
そしてソレは、リン・ルナ・ロッテにも伝染していた。
❖ ❖
身支度をほぼ完了させ、アレクと廊下を歩いていると、開け放たれたエリシアの部屋から、不穏な気配が溢れてきているのに気づいた。
さり気なく部屋の前に立つと、中にはメイドたちとリン・ルナ・ロッテの尋常ならざる闘志に威圧され、ジリジリと包囲を狭められているエリシアの姿があった。
「いや、みんな……なにもそんなに意気込まなくとも……」
エリシアの命乞いにも似た声を、メイドたちは軽く一蹴する。
「ナニをおっしゃいますか、エリシア様!
舞踏会といえば淑女の戦場!
剣の如き侮蔑の言葉、矢のような嘲りの視線、それらをものともせず弾き飛ばす防御と装備で完全武装していただく事こそ、私たちメイドの本懐!さぁ、お覚悟を!」
う〜む……、困った……
相当盛り上がってる……
コレはヘタに関わると
どえらいヤケドを負うヤツだ……
あ、エリシアと目が合った。
マズい!
「ア、アルベルト!アレク!ちょうどよかった!た、助けてくれ!助けて!」
皆さんの視線が一斉に私たちを襲った!
し……、しまった!
見つかった!
ア、アレクは?!
あの紳士面が顔色を失ってる……
やはり同じだ!
コイツも女性陣の圧に恐れをなしている!
アレクと目が合った。
お互い無言……。
だが、ナニを考えているかは
手に取るようにわかった。
私たちは
お互いナニかを納得したかのように頷き合い
ニッコリ笑って
皆さんに手を振りながら
静かにドアを閉めた。
そっと去っていく私たちの背に、ナニやら遠くの方から「裏切り者〜」とかいう呪詛が聞こえたような気がしたが……
うん……気のせいだ……。
「アレク……、私の判断を責めないでくれ」
「いいんです、アルベルト様……。
あ、振り返らないで下さい、ルナとロッテがコチラを見てます……。
ルナも大概ですが、あのエリシア様大好きっ娘のロッテが、もし我々をエリシア様のドレスアップのジャマ者認定でもしたら……」
微かに聞こえてくる「コ、コルセットをそんなに締めるな〜、グェ……」という叫びを無視し、私たちは静かに別室に入り、息を潜めて事が済むのを待った。
❖ ❖
「ああ、ホサ、こんなとこにいた〜。もう出かける時間だよ。
ねぇねぇ、早く来て。エリシアお姉ちゃん、すっごくキレイだよ、見てあげて」
私を呼びに来たリンも、かわいらしくヘアメイクとドレスアップをしてもらっていた。
さすがメイドたち、専門職の技だ。
「君もキレイにおめかししてもらったね。
今日のパーティは楽しみかい?」
「うん、とっても!今朝ね、エリシアお姉ちゃんに聞いたら、ダンスはどうでもいいケド、おいしいごはんがいっぱいあるって教えてくれたの」
相変わらずブレがないね、キミたちは。
私とアレクはリンに手を引かれ、先ほど追い払われた、男子禁制の扉の前に立った。
アレほど警戒心満載だった門番がにこやかにお出迎えしてくれる。
「さぁ、お二方、ココロの準備は万全ですか?
初見、コレすなわち千載一遇の尊き一瞬です。心して拝謁されますよう」
ルナの仰々しい口上に、ロッテが顔を赤らめながらコクコクと肯定の頷きをしている。
……ソレほどまでの事なの……?
アレクと目が合った。
彼も若干緊張気味な顔で、扉が開くのを待っている。
「ではお入り下さい!」
ルナ・ロッテが扉を開け放った。
……え……?
中でエリシアがうつむき加減で立っている。
髪をアップにし、少しはにかんだような顔の彼女を、ネイビーブルーのドレスが包む。
なぜか……
時間の流れが止まった……
………綺麗だ……
おそらく私は……
暫く動けなかったのだろう……
正直……、声が出なかった……
隣のアレクが動いた。
そこでようやく意識が戻った。
アレクが膝を折り、エリシアに丁寧に礼を取った。
「……エリシア様、改めまして私の忠誠を、テーゼとあなた様に――」
ひざまずくアレクに対して、私はまだ動けなかった。
少し赤ら顔のエリシアが、アレクに微笑みかけ、そして私を見た。
はにかむような笑顔が私に向いた時、ようやく身体が動いた。
ゆっくりとエリシアに向かって歩く。
彼女の全身を視界に捉えながら歩く。
ほんの僅かな距離なのに、なぜかひどく遠く感じた。
「お似合いですよ」「馬子にもなんとかですね」「メイドたちの渾身の力作ですか」……
何を言えばいいのか……
いろいろと言葉が頭の中を浮かんでは消える。
彼女の前に立った。
彼女の瞳がなにかを求めている。
だが、なにを求めているかはわからない。
しかし私は、無意識のうちに右手を差し出していた。
彼女の瞳を見つめた。
なにもわからないままの私が映っている。
だが、この言葉だけは、淀みなく自然に、私の口から溢れ出した。
「……行きましょうか、親愛なる領主閣下」




