第25話 喜劇1幕目
オークション当日、会場に入った。
思ったより参加者が多い。貴族、商人…、他国からの招待客も相当数来ているようだった。
「64番か」
入札参加受付で渡された入札用番号札。
まだ受付待ちはかなりいる。
最終的にはこの数倍にはなるだろう。
「開始までまだ時間があります。座って待っていましょう」
ロビーの椅子に座っていると、声を掛けてきた人物がいた。
カーライル侯爵の執事だった。
「失礼致します。エリシア領主閣下、アルベルト様」
「ああ、執事殿。……閣下は……やはりご一緒ではないのだな……」
「はい……、残念ながら……」
執事は姿勢を正し、ふたりに一礼した。
「閣下のたっての希望でして……。あの素描画を誰が落札するのかを見届けてきて欲しいと。できればエリシア閣下がお手にされるのを期待していらっしゃるご様子でした。
閣下は、興味を持つ者がいなければ造作ない事と仰っておられましたが……ただ……」
「……ただ?」
「あの素描画の存在を知って、閣下は様々な方面から情報を得ようと動いておりました。
侯爵閣下があの品を熱望していると知られた結果、転売目的だけでなく、過去の恨みから落札して取引材料にしようとする者まで現れております」
「そ、そんなの、ただの嫌がらせではないか!」
エリシアが憤慨して声を荒げるのを、アルベルトが制す。
とはいえ、アルベルトも同じ気持ちだ。
「……そのような愚かなマネをしそうな方々が、ここに来ているのですね」
執事が顔を曇らせ頷いた。
「はい、私が見たところで既に3組の方が会場に……」
アルベルトが辺りを見渡す。
広いロビーのなかに多数のグループができ、談笑している。
「今どちらに居られるかわかりますか?」
アルベルトの問いに執事が頷き、1人ずつ指差した。
「まず、あそこにいるのがルーベル子爵様です。
以前は外務府におられましたが、しばしば閣下の方針と対立しまして、内務府に移られました。
閣下引退後、再び外務府に席を得ております。
あちらはテノール商会のテノール会長。
手広く王都でご商売をされておりまして、たいへんに強欲…いえ、利に強いこだわりをお持ちの方と評判です。今度は新たに私設の賭博場をお作りになるとお聞きしております。
あの奥にいらっしゃるのがアルテミア伯爵様。
女性ながら伯爵家の当主で、愛国者、篤志家として知られる女傑です。
清廉なお方ですが、閣下の外交は他国に利を与え過ぎると衝突する事しばしばで。
伯爵が私怨であの素描画を狙うとは考え難いのですが、なにぶんそれなりの数の方々が噂をなさっておりまして……」
「なるほど……」
アルベルトが3人を観察する。
一旦は外交の場から離れ、閣下引退と同時に返り咲いた子爵。私設賭博場に手を出そうとする強欲商会。愛国者、篤志家と評判の女伯爵……。
2人はなんとかなりそうだが、もう1人は……
厄介だ……。実に厄介だ……。
「アルベルト……、どうする……?」
エリシアにニッコリと笑顔を返す。
「撹乱要因は排除するのが一番です。
入札は自発的にご辞退いただきましょう。
お二人はなんとかできると思います。
まずそちらを片付けましょうか」
❖ ❖
【ルーベル子爵視点】
カーライル侯爵がウォーケンの素描画に相当な執心ぶりだったと聞いていたが、姿は見えない。
先日の特別公開の場で倒れたと聞いたし、体調を崩して来場を見送ったか。
目の前で競り勝ってやって溜飲を下げたかったが残念だ。
あの男がトップだったせいで外交の場から遠ざかるハメになったが、今は外務府に返り咲いた。
私は本来ここにいるべきだったのだ。
今は外務府第一部次長だが、ゆくゆくは外務卿になる。いや、なってみせる。
「きゃあ、危ない」
おっと、目の前でどこかの淑女がつまづいて目録を落とした。
「レディ、大丈夫ですか」
目録を拾う。
ページの折り目、あの素描画が開いていた。
この女性もアレに興味があるのか。
手渡してやると、花の開くような笑顔を返してきた。
「ご親切に、ありがとうございます」
見覚えのある顔だ……
彼女は確か……
「失礼ながら…、あなた様はテーゼのエリシア・ベルベット領主閣下…では?」
そう問うと、彼女は優雅なカーテシーを見せ、名乗りを上げた。
「はい、独立都市テーゼで領主兼執政官を務めております、エリシア・ベルベットにございます」
私は慌てた。
小規模とはいえ、我が国をはじめ周辺国が独立主権を認めている、その都市の君主。
一部門の次長程度では直接言葉を交わす機会など絶対にない人物だ。
「これは失礼を致しました。領主閣下。
アラン・フォン・ルーベル子爵と申します。
外務府外務第一部次長を拝命しております」
「まあ、子爵様でしたか。外務府にお勤めで。
外務府の方々には大変にお世話になりました。
おかげさまでお祭りを楽しませていただいております」
ほぉっと見惚れるほどの笑顔と物腰。
さすが小なりとはいえ独立都市君主。それにふさわしい所作振る舞いを身に着けている。
「領主閣下も、本日はオークションにご参加されるのですか?」
「……はい……、ぜひとも手に入れたい品がございまして」
「それは……ウォーケン卿の素描画……でしょうか……」
彼女が驚いたような顔をした。
「どうしてそれを……?」
軽く頭を下げ、微笑みを返す。
「失礼ながら、目録を拾った時に、ページが折ってあったのを目にしまして、もしやと思った次第です」
「まぁ、そうでしたの」
会話が弾み始めた時、男が少し慌てた様子で近づいてきた。
この男は知っている。
アルベルト・ロッツォ。
独立都市テーゼの執政官補佐。
この国で言えば宰相級の大物だ。
「お話中失礼致します。エリシア様、こちらの方は?」
「こちらはアラン・フォン・ルーベル子爵様。
外務府第一部次長をされていらっしゃいます。
子爵様、この者は――」
「存じております。アルベルト・ロッツォ殿、お初にお目にかかります。アラン・フォン・ルーベル子爵です」
「これは子爵様、大変失礼を致しました。
アルベルト・ロッツォでございます」
彼女がアルベルト殿に面白くなさげに返答をした。
「で、アルベルト、またあの方々がいらしてるのですか?」
「はい、ぜひエリシア様にご挨拶をと」
「全くしつこいこと。何度お断りしても懲りないのね。仕方ありません、ではご挨拶だけして参ります。ご挨拶だけね。
それでは子爵様、これで失礼致します」
そう言って彼女は去っていった。
せっかくの貴重な機会だったのに残念だ。
だが、まだアルベルト殿がいる。
なんとか私を印象付け、個人的な知己を得ておきたい。
「領主閣下はご多忙のご様子ですね」
「いえ、他国の貴族と商人からとある陳情がされているのですが、何度お断りしても蒸し返してきまして……」
「なるほど……」
つまらん些事だが、取り合えず会話のキッカケにはなった。
次は本題だ。
「アルベルト殿、つかぬ事をお聞きしますが、領主閣下はあの素描画の競りにご参加されるおつもりなのですか」
彼女との会話の続きを彼に振ってみた。
彼は少し戸惑うような顔をしたが、すぐにそれを笑みで隠した。
「エリシア様はその事をお話でしたか。
はい、エリシア様があの素描画の落札を切望しているのは事実です。
ご存知の通り、我がテーゼのそもそもの成り立ちはウォーケン領の悲劇に端を発しています。
エリシア様のベルベット家は、その事を重要視しておりまして、家訓として子々孫々に伝えているのです」
「なるほど……、それであの素描画を……」
「はい、思いもかけぬところで貴重な品に接し、いたく感激されておりまして、何としても落札したいと。
ただ、あまりに突然の事で……、恥ずかしながら資金面にやや不安がございまして……、首尾よく落札できるか心配されているのです」
私の背筋に寒気が走った。
これは……危ないところだった。
落札したら、人事への侯爵自身の強い推薦を条件に買い取らせようと考えていたが……。
テーゼ領主が切望している品の入札を軽々に落札した挙句、転売したなんてしてしまったら……。
考えただけでもゾッとする。
だが……、運よくそれは避けられた。
更にここでもう一押し、私の印象付けをしておけば……。
「なるほど……、領主閣下のお気持ちは理解致しました。
実を申せば、私もあの素描画を落札したいと考えておりましたが……。
しかし領主閣下のお気持ちに接し、考えが変わりました。
私はオークションを見送る事に致しましょう」
アルベルト殿が私の申し出に驚愕している。
よしよし、いい反応だ。
「いや、子爵様、そのようなご配慮は……」
困惑するアルベルト殿に、更に静かに笑みを送り、好感度をアップさせる。
「せっかくの領主閣下の大切な機会を邪魔するわけにはいきません。
確かに断腸の思いではありますが、ここは領主閣下のお気持ちのみ、慮らせていただきます」
おお、アルベルト殿の表情に絶大な感謝の念が浮かんでいる。
「子爵様、寛大なお申し出、誠にありがとうございます。
子爵様のご温情、エリシア様にしかとお伝え致します。エリシア様も深く感謝し、子爵様の事をご記憶に刻む事と存じます」
「いや、お気になさらぬよう領主閣下にお伝え下さい。では私はこれで」
深く礼をするアルベルト殿に背を向け、私は歓喜していた。
この配慮、この対応。
これで私という存在を徹底的に印象付けられた。
チラリと後ろを見る。
アルベルト殿が、戻って来る領主閣下になにか話している。
領主閣下が笑顔で喜んでいるのがわかった。
よし、うまくいった。昔の意趣返しのためにムダ金など使わず、自分の未来を守り育てた。
これが私が上に立つべき人間だという証左だ。
私は、自らの状況判断と深謀遠慮に、改めて自負を深め、会場を後にした。




