◎第1話「リヒテンラーデからの招待」
独立都市テーゼの夜は、いつも静かだ。
人々は昨日の営みを今日に重ね、今日の営みを終えると、それをまた明日に重ねるため、身体を休める。
それが一日の終わりだった。
だが、テーゼ領主邸ではまだ今日が終わっていなかった。
執政官執務室。
エリシアは、執務机で菓子をつまみながら歴史書を読んでいた。
ドアがノックされ、アルベルトが部屋に入ってくる。
「エリシア様、リヒテンラーデから親書がーー
おや、間食はオススメできませんね。
読書中でしたか?」
エリシアが歴史書を机にそっと置いた。
「ああ、リンからの差し入れだ。美味いぞ。
夕べ、亡くなった父が幼かった私に、この伝承を語ってくれた時の夢を見てな……」
「『破滅の閃光』と『ウォーケンの嘆きの地』ですか……」
アルベルトが歴史書をめくる。
「周辺地域では、あの奇跡を起こした少女を『破壊神』と恐れ、未だにこのテーゼを『呪われた地に集う不信心者たちの街』と侮蔑する向きもあるようですが……」
「ふんっ、なにをバカな事を」
エリシアが、頬杖をつき、横を向く。
眼差しに少し悔しさが混じっていた。
「あの伝承を題材にした歴史書は、ほぼ全てがそういう視点で語られています。
そこに住まう者たちの多くが、女神を信仰していないとなればなおさらでしょう」
周辺4大国の合意のもと、緩衝地帯として建立されたテーゼ。
女神信仰の強いこの地域で信仰を強いていないため、周辺国からは「不信心者が集う、変わり者たちの街」と揶揄されていた。
「だが、これだけは違っていたな」
エリシアがアルベルトに一冊の歴史書をスッと差し出した。
「カーライル侯爵様の著書ですね」
「ああそうだ。これだけがあの悲劇にではなく、それまでのウォーケン領の在り方に焦点を当てている。奥深いよ」
エリシアの読感にアルベルトが頷く。
「リヒテンラーデの名外務卿で、高名な歴史収集家でもあります。先代領主様と私も、さまざまな助言をいただいたものです」
「ほう、『人外』と畏怖されるお前がか」
「茶化さないで下さい。恩人と言っても過言で
はありません」
「私も一度だけお会いした事がある。
父の葬儀にわざわざおいで下さったよ。
ご厚情もいただいた……」
エリシアが少し寂しげな眼差しになる。
半年前の父親の急逝を思い出したのだろう。
それもほんの一瞬で、すぐにアルベルトに視線を投げた。
「そういえば、リヒテンラーデからの親書だって?」
「はい、今年ももうこんな時期になるんですね」
アルベルトが差し出したのは、リヒテンラーデ開国祭の招待状だった。
招待状を見つめたまま、エリシアは心底嫌そうに顔をしかめる。
「毎年思うが、あの国の開国祭だけは理解できん」
開国祭はリヒテンラーデ王都で1週間にわたり開催される。
商業が国の産業の中核を為すリヒテンラーデにとっては最大の催事だ。この時期は周辺国からも多数の観光客が訪れる。
「え?なにがそんなに気に入らないのですか?」
エリシアがカッと目を見開き、掴みかからんばかりに迫ってきた。
「ギャンブルだよ!ギャンブル!あの愚行だ!
街中至るところに溢れかえるんだぞ!やれ力試しだ、やれサイコロの出目当てだと。
さながら亡者が群がる地獄絵図じゃないか!」
「いやそんな……」
「スリル?高揚感?心理戦?戦略?駆け引き?
そんなカタチのないわけわからんモンのために、これまで稼いできたカネをつぎ込み!奪われるんだぞ!全く理解できん!」
ふうふうと肩で息をするほどのアツい主張。
だがーー
「あなたの偏見に満ちた自説は置いておくとして、ご出席していただきますので」
アルベルトが、しれっと参加が決定事項だと告げる。
イヤそうな視線を送るエリシア。
「……彼の国の正式招待だ。もちろん断るつもりはない」
憮然とした表情でプイッと横を向く。
その仕草に笑みを誘われ、悟られぬよう即座に表情を消す。
「開国祭に行った事はおありですか?」
「いや、ない」
「では、今回が初めての開国祭ですね。
ギャンブルはともかく、賑やな祭りです。
おひとりでも十分楽しめーー
……え?」
ここまで言って言葉に詰まった。
エリシアが顔色を失い、涙目になっていたからだ。
「……どうか…されました……?」
「……ひとり…?」
「……はい、そう申し上げーーー」
「ひとりだと〜〜!!」
いきなり立ち上がり、机をドンッと叩くエリシア。
「か、か弱い乙女ひとりで、あのギャンブルの魔都に、い、行けと言うのか!」
「いや……、従者も護衛もいますし、厳密にはひとりではありませんが……」
「お前も来い」
「……え?……」
「お前もついて来い!」
ギッと睨む涙目のエリシアに、さすがのアルベルトもたじろいだ。
「いやぁそんな……、さすがに無茶ですよ。
リヒテンラーデ側の準備もあるでしょうし、ご迷惑が……」
「大丈夫だ!コレを見ろ!」
眼前に示されたのは招待状。
うんたらかんたらと王族特有の仰々しい言葉で書かれてはいるが、翻訳すると確かに『家族同伴可』と記載されている。
「どうだ、ぐうの音も出まい」
腕組みし仁王立ちするエリシアに、何そんな事でイキってるんですか、と送られる生暖かい視線。
「『家族同伴可』ならば、なおさら私はーー」
「もちろん大丈夫だ!」
「いやいや、そういうわけには……」
エリシアが、フッと笑う。
「堅物め……。いいか、私はリンの後見人だ」
「なぜそこにリンが出てくるんです……?」
「後見人と被後見人が共に旅をする。
体裁は整っているな」
「……いえ……旅で括れる話では……。
話聞いてます?」
「お前はリンの保護者だ。
保護者が被保護者と共に旅をする。
至極真っ当な、人の営みだ」
「いえ……コレ、ちゃんとしたオシゴトですよ」
「つまり、リンはどちらとも旅をする事ができる立場にある。
故にリンが望めば私もお前も共に旅をする事ができる。
どうだ、この完璧な理論武装は!」
「リンを中心に据えて語らねば成立しない事自体が理論の破綻ですが……」
そこに小さな足音が近づいてきた。
「お姉ちゃん、ホサ、お仕事終わった?」
ドアの隙間から、白銀の髪をした少女が顔を覗かせた。
名前はリン。見た目は7歳ほど。
「おお、リン!いいところに来たぞ!
どうだ、旅行に行きたくないか?」
「……旅行…?」
「そうだ、みんな揃ってリヒテンラーデに旅行だ。きっと楽しいぞ、どうだ?」
リンの瞳が見る見るうちに輝いていく。
逆にアルベルトは見る見るうちに脱力していく。
「ホサ!旅行行けるの?みんなで一緒に旅行行けるの?!」
瞳をキラキラさせて聞いてくるリンに、『ダメなんだよ、これはお仕事なんだ』なんて無粋な話を、アルベルトができるはずがなかった。
敗北宣言がため息となってもれた。
「……仕方ない、みんなで行きましょうか、リヒテンラーデ開国祭」
きゃあ〜〜っという歓声とともに、エリシアとリンが飛び上がらんばかりに喜んでいる。
周囲に畏敬の念とともに『人外』と称される執政官補佐も、自分が支える16歳の新米領主と、見た目7歳くらいの“神性“を帯びた伝承の少女には、とにかく甘かった。
古い口伝に従い、アルベルトたちはリンの“神性”を秘匿している。
祈らない。崇めない。跪かない。
ただの子供として手を取り、傍らにいる。
それが彼らにとって、当たり前のことだった。
彼らの住む独立都市テーゼという街は、そういう場所だった。
❖ ❖
ーーーシドの酒場ーーー
「……で結局、補佐さんとリンちゃんがリヒテンラーデにお供する事になったというわけかい」
エヴァがニヤニヤしながらミルクを差し出す。
その横でシドが相変わらず顔の筋肉をピクリとも動かさず腕組みしながらアルベルトを見ている。
「……そうなんだ……」
「大変だねぇ、女の子二人の保護者ってのは」
エヴァがカッカッカと高笑いをする。
「まあいい、早めに切り上げて帰ってくるさ」
「な〜んだ、それじゃ向こうでバッタリなんて事は期待できないかぁ。アタシらじゃあ、招待客の宿泊場所にゃ近づけないしね」
「えっ?君らも開国祭に行くのかい?」
エヴァがにこやかな笑みを浮かべ、シドが無表情のまま頷いた。
「毎年行ってるよ。賭場がたくさん立つだろ。アタシらの『稼ぎ時』だよ」
「やりすぎるなよ、あまり目立つのはよくない」
「心得てるよ。広く浅くがコツさ。
気持ちよ〜く遊んでいただいて、気持ちよ〜く負けていただく。酒場と同じだよ」
エヴァがニコニコ顔で答える。
その邪気を全く感じさせない笑顔が、またとてつもなくコワく見えた。




