第31話 幻想の落札価格
【ファーシィ視点】
入札は1000枚を超えた。
まだアイツらは競ってきている。
女の方は途中で心が挫けたように見えたが、引き継いだ男はまだ平然としている。
アイツらの限度額はもう少し先か。
まあそうだろう。さすがにこんな単純作業で倍の儲けとは虫が良すぎるというもの。ここで私が降りてアイツらを喜ばせる義理もない。全く商人というのは、なんと金に汚く度し難い存在か。
やはり落としどころは利潤5割の1350枚付近か。
そうなると逆に慎重にやらねばならない。
こちらの値付けが、うっかりアイツらの上限を超えてしまっては、一時的とはいえ私がつまらぬ死蔵品を抱える事になる。
ここまできたらそれは避けるべきだ。
私はただオークションに参加し、競り負ける。
その品が誰の手に落ち、誰に金銭的負担を強いたかなど、私の知るところではない。
それだけの事だ。
❖ ❖
「1200枚です、お願い致します」
男は依然として値を付けてくる。
1200枚…、落としどころと踏んでいたラインに近づいてきている。
会場もざわつきが大きくなってきたな。
確かに、こんな貧相な素描画にここまでの値が付くとは、普通は考えられんか。
あまり長引いて、私が悪目立ちするのも……
それでは―――
「1250枚!」
会場がどよめいた。
一気に50枚の上乗せだ。
ここでペースを上げる。
さあ、ついて来い!もうすぐ終わりだ!
「1260枚です」
よし、ついて来た。依然として淡々と入れて来よる。そうだ、それでいい。
「1270!」
「128――あ……」
男が札を落とした。だがすぐに札を拾い、また掲げた。
「失礼、1280、1280枚です」
改めて値を付けたが……、ヤツめ、平然とはしつつも緊張で手が震えたな。
そろそろ大詰めというところか。
「……しかし、天井知らずだな……。ドコまで上がるやら……」
「シッ、他の方々の迷惑になるだろう」
「……あ、すまない」
後ろの席の男たちの話し声が聞こえてきた。
外野どもも気になるか……。
「1290!」
私の指し値に、また一段と会場にどよめきが走った。
さあ、次は1300だ。
まだ5割の儲けのラインまで50枚あるぞ。
私との差はたった10枚。
腐っても商人だ。10枚差で700枚の儲けを捨てはしまい。
さあ来い。私はここまでだ、ここで降りる。
1300枚で素描画が手に入るぞ。
さあ、値を付けろ。
「……おい……、1290枚だってよ……」
「シッ、声が高いって……」
「(ヒソ)だってよ……、あの絵欲しがってた侯爵様?だっけ、体調を崩したって話もあるけど、ホントは金が準備できなくて、泣く泣くあきらめたってウワサじゃねぇか……」
ドクン!!
……え……?
「(ヒソ)声が高いって……。確かにそれは本当の話らしいが……。
2人でコレだけ競り合ってるんだ。なにか別な理由があるんだろう。そうじゃなきゃ、あの絵に金貨1300枚なんて考えられんだろう」
……なに……?
……カーライルが……
……金が準備……できずに……
……あきらめた……?
……ウ……ウソだろ……
……そんなはずは……
「さあ!1290枚です!1290枚!
どなたかいらっしゃいませんか!」
……転売相手がいなくなった……
……だから……
だから欲深な王都の商人どもが……
姿を消した……?
……カ……カーライル……!
キサマどこまで私を……!!
……え……?
……あ、アイツは……?!
お、おい!お前!
札を上げろ!値を付けろ!
1300枚でお前の勝ちだ!
私は降りるんだ!
値を付けろ!動け!札を上げろ!
なに爽やかな笑顔で『いい勝負でした』的な雰囲気を醸し出しとる!
け、敬礼なんぞいらん!
やめろ!
い、いや…やめるな!
やめないでくれ!値を付けてくれ!頼む!
「1290枚です!どなたか、どなたかございませんか!いかがですか!」
あ、ああ……お、お、お……落ちてしまう!
1290枚……!
1290枚で……!
キャ、キャ……キャンセル……?!
ダ、ダメだ!
妨害行為で5倍返しになる……!
……5倍……?
……1290枚の……5倍……?
……ろ、ろ、ろ……6450枚……だと……?
……は、払えるワケがない!
「どなたかいらっしゃいませんか!1290枚!
1290枚です!どなたかどうですか!」
なぜだ……、私の計算は間違っていない……
奴らの利潤は5割……1350枚だ……
まだ奴らは上げてくるはず……
……え……?
……利潤5割……?
……1350枚……?
……私はなぜそう思った……?
……受付の列で……話が聞こえて……
それで……そう思い込んで……
あ……あれで私の思考を……縛った……?
私は……最初から……
……そのラインに誘導されて……
そんな……
何ら学術的価値のない……あの絵が……
金貨1290枚の……死蔵品に……
「さあ、最後です!1290枚です!ございませんか!
どなたか、いらっしゃいませんか!」
や、やめろ!
だ、誰か……!誰か入れて……!
だ、誰でもいい!
頼む!誰か……!
「1290枚!どなたもいらっしゃいませんね!
はい!おめでとうございます!
ウォーケン卿の素描画は、見事202番のお客様が落札なさいました!
皆様、盛大な拍手を!」
❖ ❖
「……なんで我々の預け金がいつの間にか増えているんだ?」
返戻された預け金をロビーで眺めるエリシア。
1070枚だったはずの預け金。それが1580枚。
エリシアの詰問を、アルベルトはまぁまぁといなしながら、辺りを見回している。
「あ、来ました」
アルベルトの指差した方向に目を向けると、南の顔役カインと路上賭博の男がいた。
「お二方、今日はいろいろとお手数をお掛けしまして、ありがとうございます」
アルベルトの謝辞に、カインは恐縮した顔をし、路上賭博の男はまた照れ隠しのようにプイッと横を向いた。
「え?、なぜあなた方がここに?」
エリシアの問いにカインが答えた。
「はい、この男ーールイといいますが、今日ルイが私のもとを訪れ、アルベルト様に金を届けたい、一緒に来てくれないかと、そう申しまして。
詳しく聞いてみると、昨日のゲームでアルベルト様がご自身の勝ちに金貨15枚賭けてらっしゃって、その配当金をここに届ける事になっていると。ただ、自分のような男がここに入るのにはツテが必要だから、なんとか頼めないかと、そういうワケでして」
「配当……金……?」
「金貨15枚の34倍、締めて510枚になりました」
「はあ?ご……510枚?!」
エリシアがギッとアルベルトを睨みつけた。
だが、アルベルトは素知らぬ顔。
「それをロビーでお渡ししましたところ、ふたつ頼みをお聞きしました。
まずは列に最後尾の辺りに並んで、会話の中で「自分たち商人が狙う儲けは5割」と話して欲しい。
それからこの紙に書いてある事をやって欲しいと申されまして」
カインが差し出した紙を、エリシアが奪い取るように手にする。
内容は―――
【私と競っている人物が近くにいる時限定】
①入札の際に、私が番号札を落とす
これが開始の合図
②番号札を落としたら、次のセリフを言う
「天井知らずだ、どこまで上がるやら」
「静かに、周りの方々の迷惑だ」
③相手が新値を付けた後、次のセリフを言う
「おい、○○(今の新値)だってよ」
「静かに、声が高い」
「だって、あの絵を欲しがっていた侯爵
は体調崩したって話もあるが、本当は
金が準備できなくてあきらめたって
ウワサだぞ」
「それは確かに本当の話だが、何か別な
理由があるのだろう。
そうでなければ、あの絵に金貨○○
なんてあり得ない」
「……な、なにコレ……?」
「はあ、もしアルベルト様と競り合っている人物が近くにいた場合のみ、この芝居をして欲しいとのご依頼で。
始まってみますと、まさに我々の前の席にその方がいらっしゃいまして、ご指示通り芝居をしたわけです」
「ああ、おふたりともお見事な芝居だったようですね。相手の方の表情を見て確信しましてよ。
ご協力いただきありがとうございました。
特にルイ……さん、今回はいろいろとご面倒掛けましたね」
ルイはしかめっ面、だが少し顔が赤い。
「……いや、ホレ……、俺もダンナに賭けて少し儲けさせてもらったし……。
この金呑んじまったらあとが怖えしよ……」
唖然とするエリシアから、アルベルトがその指示書を摘み上げる。
「まず、手持ち1070枚に、お持ちいただいた510枚を足して、1580枚を預け金としました。
で、肝心の学者殿ですが、彼は目的達成に対してとても執念深い。こんな愚行を本気で行おうとしている事からも明白です。
だが、侯爵閣下をはじめ、想定していた対戦相手が軒並み会場にはいない。
こうなると、おそらくは最後までロビーに残り、新たな競争相手として来客全員の値踏みをするだろうと考えました。
だからおふたりに最後尾付近で入場してもらえば、学者殿の近くの席になるだろうと思い、芝居をお願いしたんです」
エリシアが、むぅという顔でアルベルトを問い質す。
「預け金が増えたカラクリはわかった。
だが、金にまだ余裕があったなら、あそこで引く事はなかったんじゃないか?事実、1600近くまで競りを続けられたはずだ」
アルベルトはそれに頭を振った。
「いえ、たぶん勝負になりません。
学者殿は、侯爵閣下との対決を前提にしていたはずです。そうなると学者殿の最低ラインは侯爵閣下が公言していた金貨2000枚になる。
たぶんそれ以上の金を準備していたはずです」
「……2000枚以上……だと?」
「我々は資金の最低ライン設定の段階で負けていたんです。伯爵様から学者殿の存在を聞いた時から、競りで勝つつもりはありませんでした」
「……競りに……勝たない?」
「必要だったのは、“1300で止まる空気”を作ることだけです。
オークションは競う相手があるから値が上がる。そこで彼らに、受付待ちの時に、商人たちの想定する儲けを『5割』と刷り込んでもらいました。ここまでは競ってくる安心ラインだと。
競合相手の情報収集に躍起になっている学者殿です。必ず食いつきますよ」
「……な……?」
「一方で、学者殿の弱点もわかりました。
入札する目的が、侯爵閣下への意趣返しという、甚だ愚かな動機だった事です。
この目的の大前提は、侯爵閣下が揺るぎない買い手であるという事。
だが、侯爵閣下に買い取る資力がない。
学者殿はこの誤算を大前提にしていたんです。
だからそこを突かせてもらいました」
アルベルトが、もう用済みとばかりにクシャリと指示書を丸めた。
「我々という競争相手と1350枚というゴールは、いわば幻です。学者殿はおひとりで競りをひた走った。私はそれに付き添っていただけです。
もちろん意趣返しなどに囚われず、途中で降りていただいてもよかった。
だが彼は吊り上げてきた。
1200から50枚一気に上げてきましたね。
決めに来た。1350上限手前まで引っ張り、そこで降りるつもりだと確信しました。
で、そのひとつ前まで私が進め、そして幻は消えたんです」
エリシアは混乱していた。
それじゃ……競り自体が……最初から成立していなかった……?
「……では……我々はいつ勝っていたんだ?」
「最初からです」
アルベルトは相変わらず、事もなげに言った。
「あの学者殿は、最初から1300で止まるように設計された盤面で戦っていたんですよ」
設計された盤面……?
アルベルトが最初から整えた仕組みの中に……
我々もいた……?
「……私は……何を見ていたんだ……?」
「あなたは正しく見ていましたよ。
……ただ、“見る場所”が少し違っただけです」
アルベルトの言葉が終わると、しばらく誰も何も言わなかった。
エリシアは手元の預け金を見つめたまま、しばらく視線を動かせなかった。
その時エリシアは、この勝負が「競り」ではなく、最初から“静かに終わっていた出来事”だったのだと、ようやく理解した。




