第28話 エリシアとローズ
【エリシア視点】
「伯爵様、お戯れが過ぎます。お控え下さい」
「わかったわよぉ、もうホント堅物なんだから」
アルテミア伯爵様がカラカラと笑う。
その飾らぬ笑い声に、私は考えてしまう。
(上級貴族が他国の客に対してこんなくだけた立ち振る舞いをするなんて異例中の異例だ。
伯爵様はそれほどまでにアルベルトに対して心を許している。なんだかうらやましい……)
「この国の主要な慈善活動は、実質的には伯爵様が運営されています」
「え?、そうなのですか?」
伯爵様は依然として優雅な笑みを湛えている。
「互助組織や自立支援組織を作り、そこから巣立つ有能な人間を行政に送り込む事で、この国の統治に隠然たる影響力を持っておられるのです」
伯爵様は扇を広げ、口元を隠して笑い声を上げた。
「いやねぇ、そんな大層な人間じゃありませんことよ。
ここは商業の国、貧富の格差はおのずと発生します。
でも食べきれないほどのお菓子は美容の大敵よ。余るのであれば、今必要としている方々に分けて差し上げるべきでしょう。
才あるも不幸に見舞われ、実力を示せずにいる方々には、機会を与えればいいわ。
そして独り立ちできるよう側面から支える。
民が強くなる、これこそが国を強くする秘訣なのですから」
(気高い……なんと気高く強い信念をお持ちなんだろうか……これが為政者の姿勢か……
それに比べたら……私はまだお尻に殻をつけた雛鳥程度だ…)
「エリシア様……」
「は、はひぃ……」
伯爵様が私を見つめる。
なんとも言えない優美な笑み……
暖かみと優しさと強さを混ぜ合わせ
人を魅了して止まない微笑み。
「あなたはそのままでいいのよ。
自分を偽らず、飾らず、背伸びをせず、そのまま育ちなさい。
傍らにはいつも彼がいます。
彼はいつでも、あなたの手を引き、背を押し、支えてくれる事でしょう」
「……伯爵様……」
「あ〜あ!ほんっとにうらやましい!
もう!なんでアルベルト殿はリヒテンラーデにいないのよ!コッチにいてくれれば、私の隣に置いて、公も私も一緒にいられて、毎日を刺激的に過ごす事ができたのに!」
伯爵様……
ギャップが激し過ぎます……
でも……あの、人を魅了して止まない瞳が
私をうらやましい……と
本気で思ってくださっている……
ふふ……
私は、笑ってしまった。
つい、笑いがこぼれてしまった。
伯爵様の瞳を見る。
私をうらやんでくれるあの瞳。
それに応える。
私の感謝を……
「そうですね…、私は幸運です……。
彼のような逸材がいつでも傍らに寄り添っていてくれる……。
私は……幸運です……。
この上なく……、幸せです……」
伯爵様がとてもうれしそうに微笑んでくれた。
当のアルベルトは――
なんか……
居心地悪そうな顔をしている……
それでいい……
いつもの私たちの、いつものカタチだ
❖ ❖
「でも……、私があの素描画を入札しない事がわかっていたなら、わざわざ挨拶に来て探る必要なんてなかったんじゃない?」
「カーライル侯爵閣下の執事殿から高額入札をしそうな方々3人のお名前を知らされました。
その辺り、伯爵様の視点ではどのように映っておられるのか、それをお聞きしたかったのです」
ああそうか。確かに情報源が執事殿だけでは些か心許ない。
伯爵様なら、更に精度の高い情報をお持ちだと踏んだわけか。
「なるほどね…、相変わらず抜け目のない事。
確かに私ほど、より的確に今回の入札を予想できる人はいないでしょうね。
で、対象はウォーケン卿の素描画なのね」
「はい、その通りです」
伯爵様がボスッとソファの背もたれに身を委ね、腕組みをされた。
「正直、貴族たちの中に積極的に狙う動きはなかったわ。美術品としても歴史的意義にしても、そんなに価値のある品じゃないから。
商人は転売目的で何組か入り込みそうだけど、一番力があるのはテノール……かな。強欲がヒトの姿して歩いてるようなヤツよ」
「ああ、テノール殿にはご退場いただきましたので」
あ、伯爵様の目つきがキツくなった。
「あなたってドコまで抜け目ないのよ……。
あとはテノールほどの力はないけど、それでも商会よ、資金力は侮れないんじゃない?」
「う〜ん、それなりに力のあるトコロには、西地区のギャンブラーの顔役サンから、責任を持って説得するとお約束いただきましたので」
今度は唖然としてる。
「あなたって……ホントに底が知れないわ」
「お褒めいただいたと考えさせていただきます。
あとはどうですか?」
「そうすると……、あと1人……かな。
グロージット・エムズ・ファーシィ。
国立歴史研究所の元次席研究員。歴史研究家。
永年勤続と研究成果を評価されて騎士爵位を賜ったんだけど、知名度ではいつも侯爵閣下の後塵を拝してて、嫉妬に狂ってるらしいわね」
「え?そんな人物が転売目的で落札なんかしたら、更に名を下げてしまうのではないですか?」
「そこはね、歴史研究家という肩書きがモノを言うのよ。研究のために落札したと強弁すれば誰も異を唱えられない。手に入れてしまえばこっちのモノ。後で侯爵に転売しても理由はいくらでも付けられるからね」
なるほど……、嫉妬心を抱く学者か。
資金力では貴族や商人ほど脅威を感じないが、
執念は侮れない。
あとはどれだけの資金を準備しているかだ。
うん?
アルベルトが微妙な表情を浮かべてる。
「それは少々厄介な……」
「え?それはどういう意味だ?」
アルベルトが苦い顔で応じる。
「その方の目的は、侯爵閣下の落札を阻止し、侯爵閣下に熱望した品を手にできなかった失意と落胆を味わってもらう事です。
しかし、侯爵閣下が不参加となると、今度は目的が変色してきます。
自分が落札する以外に、新たにもうひとつ選択肢が生まれた。
落札価格の吊り上げです。転売目的の商人と価格を競り、限界まで吊り上げる。
自分が勝てば当初の目的通り。
商人が勝てば、転売価格は当然落札価格より高くなり、閣下に高額の負担を強いる事になる。
今はどちらでもいいと考えているのではないでしょうか」
「とすると……、その学者は……」
私の問いに、アルベルトが更に苦々しい表情を浮かべた。
「自分の限界まで競ってきます。
もはや損得の問題ではなくなってますから、準備した資金以外に歯止めがありません」




