第24話 女王と人外魔王
アルベルトの痛烈な指摘がジンを捉える。
「……ただの……算数……」
ジンの声は震えていた。
「私の仕掛けが……勝負を……ただの算数に……」
その言葉を口にした瞬間、彼自身が一番深く傷ついたように顔を歪めた。
アルベルトはすぐには否定しなかった。
静かにカードを指先で回しながら、ただ見ていた。
「……ジンさん」
ようやく口を開く。
「あなたを責めたいわけではありません。
私が勝手に期待して、勝手に失望しただけです」
ジンが少しだけ顔を上げる。
「責任がないとは申しません。ですが、あなた一人が負うものでもありません。
責めるべきは、これを望み、認めた西陣営全体です」
ジンは唇を噛んだまま、またテーブルに額を落とすように俯いた。
「……確かに……我々は……ギャンブラーではなくなっていました……」
握りしめた指が震えている。
「申し訳……ありませんでした……」
ジンが顔を上げ、悔しさを噛み殺しながら、アルベルトに詫びた。
「……私は自分があれほど焦がれていた……本物の勝負の機会を……自ら潰してしまっていたんですね……」
アルベルトはジンの顔を見て、ふと話題を振った。
「ジンさん。変な事を聞くようで恐縮ですが、ジンさんがこのゲームの負けの責任を取らされるという事はあるんですか?」
ジンがハッと顔を上げた。
自嘲気味の笑みで答える。
「……ない……とは言い切れません……、残念ながら……。なにぶん影響が大きいですから……」
アルベルトがなるほどと頷く。
「それならこうしましょうか。
私は来年の開国祭にまたお邪魔します。
その時に、ぜひあなたと勝負をさせて下さい。
なんの混ぜモンもない本物の勝負を、です。
ああ、そうすると、あなたにはその日まで壮健でいてもらわねばならないなぁ。
もし何事かあって、あなたが私と対戦できないなどという事になったら……私が大変困ります。
困り過ぎて、きっと自暴自棄になって、なんかもうイロイロとヤッてしまって、私だけじゃなくこの街の業界の皆さん全員が困った目に遭う……かもしれません。
そうならないよう――」
アルベルトが後ろを振り返った。
そこには西の顔役と、仮面の大男が立っていた。
「重々お気をつけください、顔役サン。
シドも頼んだよ。みんなにそう伝えるようエヴァに言っておいてくれ」
西の顔役は青ざめた表情でコクコクと頷いた。
シドは仮面を取って、いつも通り顔の筋肉をピクリとも動かさず、ひとつ頷いて、顔役サンの肩をガッチリ掴んで奥の方に歩いていった。
「これで安心でしょう。西の顔役サンは快く了承してくれたし、街中隈無く広まるでしょうから」
ジンは唖然としていた。
驚愕しっぱなしだ。
コレがどれだけ続くのか。
まるで消化できそうにない。
「……あなたは、いったい何者なんですか……?」
辛うじて絞り出した声に、アルベルトが笑いを浮かべた。
「ハハ……、私はただの事務屋ですよ。
ああ、そろそろ終業の時間ですね。
今日はこれから別室でちょっと残業がありますので、これで失礼します。
ジンさん、来年の勝負、楽しみにしていますよ、それじゃ」
❖ ❖
【路上賭博の男視点】
とんでもねえモン見せつけられたわ……。
アリャ、絶対に手ぇ出しちゃならねぇヒトだ。
みんなすっかり牙抜かれちまってらぁ……。
「お兄さん、言った通りだろ。イタズラっ子が懲らしめられるって」
おお、さっきの姉さんか。
「おお、姉さん。アンタの言ってた通りだ」
あれ、今度はなんか淋しげな感じだ。
「あのヒトはギャンブラーとホントの勝負をしたかったんだよね……。
でも相手がギャンブラーじゃなくてゴト師になっちまったモンだから、自分もギャンブルするのを辞めて、ただの事務作業をする事にしちまった。残念だったろうね……」
この姉さん、ダンナの事知ってんか?
「あれぇ?エヴァ?エヴァじゃないか」
「あ、ホントだ、エヴァさんだ」
あれ?ダンナの連れの半泣き姉ちゃんだ。
護衛の姉ちゃんもいる。やっぱ知り合いか。
「ああ、エリシア様。ルナちゃんも。
いやぁ驚きましたよ。補佐さんが出てるぞってダンナに聞いた時は。
まっさかこんなトコに出入りしてるなんてさ。アッハハハハ」
なんかわきゃわきゃ始まっちまったな。
あれ?今度は南の顔役が走ってきた。
「……ク、女王!探しましたよ!」
「あ、ゴメンね。知り合いがいてさ、ちょっと盛り上がっちゃって」
「困りますよ、これから開かれる会議には出ていただかなければ。さあ、会議室においで下さい」
「了解了解、じゃあエリシア様、補佐さんによろしくね〜」
……あの姉さん……、南の顔役に手ぇ引っ張られて連れていかれちまったケド……
……なんか今……
……女王……って呼ばれてたような……
❖ ❖
【控室】
「では、こちらが勝利報酬です。お改め下さい」
テーブルに置かれたケース。
金貨が50枚にまとめられ、それが10本。
手元資金と賭博場巡りで370枚、ゲーム参加で200枚、そしてこの勝利報酬500枚。
これでアルベルトたちの手持ちは1070枚。
目標の1000枚を超え、明日のオークションで競れる資金力になった。
「ありがたく頂戴致します。
ところで会議はどんな感じでしたか?
部外者の私が勝ってしまった事に抵抗感を持つ方々も当然いらっしゃると思いますが」
アルベルトの問い掛けに顔役が苦笑する。
「確かに神経衰弱の第1試合が終わった直後に東の一部から、アルベルト様は事前にルールを知らされていただろうとの抗議が来ました。
しかし、それを聞いたギースが烈火の如く怒り、東の顔役のところに怒鳴り込んだそうです。
『俺は生まれてこの方、あれだけキレイな勝ちっぷりを見たことがねえ!
俺ぁ負けたが、感服しちまったぜ!
アンタら、その俺の気持ちに泥を塗ろうってのか!』と。
もっとも、2戦目を見た東の変貌振りもまた凄まじく、『あんな方がいるとは信じられない」と、あからさまに畏敬の念を示してきました。
西は終始青い顔で、ジンへの報復禁止の徹底を約束しておりました。
女王から、『ガン付け』を大目に見る条件としてキツく申し渡されまして。
……なんでも、ジンが壮健でなければ人外魔王が自暴自棄になると」
そんな話をしていたら、当の本人たちが部屋に入ってきた。
「ああ、いたいた。まだ居てくれたわ」
「……女王?どうされたのですか?」
「悪いねぇ、南の。ちぃっとばかりそこの人外魔王に話があるんだ。席外してくんない?」
「……は、はあ……、わかりました……」
「ゴメンね〜、すぐ終わるからね〜」
顔役が出ていって、エヴァとシドがソファに座る。
開口一番。
「ナニやってんだい(ナニやってるんだ)
アンタら(キミら)」
一瞬、時が止まった。
刹那の後、エヴァが大笑いを始めた。
「アッハッハッハ、ゲーム始まる前にダンナが慌ててアタシんとこ来てさ。何と驚いたことに南の控室に補佐さんがいるって言うんだよ。
そんで顔隠さなきゃってんで、急いであの妙な仮面買ってきたんだよ」
シドが焦って……?これっぽっちも想像できない珍事だ。
「……いや、初見でまるわかりだったが……」
「なんだ、そうなのかい。さすが人外魔王サマは鋭いねぇ」
「そんな事より、なぜ君たちが異国の賭場を牛耳る闇の女王なんて立ち位置になったんだい」
エヴァは全然悪怯れる事なく相変わらずカッカッカッと笑ってる。
「いや、こっちはそんなつもりないよ。あっちが勝手にそう呼んでるだけさ。アタシらは年1回遊びに来て、ゲームの提案してるアドバイザーだよ」
周りの崇拝ぶりはそんなレベルじゃないんだが……。
「では、そのアドバイザーにはどんな経緯でなったんだい」
エヴァは、ルナが持ってきた酒に軽く口をつけ、古い記憶を呼び起こした。
「う〜んとね、10年くらい前の賭場って、イカサマで客をハメ殺すし、勝ったら夜道で襲われるし、まぁヒドかったわけよ。
アタシらも何回も襲われてさ。そいつら潰して回ったけど、ナンカ面倒になって、逆に顔役たちに勝負ふっかけて、ボッコボコにしたんだ。
そんで、こういう商売は“広く浅く“が肝心なんだ。組合作って普通の客大事にしろ、って約束させて、今の形になったんだよ。
あとはご勝手にってトコだったけど、なんか毎年呼ばれちまってね。仕方なしにゲームだけ考えて、提案してるってワケ」
なるほどね……こういう商売は"広く浅く"か。その礎だけ作って、あとは自主性に委ねる。エヴァらしいやり方だ。
「補佐さんこそ、あんな人外ぶり見せっから、みんなドン引きしてたろう。あんたこそリヒテンラーデ裏街の支配者って言われもおかしくないよ」
「いやいや、私は単なる事務屋だよ。
ちょっと数字に強い……ね」
金貨の入ったケースを見る。
(ようやく……届いたよ、リン……)
それをポンと叩いて、リンの顔と明日のオークションに、想いを馳せた。




