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第23話 208枚

 ジンが最後に配ったカードをマジマジと見つめている。

 至極当然の行為。普通はガンカードを疑う。

 しかしなにも見つからない。

 

 観客のざわつきも止まない。

 何があったのかわからない。


 ジンの気配が変わった。

 目に怯えが宿っている。

 

「……どうしてこのカードが……」

 震える声で最後にアルベルトに配ったカードを差し出した。

「……10点札だとわかったのですか……?」


 会場のざわつきが更に大きくなった。

 ガンカード……?ガン付け……?

 口々にそう言っている。


「あなたはこれが10点札とわかっていた…。

 だから躊躇なく、あの理外の選択ができた。

 しかし、それができた理由(ワケ)がどうしてもわからない。

 なにか目印があるはず。

 そう思ってカードを隅々までチェックしてみた。

 しかしなにも見つからない。

 シャッフルの時にデッキを組み上げた?

 いや、あなたはリフルシャッフルしかしていなかった。

 リフルではカードを組み上げる事はできない。

 どう考えてもわからないのです。

 あなたがこれが10点札だと知っていた理由が。

 お教えいただきたい、お願い致します」


 ざわつきが消えた。


 ガンカードではない……

 デッキの組み上げでもない……

 では……どうやってわかった?


 ここにいるのは全員がギャンブラーだ。

 ジンの気持ちは重々理解できるのだろう。

 会場の全員の興味がそこに向かっていた。


 アルベルトはひとつため息をついて、問題のクィーンを手にした。


「いいでしょう、お教えしましょう」


 ジンの顔が喜色に染まり、会場から歓声が上がった。

 しかしそれもすぐに静まり、皆が息を潜めてアルベルトに注目した。


「あなたは、私がこれを10点札だとわかっていたとおっしゃいましたが、それは間違いです。

 私は10点札だとわかっていたのではありません。クィーンだと知っていたんです」


 みんな声がない。

 ジンも、会場の人々も、すぐには理解できないようだ。


 かろうじてジンが言葉を紡いだ。

「……クィーンだと知っていた……とは、どういう意味ですか……?」


「あの時私に配られるカードがクィーンで、次のカードが4で、その後がキングだという事も知っていたんです。

 それだけではありません。

 最初の手札が6、4、2、11、3だっていうのも知ってましたし、木箱(シュー)の次のカードが何なのかも知っています」


 ジンさんの問いに答えながら、木箱(シュー)をテーブルの真ん中に置く。


「ジンさん、私がカードの数字を1枚ずつ答えていきますので、答えを言ったら開いていっていただけますか」


「……はあ……」

 未だ釈然としない表情だが、それでも木箱(シュー)に手を伸ばしてくれた。


「いきます、9」


 カードを開く。

 9が現れる。


「連続でいきますね。

 5、7、10、A、ジャック、3、2、キングーー」


 開かれたカードはーー

 5、7、10、A、ジャック、3、2、キング…

 当然全て一致している。


「……まだ続けますか……?」


 ジンの顔色が更に悪化した。

 会場もまたざわついている。


 ジンが恐る恐る聞いてきた。

「……つまり……、あなたはカードを覚えていると……」

「そういう事です」


 ジンは、いやいやと首を振る。

 まだ納得できていない。


「……いやいや、それとて限界が……、いったい何枚くらい覚えてるのですか……?そもそもそんな機会はなかったはずですが……」


 アルベルトが手のクイーンを、そっと場のカードに重ねた。


「全部ですよ。4デッキ、208枚全部です」


「!!!」


 会場が一瞬で静まり返った。


 誰も声が出ない。


 ジンが震えている。


「……そ……そんな……」


 困惑が、かろうじて声になった。

「そんな事ができるわけがない!

 あ、あなたはリフルをやっていた!

 それも何度も!

 カードはバラバラになる!

 覚えられるわけがない!」


 アルベルトがコクリと頷いて、シューからカードを抜き、ひと山作り自分の前に置く。


「ここにワンデッキ52枚があります。

 これを―――」


 リフルシャッフルをして見せる。

「最初のリフルをしてる時に角度を調整すれば、ほら、見えますよ。

 まず、それを覚えます」


 カードを広げ、ジンに見せた。


 ジンはカードを見つめる。


(こうやって晒されても、覚えられるのなんて、ほんの何枚かだぞ……。そんな事が……?)


 ジンは混乱しながらもまた異論を唱えた。

「リ、リフルをやればカードはバラバラになる!

 これはどう説明できる!」


 アルベルトがリフルをしながら語る。

「覚えたら、この52枚のカードを、1番上のカードを変えずに、1枚ずつ交互に重なるようにリフルをやるんです。ああ、右左とも枚数は均一じゃなくちゃダメですよ。

 この作業を8回やると―――」


 アルベルトが、パタパタパタとカードを晒した。


「ほら、覚えた時の並びに戻ってますね。

 この作業を4山やらせてもらいました。

 難しい技術ではありませんよ。一枚ずつ、同じ間隔で落とすだけです」

 

 ジンも会場一同も、凍りついた。


 ジンがハッとし、絞り出すような声で尋ねた。


「では、あの時カードをばら撒いたのも……」


「ええ、以後4山に分けてシャッフルしても不自然に見えないようにするためです」


 もう一度、アルベルトがリフルをした。

 パタパタパタと小気味いい音を立てながらカードが交互に交じる。

 そして最後にパチンッと鳴き声を上げ、山になってその場に鎮座した。 



       ❖   ❖



 もはや勝負はついた。

 会場の誰もが、アルベルトの底知れなさに、畏怖、畏敬の念、そして大半は恐怖を抱いていた。

 

 それでもジンには聞かねばならない事があった。

「だが……、やはりこれだけはわからない。

 ……あなたは、その信じられない記憶力で容易く勝てたはずだ。それこそ、その気になれば最初で決着がつけられた。

 だが、あなたはそうしなかった。なぜですか?」


 ジンの目のなかに、後悔、疑問、困惑……、さまざまな感情が溢れかえっているのが窺えた。


 アルベルトがカードを1枚手に取り、それを眺めながら呟くように言う。


「私はこの場で、本物のギャンブラーと純粋なギャンブルをしたかった。

 3セット目まではあなたはギャンブラーとして私の前に立ちはだかっていた。

 だから私も挑戦者(チャレンジャー)として、無手の状態で挑んでいったんです」


「……無手で……?」 


「しかし……4セット目からあなた方は『ガン付け』と『拾い』を仕掛けてきた。

『拾い』はまだいい。シャッフル技、技術のひとつとして許容できる。

 しかし『ガン付け』はそうじゃない。

 アレは技術とは言わない。ゴトです。

 あなた方西陣営はギャンブラーからゴト師に姿を変えた。

 だから私も、ギャンブラーに真正面から挑む挑戦者(チャレンジャー)を辞めて、普段の事務作業に切り替えたんです」


「……事務作業……ですって……?」


「私は日常的に、数百、数千の数字と、その根拠を照合しています。数字を記憶するのは日常の一部であり、単なる事務作業なんですよ」


 ジンが驚愕とともに問う。


「……あなたは……日々……どれだけの数字を覚えてらっしゃるのですか……?」


「ハハハ、数えた事はありません。

 まあ少なくとも、4デッキ程度では足りませんね」


 会場の空気が更に一段冷えた。


 ジンの中で何かが崩れ落ちた。


(勝てるはずがない)


 理屈ではなく、理解として。


(この人間に“賭け”は成立しない)


 だが……、それを使わなかった……


 それは……

 

「……それでは……もし……私が何の仕掛けも打たずに勝負をしていれば……」

 

「本物のギャンブラーを相手に、必死で抗う挑戦者(チャレンジャー)として戦い続けました。

 あの序盤、3セット目まで私は劣勢だった。

 あれがあなたと私の、ギャンブラーとしての力量の差です。

 もちろん劣勢のまま終わるつもりはありませんが、正直どうなっていたかわかりませんね」


 退出しようとするアルベルトに、ジンが声を掛けた。


「……アルベルトさん……。

 あなたは本来は別の世界の人間です。もしかしたら、もうお会いする機会もないかもしれない。

 だからこそ、私のなかの疑問やモヤモヤをこの場で解決するために、あなたの感想をお聞きしたい。お許しいただけますか」


 アルベルトが微笑み、席に座り直した。

「いいですよ、どうぞ」


 ジンが姿勢を正した。


「まず、あなたの『ガン付け』。

 あの序盤の僅かな間で行なったのはお見事でした。しかし、即席だったため簡素でもあった。だから、こちらも簡単に模倣できました」


 そこでアルベルトは一旦言葉を切った。


「もうひとつは、『拾い』ですね。

『拾い』自体は技術です。互いに見ている前で行うシャッフル技ですので、それを否定するつもりはありません。

 ですが、あの最大の勝負どころで、あなたはご自身の仕掛けに無意識のうちに囚われてしまっていた。

 特に今回の7セット8ゲーム目、最大の勝負どころでです。

 自分の手にブラック・ジャックが2つ、私にもブラックジャックチャンスが入ったあの時です」


 ここでアルベルトが言葉を切った。

 笑みが消え、少しもの憂げな表情を浮かべた。


「ギャンブラーなら心滾る場面です。  

 真っ向から受けてくる。少なくとも、私が期待していたあなたなら、そうするのではないかと思っていました。

 だがあなたは保険(インシュアランス)を打って勝負を避けた。

 あの時、あなたは勝負をしなかったんじゃありません。

 勝負(ギャンブル)を避けたんです」


 ジンの顔色が変わった。

 ぷるぷると震え、絞り出すような声でアルベルトの言葉を繰り返した。

「……私が……勝負(ギャンブル)を避けた……?」


 アルベルトが首肯する。

「はい……、あなたは私との勝負(ギャンブル)を避けた。大変残念でした……」


「……い、いや、そんな事はない……!」

 ジンが頭(かぶり)を振り、語気を強めて反論した。


「あの局面で勝負には行けない!

 あの時真っ向勝負をして、あなたがブラックジャックを出したら、3敗2分けで▲30枚を食らう。私の勝ち分の半分近くが吹っ飛ぶんだぞ。

 しかも、あなたのもとにハイカードが行くのは確実だった。ちょっと計算すればどれだけ見合わない勝負か誰にだってわかる!私の判断は正しかったはずだ!」


 ハァハァと興奮気味のジンに、アルベルトが淋しげな視線を送った。


「……そうです。あの時、ハイカードの塊りが木箱(シュー)の取り出し口に溢れていた。今か今かと出番を待っていた。

 あなたはそれを知っていた」


 アルベルトがカードを2枚テーブルに晒した。

 Aと9。あの時のアルベルトの手札。


「あなたが長年その身を焼いてきた勝負(ギャンブル)とは、"不確実な未来"を力づくでねじ伏せて掴むものだったはずではないですか。

 そうしていれば、あのゲームはあなたの手中に落ちていた。

 だがあなたは自分の仕込みの"確実さ“に囚われ、勘も度胸も、閃きも必要としなくなっていた」


 アルベルトが静かに手札を伏せた。

 

「ちょっと計算すれば誰にだってわかる……。

 そうです……。あなたの打った仕掛けが、あの血の滾る勝負(ギャンブル)を、ちょっと計算すれば誰にだってわかる、ただの算数にしてしまったんです……」


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