第9話 焦土の進撃
地上は燃えていたという言葉では足りないほどで、村の外縁から要塞の正門にかけて空気そのものが焼けており、黒い煙が地面を這い、赤い火の筋があちこちで跳ねていた。木造の柵は崩れ、井戸は砕け、畑は踏み潰されて泥になったその上に硝煙が降り注ぐなか、そこへ人が走り、銃声が走り、金属が鳴り響いて血が落ちるという、そのすべてがひどく現実的だった。
ルーティアは要塞の外壁の手前で立ち止まったが、あまりの眩しさに逆に涙が出そうになるほどで、エルフの趣味をそのまま形にしたような、滑らかで隙のない防壁という名の誇りである白い巨大な壁は美しかった。だが、その表面にはすでに無数のひびが走っており、火薬や散弾、爆薬といった人間の泥臭い手順が、神の顔とも言えるその壁に傷を入れているのである。
「見ろ」
バルドがスパナで壁を指した。
「綺麗に見えるのは、まだ壊れてないからだ」
その老ドワーフの声は乾いていたものの足取りは速く、彼の背後では古いエンジン音を響かせ、砲塔の縁に油汚れを浮かべたレジスタンスの装甲車が唸っていた。車体には即席の鉄板を溶接して泥の上を無理やり走るようにしてあるその姿からは、人間の工業が豪華ではないものの、泥を噛みながら進むしぶとさがあることを示していた。
カイエンは先頭に立ってアサルトライフルを肩に掛け、顎を上げて周囲へ指示を飛ばしていた。
「一班、右に回れ。二班、壁の基部を叩け。ミリー、爆薬の導線を切るな」
「切るわけないでしょ」
ミリーが笑いながら走るその後ろ姿は、髪を後ろで束ねて肩に火薬袋を揺らし、片手で信管を確認している様子が若く軽そうに見えたが、その軽さは無謀ではなく恐怖を笑いで包んでいるだけだった。そういう者ほど戦場では強いものであると証明するように、ルーティアは彼らの動きを見つめていた。
彼らの動きは整っていて、魔法ではなくもっと地味で、もっと遅いものの確実であり、撃ち、崩し、退き、再配置するという一連の流れのなかで、人間たちは相手の美しさを壊すために自分たちの汚さを武器にしていた。そこには泥と油と爆薬による合理性の暴力があり、エルフの持つ華美さがないからこそ、かえって怖さを引き立てていた。
「行くぞ」
カイエンが言ったそのひと言で、古代兵器を改修したものである超伝導魔導キャノンを載せた装甲車の砲塔が回った。砲身の表面に走る刻印が青く光り、電磁の唸りとともに圧縮された魔力が弾体ではなく「押しつぶす力」として放たれると、砲口が火を噴いた瞬間、壁の一部がまるで紙のように砕け散った。
轟音が響き渡って石片が飛び散り、壁の上で警報が鳴り響くなかで、すぐにエルフからの反撃として爆炎の矢が雨のように降り注いできた。美しい軌跡を描きながら焼夷弾が人間たちへ落ちてくるものの、人間はそれを盾で受けようとはせず、受ける前に動いて散開し、足を止めないことで、動いている者ほど焼かれにくいという戦場の鉄則を実践していた。
「伏せろ!」
ミリーが叫びながら爆薬をひとつ投げ、壁の基部へ滑り込ませて導線を引いたが、敵の射線の下でも彼女は笑っていた。笑うしかないから笑っているのではない、笑いながらやることで恐怖を切り分けているのだということを、ルーティアはその横で初めて本気で戦場を見つめながら理解していた。
一人の人間兵が盾を構えたエルフ重装兵に向かって走り、矢が飛んでくるなかで兵は盾の裏に隠れた足を撃ち抜くことでエルフの体勢を崩させた。そこへ別の兵が徹甲弾を撃ち込んで盾を割り、鎧を裂くと、さらに二人目が背後へ回り込んで首元へ刃を突き立てるという、派手ではないもののひどく実戦的な工程がそこにはあった。
ルーティアは、村を焼いたあの美しい炎とはまるで違う光景に息を呑んだが、ここには勝つための工程や相手を壊すための順番が存在していた。壊す前に動きを奪い、視界を切り、足を落とし、最後に止めるというやり方は冷たかったが、冷たいからこそ確実に命を守れるのである。
「ルーティア!」
カイエンの声で我に返る。
「前、見るな」
「え?」
「見るべきは、壁だ」
その指示に従うと目の前で壁の一部が崩壊し、要塞の下部にある基礎の一角が赤く光るなか、そこへミリーが最後の爆薬を貼りつけていた。
「今!」
彼女が駆け戻る。
「下がって!」
次の瞬間、基部が爆ぜて地面が跳ね、壁の美しい白がただの瓦礫へと変わった。それは誰かが長年守ってきた誇りが火薬ひとつで崩れる瞬間であり、何百人もの人間を見下してきた高い壁が泥と石へ戻る瞬間でもあったため、ルーティアはその崩落を見つめながら、なぜか少しだけ息が楽になるのを感じていた。
だが、そこで終わりではなく、煙の向こうから戦場には不釣り合いなほど楽しげで高い細い笑い声が聞こえてきた。エルフの青年が煙を割って歩いてくる姿は、白い外套こそ黒く汚れていなかったものの、その瞳だけが完全に壊れていた。
その上品な顔立ちや整った髪、貴族の輪郭とは裏腹に、目の奥には戦闘の熱に焼かれた飢えた獣がおり、以前の高潔さは削れ、今は別のものが滲んでいるその男を、ルーティアは初めてルキウスという名であると直感した。彼はエルフの中でも異物であり、笑っているのに冷たく、礼儀正しいのに獲物を見る目をしており、その手に握られた細身の剣の切っ先は、魔法ではなく魔力で自身を過熱させる類の強化による肉体の速度を感じさせた。
「こんなに早く会えるとは」
ルキウスは、カイエンを見た。
「君が、あの弾丸の男か」
「下がれ」
カイエンは即答する。
「お前の相手は俺だ」
「そういうのは、死ぬ覚悟がある者が言うものだ」
ルキウスは剣を肩に担ぎ、軽く首を回した。
「僕は、ある」
その瞬間、彼の身体が跳ねるように動き、ルーティアが見えないほどの速さで気づく前には、すでに装甲車の脇へ回り込んだルキウスが剣を振るって鋼板を斜めに引き裂いていた。ミリーが悲鳴を上げて飛び退き、カイエンがすかさず銃を撃ったものの、ルキウスはそれを避けるのではなく受けて流したため、弾丸が外套を裂いて頬をかすめ、そこから細く血が流れ出た。
その血を見て彼は低く熱っぽく笑ったが、その一言でルーティアの背筋が冷えたのは、この男が死を恐れていないのではなく、恐れつつもその恐れを欲しているからだった。死のリスクがあるからこそ生が本物になるという、そんな奇妙な渇きが彼の中には確かに存在していた。
「いい」
低く、熱っぽい。
「ようやく痛い」
「ルーティア、後ろ!」
カイエンが叫んだ声にルーティアが振り向くと、別のエルフ兵がすでに接近していたが、彼女の胸の奥では黄金の圧がまだ脈打っていたため、手を差し出して押し返した。兵の体が宙を泳いで泥に叩きつけられるところへミリーの狙い澄ました弾が続き、膝、肩、喉と狙う場所が決まっているその様子を見て、ルキウスは愉快そうに目を細めた。
ルキウスの視線がルーティアへ刺さり、人形ではなく壊れ方が違うと告げられた言葉に彼女が一瞬だけ反応した瞬間、壊れ方と言われることへの嫌悪感と同時に、胸の奥でカチンともう一段深い場所のロックが軋みながら外れかけた。ルキウスはその音を感じ取ったのか、口元をわずかに歪めて嬉しそうに呟いた。
「やはり君は違う」
彼の視線が、ルーティアへ刺さる。
「人形ではない。壊れ方が違う」
「聞こえた」
彼は嬉しそうだった。
「今の音、聞こえた」
カイエンが彼の視線を遮る。
「こっちだ」
「そうか」
ルキウスは剣を構え直した。
「なら、君から壊そう」
戦場が一段と深く沈み込むなか、エルフ兵の増援が突っ込み、人間兵の射線が交差してゴーレムたちが火かき棒とナイフを振るうことで、周囲は煙、火、泥、血、瓦礫に包まれていった。ルーティアはその中心で、ルキウスとカイエンの間に割って入ることになるものの、この戦いがただの前哨戦では終わらないこと、そしてカイエンの腹部が黒い雷に裂かれる瞬間がすぐそこまで来ていることを、彼女はまだ知る由もなかった。
カイエンが前線で下がるなと叫んで壁に沿うよう指示を出すと、人間たちは装甲車の側面を盾にし、散弾を撃ちながら距離を取るように動いた。だが、ルキウスはそんな隊列の呼吸を嫌うかのようにあえてその中へ飛び込み、剣の一閃で砲塔の照準軸を折り、もう一閃でタイヤの一本を裂き、三閃目で装甲車の外板に細い亀裂を走らせた。
「下がるな! 壁に沿え!」
「速い……」
ミリーが目を見開く。
「速いだけだ」
カイエンが撃ち返した徹甲弾がルキウスの脇をかすめたが、彼は避けるどころかわざと頬を切らせて血を流し、その血を指先で拭って舌先で味わうような顔をしながら楽しそうに笑っていた。それを狂っていると言えば簡単だったが、ルーティアはその狂気がただの破綻ではなく、むしろ退屈に壊されかけてそこから自分で一段壊れた者の顔であり、生きるためではなく死ぬ可能性を味わうために戦っているのだと気づいていた。
そんな眼をルーティアはまだ信じられなかったものの、だからこそ目を離すことができないなか、ルキウスが地面を蹴るたびに空気が薄く鳴るほどの速さで突然こちらへ向かって突進してきた。ルーティアは反射的に黄金の圧をぶつけたものの、ルキウスはそれを受ける前に斜めへ抜けていき、外套の端を光らせながらその剣の切っ先を再びカイエンへと戻していった。
「隊長!」
ミリーが短く叫んだ瞬間、カイエンは一歩踏み込んでルキウスの剣を銃身で受け止めたが、金属がぶつかる硬い音とともに火花が散るその距離はあまりに近すぎ、ルキウスの目が笑っているのとは対照的に、カイエンの目は笑っていないものの決して引いてはいなかった。
カイエンがお前は何を求めているのかと低い声で問いかけると、ルキウスは即座に死だと答え、さらに正確には本物の死の匂いだと続けたため、カイエンは眉をわずかに動かして変態かと吐き捨てたが、ルキウスはそれを褒め言葉として受け取ると不敵に笑った。
カイエンが間髪入れずに放った銃撃をルキウスが剣で逸らすと、逸らされた弾丸は背後にいたエルフ兵の鎧を貫いて倒れ伏せさせたものの、ルキウスはそちらを見ようともせず、ただ命が揺らぐ瞬間にしか視線を与えないと言わんばかりに、目の前の命だけに強い関心を向けていた。
「お前、何を求めてる」
カイエンが問う。
「死だ」
ルキウスは即答した。
「正確には、本物の死の匂いだ」
「変態か」
「褒め言葉として受け取る」
その瞬間、ルーティアの胸の奥でカチンともうひとつ深すぎる音が鳴り響き、彼女は思わず膝をつきかけたものの、ここで自分が倒れたら誰かが死ぬと直感して踏みとどまり、周囲に広がった黄金の圧が足元の泥を強く押し固めていった。
カイエンにこっちを見るな、前を見ろと叫ばれた彼女がその声に押されるようにして視線を上げると、正面では二人組のエルフ兵が槍を構えており、背後ではミリーが火薬の導線を抱えて今にも走り出そうとしていた。左には負傷した人間兵、右にはまだ従属紋の余韻が消えないゴーレムがいたが、誰も完全ではなく無傷でもないからこそ、必死にその足で立っているのである。
そうして立っている者が戦うのだという、単純でありながら重い事実が急に胸へ刺さった瞬間、ルーティアは前へ出て槍の先端を黄金の圧で激しく押し返し、一本の槍を折りながら二本目をエルフの腕ごとねじ伏せていった。その隙にミリーが投げた爆薬が足元で炸裂してエルフ兵が転ぶと、カイエンがすかさず銃床でその顎を砕き、泥と血が混じり合って火薬の匂いが濃くなるなかで、ルキウスはなおも不気味に笑っていた。
「ルーティア!」
「こっちを見るな、前を見ろ」
「でも」
「いいから見ろ」
「いい」
彼は低く言う。
「やはり、生きている顔だ」
「止めろ!」
カイエンが剣を払ったものの、ルキウスの動きはもはや人間の目では追いきれないほどで、その剣はただ虚しく空を切った。彼は装甲車の上へ跳び、そこから一気に地面へ滑り降りるように移動したが、ルーティアの視界が追おうとした瞬間にはもうそこに姿はなく、次には別の位置、死角、死角へと目まぐるしく回り込まれ、戦場がひどく狭くなっていくようだった。
カイエンは短く息を吐くと、あいつは俺が止めると低い声で告げ、お前は他を見ろと命令を下したが、その背中には少しだけの焦りが滲んでいた。カイエンはルキウスがどれだけ危険で戦闘狂であるかを十分に分かっていたものの、だからこそここで刺し違えてでも止める気であり、人間という生き物がそういう無茶をやるのだと、ルーティアは彼の背中を見て理解した。
「ルーティア」
「あいつは、俺が止める」
「でも」
「お前は、他を見ろ」
ルーティアがしっかりと頷いて別のエルフ兵へ拳を叩き込み、それを砕いたまさにその時、黒い雷が真横から激しく走り抜けた。視界が一瞬だけ白く染まり、次の瞬間には、激しい衝撃とともにカイエンの腹部が真横から無残に裂かれていた。




