第27話 アルテミア伯爵
「さて、ここまではうまくいきました。
問題は……あの方です」
アルベルトが3人目に目をやる。
見た目40代前半。
優雅な物腰とは裏腹に、長い赤毛と意志の強そうな瞳が、物言わずとも彼女の豪胆さを語っている。
「ローズ・メディアム・アルテミア伯爵。
リヒテンラーデ保守派の主要人物です。
内政、特に通商物流の分野において隠然たる力を持つ、この国の重鎮です」
エリシアが目を丸くして伯爵に注目する。
「それほどの女傑か。手強そうだな。
お前は面識はあるのか?」
アルベルトはなぜか顔を背けた。
「……ん?、どうかしたか、アルベルト」
「いえ……、なんでも……」
エリシアが若干訝しげな顔でまた問う。
「通商物流分野の主要人物なら、お会いした事はあるのだろう?」
「……はい……、何度か……」
アルベルトの反応はどこか煮え切らない。
「さっきの説明で手強い方だという事はわかったが、具体的にはどのような方だ?見た感じ、威風堂々といった趣きだが」
「……威風堂々……、確かにその通りです。
己が望み・信条に正直に立ち振る舞い、それが決して道を外れない。そんなお方です」
エリシアが腕組みして、むぅと唸る。
「それは面倒だな。搦め手が通じそうにない。
正攻法でぶつかるしかないか」
アルベルトが頷いた。
「……確かに面倒……、面倒くさい方で……。
しかし、正面からぶつかるというのには賛成です。時間も限られています。行きましょう」
エリシアは、アルベルトの反応が僅かに自分のそれとは異なる匂いがしたように感じたが、微かな違和感としてすぐに霧散した。
❖ ❖
「アルテミア伯爵様、お久しぶりでございます」
アルベルトがアルテミア伯爵に挨拶をする。
女傑がアルベルトを認め、にこやかな笑顔で応じた。
「あら、アルベルト殿。お久しぶりね。
ずいぶんなご無沙汰だったこと。もう忘れられたのかと思ったわ。
――おや…、そちらの方は……」
伯爵がエリシアに視線を移した。
「はい、我が都市領主兼執政官エリシア・ベルベットでございます」
「お初にお目にかかります、伯爵様。
テーゼ領主兼執政官エリシア・ベルベットにございます」
エリシアがカーテシーを取ると、伯爵も立ち上がり、悠然とした笑みを湛えながら同様に礼を示した。
「ローズ・メディアム・アルテミア伯爵です。
エリシア様、お会いできてうれしいわ。
あなたとはぜひお会いしたいと思っておりましたのよ。でもアルベルト殿がなかなか取り計らって下さらなくってねぇ。
こんなところではゆっくりお話もできないわ。
お部屋に移りましょう」
伯爵がパチンと指を鳴らすと、待機していた複数の係員が一斉に動き出し、あっという間に別室を用意した。
「さあ、行きましょうか」
「……すご……」
エリシアは、小さな事だが他国の貴族社会の一端を目の当たりにした気がした。
❖ ❖
「で、あなたが私にわざわざ挨拶に来たのは、何が目的なのかしら?」
席に着くなり、ローズはいきなり核心を突いてきた。
「たまたま見かけたから、エリシア様と引き合わせるいい機会だ、なんてお為ごかしはなしよ。そんな腹芸は無用、正面から向かって来なさい」
エリシアは、ローズがアルベルトに向けた堂々たる視線に、畏怖や憧憬……様々な念を抱いた。
(この威圧感……、己が読みに対する絶対的自信……これが大国の為政者層か……)
「相変わらずですね、伯爵様。お話が早い。
こちらもその方が助かります。
単刀直入に申し上げます。
今回のオークション、ウォーケン卿の素描画を入札されるおつもりですか?」
アルベルトの切り返しに、ローズの眉が僅かに動いた。
テーブルをトントンと指で叩く。
その仕草に明らかな苛立ちが見て取れた。
「……あなたは……そう思うの……?」
アルベルトが静かな笑みで答えを返す。
「いいえ、思っておりません」
意外な答え。
エリシアが思わずアルベルトを見返し、ローズはその瞳から苛立ちを霧散させた。
「だが周りの相当数の方々はそう思っている。
伯爵様がカーライル侯爵閣下の熱望する品の競りに立ちはだかるだろうと。
伯爵様とカーライル侯爵閣下との過去の対立という些事をよりどころにして。
そして伯爵様はそれに対して忸怩たる思いを抱いていらっしゃいます」
ローズの瞳が、更に好意の色を湛え始めた。
「高名な篤志家としては、できる限りこのオークションを実のあるものにしたい。
まず事前に出品物の人気不人気を調べる。
そして不人気の品の競りには参加し、ある程度価格を引き上げてから、適当な落としどころで他の篤志家に花を持たせる。お見事な采配です」
アルベルトの答えに、エリシアが驚きと若干の戸惑いを、ローズが賛意と興味を浮かべ、彼に注目する。
「翻って、ウォーケン卿の素描画ですが、率直に言って歴史的価値の乏しい品です。
伯爵様は不人気品の競りを底上げするおつもりだった。しかし侯爵閣下の執心が知れ、競りが慈善ではなく私怨や転売の場になった。そんな競りにあなたが加わるはずがありません」
エリシアは唖然としていた。
(いつからそこまで考えていた?
予想と真逆じゃないか)
当のローズに視線を移す。
顔を紅潮させ、目を潤ませて、アルベルトを凝視している。
(……ん?……なんか……
胸に……チクリと……ヘンな痛みが……)
ぐるぐるといろいろな事が頭に浮かぶ。
(考えがまとまらない。アルベルトは伯爵様をどう評している?
伯爵様はアルベルトをどう評し……
……お立ちになった、あれ……なんで?
お顔がだいぶ赤い……え?)
立ち上がったローズが、いきなりアルベルトに抱きついた。
「はぁ~!さすがです、さすがですわアルベルト殿!
いったいその目には何が映っておりますの?
その眼差しで見つめられたら、何もかも見透かされているようだわ……!」
エリシアが硬直した。
脳の処理速度が追いつかない。
(……え?……なにコレ……?
……なにが起こってる?
……伯爵様が……?
……アルベルトに……迫って……る?)
はあぁぁぁぁぁぁぁ〜?!
「お、落ち着いて下さい、伯爵様、どうか落ち着いて。ほ、ほら、エリシア様もご覧になっておりますよ、どうか冷静に」
アルベルトにしだれかかっていたローズが、ワタワタしているエリシアから五月雨式に降りそそぐ、なんとも複雑怪奇な視線に気づき、スゥッと席に戻り、はじめの悠然とした笑みを顔に貼り付けた。
(さ、さすが大国の上級貴族!あのご乱心振りを
笑顔ひとつで、なかった事にした!)
「さすがはアルベルト殿。見事な洞察力です。
その通り、私は愚者どもと道を同じくするつもりはありません。
余人は勝手な囀りをしていますが、私と侯爵閣下との間にそもそも確執など存在しません。
渡る橋は違えど目指す地は同じ。
私も侯爵閣下も、ともに志をひとつにする同志でした。
それを表面の絵面しか見る事のできない俗物どもは……、全く度し難い。
おや、エリシア様、落ち着かれましたか?」
「は、はひい……!」
顔を赤らめ、頭からプスプス煙を噴き出しているエリシアに、ローズがオトナの笑みを魅せる。
「噂通り、かわいいお嬢様だこと。
アルベルト殿が傍を離れたがらないのも、わかる気がするわ」
(へ……?アルベルトが……
傍を離れ……たがらない……?)
「……伯爵様、そのような……」
「いいじゃないの。あなた、アレほど私に仕えるようお願いしたのに、全く意に介さなかったじゃない。
ああ、エリシア様、あなた様がうらやましい。このような傑物がお側にいるなんて」
「……伯爵様……、もうその辺で……」
だが、エリシアにどれだけローズの話が聞こえていたかわからない。
彼女にとっては、部屋に入ってからの一連の出来事があまりに刺激的すぎて、また脳の処理能力を超えてしまっていた。
それでも頭の中で、ある類いの言葉たちが、幾度となく浮かび、そのたびに心に染み込むように溶けていった。
…私の傍に……私のために……私とともに…




