第17話 情報を狩る者
アルベルトの宣言に場がざわめく。
「……92……点?」
ギースが、問いとも呻きとも取れるような声を漏らした。
刹那の空白。
ギースがハッと我に返り、自分の集めたカードを広げた。
(……しまった!甘く見てた……!)
ペア札を凝視する。
揺れ動く眼差しが場のカードに移る。
(……神経衰弱なんて取るに足らんアソビだと!
どんなルール突っつけても、所詮は子供でもできる数合わせだと!)
場に眠るカードを並べる。
(めくって揃える……!ただそれだけだと!)
自分の獲得札と場に晒された12枚を見る。
自分が持つ札と場に晒された札。
エースから9まで、1枚の漏れもなく並ぶ。
9種18組36枚――合計90!
(これだけ揃えて……、これだけ積み上げて……)
アルベルトの前のペア札を見る。
自分の半分にも満たない、4種8組16枚。
合計92点。
(……ヤツに届かない……)
ギースが崩れるようにイスに落ちた。
俯き、わなわなと震え、ギリギリと歯軋りさえ漏れ聞こえる。
「……アンタ」
ギースの低い声。
「はい」
アルベルトの淡々とした声。
「……あのルールを見たのは……あん時が初めて……なんだよな……」
その絞り出すような声にも、アルベルトの口調は変わらない。
「はいそうです」
「……じゃあ、あん時初めて見て……たった3分の間に……この勝ち筋を……考え出したっていうのか……」
「はいそうです」
ガタンッ!
ギースがイスから立ち上がった。
「バカ言うな!さ、3分!たった3分だぞ!
たったそれだけの時間で、このゲームバラッバラにして、勝ち筋考えて、そんで組み上げたってのか!」
顔を真っ赤にして怒鳴る
しかしその語気には、戸惑いと疑問が溢れていた。
アルベルトが、トンッと自分のペア札の山をまた叩いた。
「このゲームのゴールは明確でした。
ペアの合計得点が多い方が勝ち。
カード52枚の総得点は182。
ならばその過半を最短で抑えればいい。
10から13までの合計は92。
これを集めるのが一番効率的です」
「……いやいや!そこまで考えたとして、なぜアレだけ10から13までを一気に集められた?!
まるでどこにあるか、わかってたみてえじゃーー」
「わかっていましたよ。ハイカードがどこに眠っているか」
アルベルトがずっと淡々と答えている。
ギースは、その態度に怖気すら感じ始めていた。
「あなたは最初から、ペア札を作るためにカードを開き続けていました。
私は違います。ハイカードの所在を知る事だけに徹していました」
「……なんだと」
「私はあなたの『2枚目』を意識的に見に行きました。お気づきでしたか?」
「俺の……『2枚目』……?」
アルベルトが一枚の札を指した。
「仮に今があなたのターンとします。
これがあなたの1枚目です。互いに数字を知っています」
次に、その隣の札へ指を移す。
「そしてこちらが、あなたしか知らなかった2枚目です。私は次の手番で、まずこれを開きました」
そしてまた、その隣の札を指さす。
「私の2枚目です。私だけが知り、あなたにはわからないカードです」
これらの札を指しながら続ける。
「このターンであなたが得られる新情報はありません。しかし私は、あなたの『2枚目』と自分の2枚目のふたつの情報を手に入れる事ができます」
ギースの身体がビクリと震えた。
「……な、なんだって……」
「もちろん、記憶違いを装ってあなたにカードを『献上』したり、敢えて1枚目のカードをめくったり、そういうノイズを混ぜてカムフラージュはしていました。
ああ、あなたが自分でハイカードを掘り当ててくれた事もありましたね」
身体の震え。
彼自身、それが少しずつ大きくなってくるのを感じざるを得なかった。
(……あのミスは……記憶違いじゃなかった…?
わざと行動に混ぜ込んで……自分を未熟な素人と……思い込ませた…?)
アルベルトがまた自分のペア札を掴む。
「あなたがひたすらペア札を狩っている間、私はずっとあなたから情報を搾取していたんです」
アルベルトの淡々とした声は、ギースの鼓膜に直接響くようだった。
(情報を……搾取……?)
自分が有利だと思い込んでいた時間が、全部、相手の都合のいいように使われていた。
その事実が、怒りよりも先に、深い吐き気のようなものを引き起こした。
アルベルトが、自分の前にカードを立てた。
「そして、最後のピースが埋まった」
カードを開く。
4種8組16枚のカード。
それが鮮やかな扇形を形づくり、ギースの前に示された。
「一気に全てを狩り尽くしました」
ギースは、その扇をまともに見ることができなかった。
それがあまりに眩しく映り、見てはいけないもののように、目を逸らさざるを得なかったのだ。
だが……、まだ……
これには”紛れ”がある……
「……だがよ」
ガタンッ!
ギースがまた怒号を上げて問うてきた。
「だが……、俺が途中でハイカードのペア札作っちまったらどうする!
テメエの計画もそこでオジャンだったんじゃねえか!」
ハアハアと肩で息をするギース。
刹那の時、アルベルトは彼を見つめ、顔色ひとつ変えずに、自分の扇から12のペアを抜いた。
「そうですね、一例として仮にあなたが12のペアを取ってしまった場合―――失礼、少しお借りします」
ギースの前に広がる1から9までの36枚に、スッと手を伸ばした。
5のペア、7のペアを取り、自陣の扇の末席に置く。
「こうします。
9組18枚。合計は92。変わりません」
ギースが、アルベルトの扇を見つめる。
ただただ―――見つめる。
そして……また崩れるようにイスに落ちた。
テーブルに突っ伏すギースに、アルベルトがまた淡々とした口調で声をかけた。
「よろしいですか?」
ギースから声は出ない。
東陣営からも何の反応もない。
仮面の審判がそれを暫し睨み、そして右手を高々と上げた。
カインが叫んだ。
「この勝負、南陣営の勝利と決しました!!
以上で終了です!!」
アルベルトは静まり返った空間の中で、宿で待つリンの顔を思い浮かべた。
(まだ一回勝っただけだ。素描画を手にするまで、約束を果たしたことにはならない)
自分にそう言い聞かせ、席を立った。




