第20話 執務のお時間
【アルベルト視点】
ゲームが始まった。
とは言ってもまだ初動。
お互い様子見。踏み込まない。
ハイカードに多少厚く張りはする。
取りもするし取られもする。
しかしやはり地力の差か、少しずつ手持ちを削られながらゲームが進み、3セット目が終わった。
3セット目終了時点で▲21枚。
30ゲームでこの成績はあまり芳しくない。
4セット目の子の番では、ある程度押して行かざるを得ないか。
だが……、4セット目からは雰囲気が変わった。
親の手が伸びる。
親は17以上になるまで引き続ける。
故に子の戦略のひとつは親のバースト待ちだ。
しかしどうした事か、ローカードを引きまくり、なかなかバーストしてくれない。
そのくせ、1枚目がハイカードの時も、それなりの頻度で強いカードを引いてくる。
チャンスと思って厚く張った局面で、ことごとくハズされてしまった。
結果、4セット目は▲41枚。
大敗と言っていいゲームとなった。
5セット目。私の親。
ちょうど前ゲームでカットカードが出たため、再シャッフルをする事になった。
丁寧にリフルシャッフルをする。
「――おっと、失礼」
リフルを失敗して、カードをばら撒いた。
「すいません、小分けにしてやらせていただけますか?」
ジンさんが無言で頷いてくれた。
1デッキずつやらせてもらう。
更に『ウォッシュシャッフル』までやって、ジンさんに渡す。
ジンさんもリフルシャッフルを数回やってから、いつものように『ウォッシュ』をしてゲーム開始。
2ゲームまでは小場で進み、私が少し勝っていた。
しかし3ゲーム目、いきなり場が沸騰する。
5つのボックスのうち4つにAと10点札、残り1つにも8。今日1番のカード揃いだ。
コレを受けてジンさんのベットも強気に攻めてくる。
全てのボックスに上限ベット!
……コレは……ヤラれた……
かろうじて1ヶ所だけはバーストしてくれたが、他は総取られだ。
このゲームだけで▲30枚を喪失!
西側は歓喜し、南側は絶望に声もない。
しかし、私に悲壮感は微塵もなかった。
『偏り』の『違和感』。これが現れた。
最初はカウンティングかと思ったが、そう単純ではないようだ。
おそらく2つの技を使ってきた。
まずこのセット、『拾い』をしてきた。
『拾い』とは、『ウォッシュ』の際に目当てのカードを選り分け、塊りのままデッキに仕込む技。
今回はハイカードを仕込んだ。
その塊のうち1枚が現れたら、その後も立て続けにハイカードが続く確率が高い。
今回はまさにドンピシャにハマった。
だが4セット目は違う。
私が最後にシャッフルした以上、『拾い』はできない。
なら別の仕掛けがある。
とすると……
カードを配りながら思案していると、そこでまた新たな『違和感』を感じた。
……ん?……このカード……?
しかし、素知らぬ振りをしてカードを配る。
……このカードは……
……ローカード!
ボックスの前に晒されたカードは3だった。
ならこっちは……
10……、ハイカードか。
……やはりそうか…
これで前セットの『違和感』のタネもわかった。
タネがわかれば、それを逆手にとる方法を考えればいい。
まだ5セット目だ。時間も機会もある。
ただ……、玄人の経験と感性との真っ向勝負を期待していた私は、少なからず落胆はしていた。
5セットも大敗し、6セット目はジンさんの親。
また4セット目と同じ戦術か、と思ったが、露骨に使う事は避けたようだ。
その結果、少し優勢で終え、ここまでのトータルは▲94枚となった。
ここで私が手を挙げた。
「申しわけありません。中途半端なところで恐縮ですが、このあたりで休憩を入れていただけませんか」
会場がざわめいたが、異議があるふうではない。ぶっ通しのゲームに、観客も多少疲労感を覚えていたのだろう。
西陣営からも賛同の声が上がった。
「一旦、小休止を挟みます。各陣営は控室でお休み下さい。1時間後にゲームを再開します」
席を立ち控室に向かおうとすると、エリシアとルナが駆け寄ってきた。
「……アルベルト……、大丈夫か……、だいぶ負けが込んでしまったが……」
エリシアはかなり深刻そうにしている。
ルナも同様だった。
周囲の視線もそれなりに集まってきている。
顔は上げない。
俯きながら、視界の端で様子を窺う。
憐憫、不安、嘲り、苛立ち……
好意的なモノは……ほとんどないか。
うん……?
ジンさんともうひとり……
あれが西の顔役……か?
顔役はあからさまに、ジンさんは横目で
ふたりともこちらを見てる。
顔役は敵意と嘲笑……
ジンさんのあの視線は……
ソレとは少し質が違うな。
なるほどね……
心配してくれてるふたりにも無言のまま、項垂れて控室に向かう。
「お、おい、アルベルト……」
「……アルベルト様…」
玉当ての時以来、意気消沈の演技もミガキがかかってきてるな。
身内すら欺かれている。
周りもすっかり騙されているだろう。
❖ ❖
コーヒーにミルクをタップリ入れて飲む。
甘い焼き菓子との相性も抜群。
ふう……至福のひとときだ。
「……お前……そんなにリラックスして……。
さっきまでの落胆振りはドコに行ったんだ?」
「そうですよ、アルベルト様。もう差が100になってます。これをあと40ゲームで取り戻すには、結構な張りと怒涛の連勝が必要なんですよ。
もう少し危機感を持って――」
エリシアもルナの心配の声を、まぁまぁとなだめていると、そこに顔役サンが入ってきた。さすがに深刻そうな面持ちだ。
「アルベルト様、もはやこれまで……ですか」
軽く手を振って、顔役サンの懸念を一蹴する。
「なにを弱気な。まだ40ゲームも残ってますよ」
「そ、それでは挽回は可能だと……!?」
「だってマックスベットで2ゲーム総勝ちすればチャラですよ。楽勝じゃないですか」
「そ、そんな乱暴な……」
途方に暮れる顔役サンにひとつ質問をした。
「カイン様、西の顔役はどんな御仁ですか?」
「……西の……ですか」
顔が曇った。あまりいい関係ではなさそうだ。
「西の顔役は……その、懐古派というか……、最強硬派というか……。
過去の業界の有り様、ギャンブラーがギャンブラーとして日々しのぎを削っていたあの頃に戻るべきだと主張している一派の頭目です」
「なるほど。ではジンさんもその一派だと」
「いえ、必ずしもそういう事では……。
ただ、彼が望むような真剣勝負はほとんど行われなくなっているのが実情です。
懐古派と主張を重ねる部分もあるでしょう」
ほう、それならば、あの視線の意味も理解はできる。
「あの……それが何か?」
「ああ、向こうが4セット目から急にゴト紛いの技を使い出したんです。西の顔役は敵意と嘲笑と、してやったり感満載でしたが、ジンさんは私に後ろめたさを感じているようでした」
顔役サンをはじめ、エリシアとルナの顔色が変わった。
「ゴト紛いの技!?」
「じゃあ、あれだけ負けが込んだのはイカサマにハメられたからなのか?」
コーヒーに再びミルクを注ぐ。ああ美味しい。
「ええ、5セット目に仕掛けられた『拾い』については、シャッフル技の1つとしてこちらも受容できますが、4セット目の仕掛けはいただけません」
「……れ、連中は何を……?」
顔役サンが恐る恐る聞いてくる。
「ええ、いわゆる『ガン付け』がされていました」
私の答えに顔役サンが驚愕する。
「し、しかしあの木箱では『ガン付け』しても、それを見る事は不可能なのでは?」
「確かに視覚で捉えるのは困難ですね。
だから、触覚でわかるようにしたんです」
「……触覚というと……」
「指です。ハイカードとローカードの表面に小さな凹みを作り、木箱から取り出す時に判別していました。
自分に都合のいいカードならそのまま引く。都合の悪いカードなら次のカードとスリカエる。
次のカードがハズレの可能性ももちろんありますが、それでも勝率は大きく変わる。
……いいですか、よく見ていて下さい」
私は木箱の取り出し口から1枚引き、みんなに見せた。
ダイヤ8。
それをまた最初に戻して……
引く!
現れたカードは……
スペード12!
「……え?」
「……カードが……違う?」
「……これは……なんて事だ……」
「カードを引く時に、少しだけ上にズラす。
そして2枚目に指を掛け、素早く取り出す。
淀みなく一瞬で行えばバレないし、バレたとしてもそれを押さえる事はできません」
「……でもいつそんな仕込みを……」
「1セット目と3セット目……かな……。
自分が子の時ですね。
せっせとマークを付けていったんでしょう」
「……そんな事を……」
「1回のゲームで10枚以上が手元に来ますんで、実戦に使われるカードの大半へ印を付けられます。二度やれば、ほぼ十分でしょう」
顔役サンが苛立ちを露わにしている。
「ア、アルベルト様!これは完全なルール違反ではないですか!
即刻抗議して勝負を無効に――!」
「抗議しても無駄です。現行犯を押さえていない。カードの傷も、扱いの中でついたと言われれば終わりでしょう」
「……では……このままの状態で戦うと……」
立ち上がり、う〜んと背伸びをする。
「……いえ、領域を変えます」
「……領域……?」
「あちらがギャンブラーではなく、ゴト師の領域に移ったなら、私も自分の執務の領域に立ちましょう。
ガチの勝負をしたかったのが仕方ありません」
顔役サンはポカンとしている。
しかし、エリシアとルナはみるみる喜色を浮かべていった。
そう、いつもの執政官補佐。その執務だ。
表情の変化は私の日頃を評価しての事かな。
「不本意ではありますが、これからはいつもの執務の時間のようです。
さあ、オシゴトは早く片付けましょうか」




