第30話 ギャンブルの熱気
オークションが始まった。
スタートからしばらくは無難な入札が続いた。
無入札もなく、全ての品に最低入札価格の倍以上の値付けが行われた。
いくつかの出品物では熱い競り合いが行われ、これぞオークションと呼べる活況も呈している。
チャリティーとしては順調だ。
そしていよいよ、素描画が壇上に姿を現した。
「……いよいよだな……」
「はい……」
参加者全員に番号札が配られている。エリシアもアルベルトも手に受付番号64の札。
入札単位は10枚以上、上限なし。
ふたりは、ひとまず初動での入札は見送る事にした。
自分たちが動かずとも、他の篤志家たちが参加する。ならば最初から目立つ必要はない。競りの参加者が絞られた段階で参加すればいい。
アナウンスが始まる。
「次なる商品は、かの有名な伝承『破滅の閃光』に纏わる品です。
今回出品された品は、従来とは異なる角度から当時の生活の一端を照らし出す、極めて希少性の高い逸品となっております。
当時の領主ウォーケン卿とその御息女を描いたとされる素描画。
最低入札価格100からの開始となります。
それでは――スタート!」
「120!」「150」「170!」「180!」「200」
見る見るうちに値が上がっていく。
200までは一瞬。すぐに300にも届いた。
「早いな」
「いえ、この辺りまででしょう。
そろそろ離脱が始まります」
300を超えた段階で、ひとりふたりと参加者が減り始める。
400に近づくところで残り5人ほどになった。
「では行くぞ」
「はい」
エリシアがここで参戦する。
「400!」
「410!」「420」「430!」……
エリシアの参戦後も勢いは持続していたが、450で1人退却し、更にエリシアが500をコールしたところで勢いが目に見えて鈍化した。
「510!」
ひとりの男がエリシアの上に立った。
202番の番号札。
しかし、この後が続かない。
「520」
エリシアが再び上値を指す。
「530!」
更に202番の男が上に被せてきた。
アルベルトとエリシアの目がその男に注がれた。
(あの男がグロージット・エムズ・ファーシィ。
追随者は現れない、これで確定だ)
「さあ、530!530です!上はございませんか」
「550!」
司会者の声に促されるように、エリシアが更に上値を指した。
ファーシィの顔が少し苛立ったように見えたが、すぐに札を掲げる。
「560!」
これでもう完全にこのオークションは、エリシアとファーシィふたりだけの舞台となった。
❖ ❖
【ファーシィ視点】
カーライルが特別公開の場で倒れたというのは聞いていたが、まさかの不参加とは意外だった。
あれだけこの素描画に執着していたのにな。
それはそれで悔しかろう。
"金貨2000枚"
ヤツはこの素描画にそれだけ払っても惜しくないと言っていた、そう漏れ伝わっている。
売り先が決まっていて、しかも高額買取を約束している。当然、商人は色めき立つ。こんな楽な商い、逃す理由がない。
予想通り、テノール商会はじめ欲深かな商人どもがこぞって素描画を狙っているとの噂が耳に入ってきた。
私は入場後も入札参加受付はせず、参加希望者の値踏みをしていた。
思惑通り、テノール商会をはじめ、強欲な商人どもが来場した。
どいつもこいつも浅ましい皮算用をしながら受付をしている。
これでオークションはヤツラの欲望の熱気で沸騰する。
そう私は確信した―――はずだった。
だが、今は地元の有力商人どもの姿はない。
テノールは開始前に、外に連れ出されていった。
連れ出したのは、王都西地区のギャンブラーどもの元締めと云われる人物。
他の商人どもも声を掛けられ、青ざめた顔で会場を出ていった。
何があったのか、詳しくはわからない。
だが、誰が仕組んだのかはわかる。
それは――アイツらだ!
今、私と競っている女、そして連れの男!
私は見ていた。
あの男が、テノールのところに歩み寄り、ナニか話しかけているのを。
その直後だった。テノールが半ば強引に仲間に連れ出されたのは。
何者だ、アイツらは?
この国の人間ではない。
この会場に一般客は入れない。
ということは、おそらくは他国から招待された商人。それも相当有力なのだろう。
残るは他国の商人。
だが、おのずと対策は見えてくる。
アイツら商人は利で動く。
カーライルに2000枚で売るならば、アイツらは"利潤"をどの辺りに置くか。それを算出する。
正直、研究者の私には理外の領域だが、欲深い奴らはやはり脇が甘い。
私の後ろの方で、商人と思しき奴らがあざとい皮算用をポロリとクチにしおった。
奴らの儲けの目標は仕入れ値の5割!
という事は約1350枚、この辺りが奴ら商人の分岐点。
私が預けた金は2200枚。
仮に私が1400で落札するとしても余裕はあるが、一時的とはいえその金が何ら学術的価値のないあの貧相な素描画に化ける事になる。
カーライルが直接入札するならば、目の前で競り勝ち、奴に煮え湯を飲ませてやろうと思っていたが、いないのであれば方針を変えよう。
値段を吊り上げて、浅ましい商人が私に代わってカーライルに目一杯高く転売させてやる。
❖ ❖
【エリシア視点】
「660枚!」「670枚」「680!」
だんだん価格が上がってきた。
10枚刻みとはいえ、思いのほか上昇速度が早い。
このまま進んでいったら、1000枚なんてあっという間に到達しそうだ。
ファーシィ卿は値付けに全く躊躇が見えない。
まだまだ余裕がありそうだ。
クソっ!
こっちは胃が痛くなりそうだというのに!
「720枚!」
我々は残り350枚。
正直、もう悠然と構えてる気分ではない。
「730」
また上を差された。
ひとつ値が上がるたびに、この身が削られていくような感覚に襲われる。
相手がコールしてもこちらがコールしても、終焉に近づいていってしまう。
どこだ……!
どこまで行く気だ……!
「800!」
ファーシィ卿のコール。ついに800枚に到達した。
まだ終わらないのか!?
まだ終われないのか!?
「810……」「820枚!」
まるで追い込むように畳み掛けてきた…
なんだか……めまいが……
「820枚!さあ、820です!ありませんか!」
ダメだ……値をつけなきゃ……
値を……
終わってしまう……
値を……つけなきゃ……
「830枚」
……え……?
……アル……ベルト……?
……いつの間にか番号札を……
「エリシア様、お疲れさまでした。少しお休み下さい。あとは私が引き継ぎます。
これが、本物のギャンブルの熱気ですよ。
本当の身の削り合いです。堪能されましたか」
これが……
この身を削るような……
心を焼き、焦がされるような……
これが本物の……ギャンブル……
「840!」「850枚です」「860!」「870枚」
交代したアルベルトが、ゆっくりとだが、ためらいなく値を上げていっている…。
いいのか……?
もう限界近いぞ……。
……まだ頭が朦朧としている……。
……ファーシィ卿はまだいけるのか……?
「900枚!」
ファーシィ卿が900をコールした。
……ここまで来てしまった……
……残りあと170……
「さあ!900枚が出ました!900です!
どなたかございませんか!
900、どなたかございませんか?」
司会者の声が響いている。
アルベルト……?
「900!どなたもいらっしゃいませんね!
いらっしゃ――」
「910枚、お願いします」
会場からどよめきが上がった。
まだ行くのか……
そんな声が聞こえてくる。
「920!」
またファーシィ卿が上げてきた。
アルベルトは動かない。
まだ動かない。
「920です!920枚!どなたかいらっしゃいませんか?いかがですか?」
だが……、アルベルトはまだ動かない……
「920です!いかがですか!どなたもいらっしゃらなければ――」
「930枚です」
アルベルトは時間切れ間際まで動かず、ギリギリのところで値付けしている。
だが、それ自体に意味があるとは思えない。
時間はかかるが、着実に値は上がっていく。
このやり取りを幾度か繰り返し、ついに価格が大台に到達した。
アルベルトのコール。
「金貨1000枚、いきます」
会場が歓声に包まれた。
来た……!
来てしまった……!
予想されていた落札ライン……!
これを超えられてしまっては……
終わる……
やめろ……
ここでやめろ……
ここでやめてくれ……
しかし……
ファーシィ卿の札が掲げられた。
「1010枚!」
目の前がぐにゃりと歪んだ。
……ぐぅ……
……ここまで……か……
視界が歪み、聴覚もおかしい……
どこか別のところで起きてる出来事のようだ。
頭がぼんやりして、現実感が掴めない。
周りの風景……色がない……
全てセピア色に見える……
「1020枚」「1030!」「1040枚」
ああ……、値が上がっていく……
だが……
それもすぐに……
終わってしまう……
「1060枚です」
アルベルトが1060を指した。
あと10枚で資金がなくなる。
これ以上いかれては……
負け……
「1070枚!」
終焉のコールが聞こえた……。
……上限だ……
これ以上は行けない……
……残念だ……
……リン……すまない……
素描画……
持って帰れなかった……
……ゴメンな……
「1080枚、いきます」
……え……?
急に頭の霧が晴れた。
周囲に色が戻った。
隣のアルベルトに目を向ける。
…1080枚…?
我々の預け金は…1070枚だったはずだ…
アルベルト…?
……な……なぜ……
預け金超過は重大ペナルティなんだぞ。
どういう事だ?
「1090枚!」
頭が混乱してる間に、ファーシィ卿がまた値を上げてきた。
「1100枚、お願いします」
それを平然と受けるアルベルト。
驚きと困惑を湛える私の瞳が彼を映す。
瞳に映る私の大切な補佐役は、いつものあの冷静な微笑みを浮かべ、さらりと私に囁きかけた。
「起きられましたね。
さあ、そろそろ終焉です。
リンにプレゼントを持って帰りますよ」




