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不遇少女の初期化設定(バグライフ) ─エルフの気まぐれで殺されたパン屋の助手が、なぜか世界のシステムを書き換えている件について─  作者: 出汁
第一部 辺境の箱庭編

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第11話 鋼の同盟

 地下基地は、戦争が始まる前にだけ漂う、妙に息苦しい静けさに包まれていた。配管の低い唸りと発電機の振動が床越しに伝わり、弾薬箱を積み直す木の軋みや、誰かが爪を噛む小さな音までもが、広い格納庫の空気の中でやけに大きく響いている。ルーティアは、その場にいる誰もが次に来る衝撃を知っているからこそ声を潜めているのだと理解しながら、鉄と油と汗が混じった重い空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。

 格納庫の中央で、カイエンはなおも銃口を下ろさなかった。先ほどまで敵として刃を交えていた相手に向けるにはあまりにも鋭い視線だったが、そこにあるのは単純な敵意ではなく、観察と判断と警戒が何重にも重なった、撃つ前の人間だけが持つ冷たい慎重さだった。ルーティアは、その眼差しの奥で自分が値踏みされているのを感じていたが、今はそれを不快だと切り捨てる余裕もなかった。


「答えろ」


 カイエンが言う。


「魔力がない。なのに、どうして動ける」

「……分かりません」


 ルーティアは正直に答えた。だが、その答えは彼を納得させるどころか、さらに警戒を深めさせただけだった。彼は撃たないのではなく、撃つより先に確かめるべきものがあると判断したように見え、ルーティアはその慎重さがいっそう厄介だと理解していた。


「お前、何だ」


 その問いは、胸の奥に鋭く刺さった。何だ、と言われるたびに自分の輪郭が削られていく気がする。村の娘ではないし、人間でもないし、ゴーレムだと呼ばれたことはあるが、それだけで片づけられる存在でもない。その曖昧さの底で、胸の奥に隠されている何かが、音もなく重さを増していた。

 その瞬間、通信機が短く高い音を立て、マキアの声が格納庫全体へ割り込んできた。


『見えている?』


 誰も返事をしない。だが、彼女は待たなかった。


『上層の索敵網がここを捕捉した。三分後に監視ドローンの群れが来る。五分後には本体の射線が通る。十秒でも遅れたら、全員焼ける』


 淡々とした口調だったが、告げられた内容は冷え切った刃そのものだった。


『だから、今から指示を出す。人間は人間の火力を使う。ゴーレムはゴーレムの停止を使う。無駄に撃つな。無駄に死ぬな』

「命令口調、嫌いじゃないな」

『褒めていないわ』

「知ってる」


 ミリーとマキアの短いやり取りの直後、外壁の上で金属が激しくぶつかる音が連続し、次の瞬間には天井のハッチを食い破った赤い球体が何体も降り注いできた。回転刃を持つ索敵ドローンの群れであり、薄い外殻を震わせながら、機械の眼が一斉に格納庫の内部を覗き込んでくる。戦場が、静寂の殻を脱ぎ捨てて一気に加速した。


「来るぞ!」


 カイエンの号令で、人間たちが即座に散開する。ミリーは爆薬箱を蹴り開け、バルドは端末を叩いて天井の一部を落とす準備を始め、マキアはすでにドローン群の回線へ手を伸ばしていた。彼女の声が冷たく響き、空中の最前列がわずかに揺らいだ瞬間、ルーティアはその隙を逃さずに前へ踏み込んだ。


『止まりなさい』


 命令が通った一瞬の静止に、カイエンの散弾が重なった。外殻が剥がれ、赤い眼が砕け、いくつもの機体が床へ落ちる。だが、数が多い。押し寄せる機械の群れは、止めた分だけ別の方向へ滑り込み、まるで見えない水流のように迂回してくるので、完全に封じることはできなかった。

 ルーティアは、その渦の中へ自分から飛び込んだ。怖くないわけではないし、むしろ怖かったが、立ち止まれば誰かが死ぬという感覚だけは、身体の奥に深く染みついている。ドローンの刃が喉を狙って突き出されるのを左へずらし、掌で軌道を逸らし、黄金の圧で外殻ごとねじ伏せると、そこへミリーの弾が追いつき、カイエンの追撃が頭部を砕き、バルドが落下した天井材を爆薬で粉砕した。言葉にする前に反応が噛み合うその戦い方は、見知らぬ相手同士が一瞬で同じ生き残り方を覚えたようで、妙に鮮やかだった。


「おい、その子、何なんだ」


 ミリーが叫ぶ。


「あとで聞け」


 カイエンが即答する。


「今は撃て」


 そのやり取りの横で、ゴーレムたちも動き始めていた。従属紋が凍ったままの者もいれば、まだ怯えて足がすくむ者もいたが、マキアが管理権限を流し込んだことで、首筋を通る青い光が命令ではなく選択へと変わる。逃げるな、撃て、止めろ、自分を守れ、その短い言葉が、ようやく彼ら自身の意思として受け取られていくのが見えた。

 ゴーレムの少女が震える手でナイフを握り直し、青年型の個体は古い工具を槍のように構えた。動きはまだぎこちないが、昨日よりは確かに前へ出ている。昨日よりは迷っていない。その変化が、ルーティアにはひどく眩しかった。


「これが管理者権限か」


 バルドが唸ると、通信の向こうでマキアが低く答えた。


『管理者というより、奪い返しただけよ』


 その言葉どおり、彼女の操作は容赦がない。サロンで学んだ反転の技術をそのまま地下へ流し込み、ドローンの索敵ルートをずらし、壁面ルーンを凍結させ、敵の通信を逆流させていく。侵入してきた機体は、自分の影に足を取られるように次々と墜落したが、数が減り始めたそのとき、より重い圧力が上層から降りてきた。

 ハッチが開き、重い靴音とともに魔導アーマーの部隊が姿を現す。白い鎧に金属の肩、整えられた槍、襲撃に特化した無駄のない編成は、見ただけで本隊だと分かるものだった。今度こそ殺しに来たのだと、格納庫にいる全員が理解していた。


「盾班、前へ。ミリー、導線を切るな。バルド、装甲車の砲座を回せ」

「了解」


 ミリーの返答には、もう笑みはなかった。戦場で浮かべる笑顔は今は要らないし、軽口で気分を誤魔化せる局面でもないからである。

 ルーティアは魔導アーマーの一体へ真っ直ぐ走り込み、振り下ろされた槍を腕で受けた。金属が軋み、火花が散り、衝撃で足元の床が鳴る。だが、押し切られない。黄金の圧が相手の姿勢を崩し、その隙へ人間の散弾が飛び、膝を撃ち、脚を崩し、体勢を落としたところへミリーの爆薬が貼りついた。爆ぜた外殻の裂け目から、熱と金属片が一斉に吹き上がる。


「やれる」


 誰かが叫ぶ。


「やれるぞ!」


 その声が地下に満ちた瞬間、ルーティアはなぜか泣きそうになった。泣きたいわけではないし、泣くにはまだ早いが、少なくとも今ここにいる者たちは、自分を壊れた人形として見ていない。完全にそう言い切れるわけではないにせよ、今は同じ戦場に立つ者として扱ってくれている。その事実が、胸の奥を熱く締めつけた。

 格納庫の一角から、小さな少女型ゴーレムが駆けてくる。彼女は震えながらルーティアのメイド服の裾を掴み、何かを確かめるように何度も息を飲んでから、ようやく口を開いた。


「その、変なことを言うみたいだけど」

「何ですか」

「隊長、こいつ……」


 少女はルーティアを見上げ、目を見開いたまま震える声で言った。


「魔力はゼロなのに、フレームの奥に、俺たちの教科書に載ってる『創造主の紋章』が刻まれてるよ!」


 その一言で、空気が止まった。カイエンが振り返り、ミリーの動きも止まり、バルドの手も端末の上で固まる。通信の向こうで、マキアの呼吸がわずかに乱れたのが、離れた場所にいてもはっきり分かった。


『……何ですって』


 初めて、彼女の声が揺れた。ルーティアは胸の奥を見下ろし、自分の内部フレームに沿って走る継ぎ目のどこかに、確かに見覚えのない古い紋章があることを感じ取っていた。錆びたような印。人間の伝承でしか聞いたことのない創造主という言葉が、まだ意味を持たないままそこに沈んでいる。


『その子を、今すぐ確保して』


 マキアの声は冷たくなっていた。


『絶対に、要塞側へ渡してはいけない』


 その直後、上層から白い光が落ちる。

 神の雷だった。

 再び格納庫の天井が砕け、白光が通路の一部を蒸発させる。熱と粉塵と砕けた石片が一気に吹き荒れ、空気が乾き切ったように感じられた。誰かの悲鳴が途中で切れ、ルーティアは反射的に頭を下げるが、肩口が焼けるように熱く、髪が焦げる匂いがした。それでも倒れない。今ここで倒れるわけにはいかなかった。


「分散!」


 カイエンが叫ぶ。腹の傷を押さえながらも前へ出て、血を流したまま命令を飛ばす姿は、先ほどの敵意よりもよほど強い意志に満ちていた。ミリーは火薬袋を投げ、バルドは砲座を回して天井の裂け目へ撃ち返し、ゴーレムたちはマキアの青い命令を受けて散開する。全員が自分の場所で、自分の限界を無理やり押し広げながら動いていた。


『落ち着いて』


 マキアの声は、さっきより低く、しかし確かな芯を持って響いた。


『通路を二本確保する。左は負傷者用。右は戦闘班。ルーティア、あなたは中央を抜けなさい』


 ルーティアは一瞬だけ戸惑った。中央は最も危険な場所だが、マキアは危険を理解したうえでそこを選ばせている。管理者の判断としてではなく、ここにいる全員を生かすための判断として、それが正しいと分かるから、逆らえなかった。ルーティアはカイエンへ視線を向け、彼が短く頷くのを見てから、ようやく前へ出る。


「行け」

「でも」

「今は守られる側じゃない」


 その言葉は嬉しくもあり、少しだけ寂しくもあった。何者でもない自分が、戦えると言われる。その曖昧さの中で立つしかないのだと、ルーティアはようやく受け入れ始めていた。

 中央へ飛び込んだ瞬間、残っていたドローン群が一斉に向かってくる。ミリーが先に散弾を撃ち込み、マキアが空間を凍らせ、ルーティアが圧で押し潰し、カイエンの銃弾がその隙間を刺す。ひとつずつ片づけるというより、最初から最後まで手順が回っているような滑らかさがあり、全員が完璧ではないのに、確かに噛み合っていた。

 そのとき、少女型ゴーレムが再びルーティアのそばへ来た。


「ねえ」


 怯えた声だった。


「あなた、本当に何なの」


 ルーティアはすぐには答えられなかった。だが、前ほど怖くはない。自分が何者かを知らなくても、今ここで何を望むかは言えるからだ。


「分かりません」


 そう答えてから、彼女はまっすぐ少女を見た。


「でも、みんなを守りたいです」


 少女は少しだけ目を見開き、その表情にルーティアは見覚えがあると気づいた。昨日までの自分だ。知らないことだらけで、でも誰かを助けたいと願っていた顔そのものだった。


「それで、十分ですか」


 少女は小さく頷く。


「……たぶん」


 その返事の直後、上の裂け目から別の兵が落ちてきた。重装の槍兵であり、白い鎧のまま無駄のない着地を決めると、膝をついた姿勢からすでに槍を構えている。狙いがマキアなのかルーティアなのか、それとも中央の誰かなのかは分からないが、分からないままでも死は来る。

 カイエンが瞬時に反応し、片足を引いて銃を上げ、視界を潰すように撃った。ミリーが横から爆薬を投げ、ルーティアが圧を押し込む。マキアは通信越しに一瞬だけ補助ルーンを書き換え、槍兵の動きを逆流させた。結果だけ見れば、そこには一つの連携が成立していたが、誰もそれを大仰に言葉へする余裕はない。ただ、生きるために勝手に噛み合っているだけだった。

 やがて白い光は止み、格納庫に残ったのは瓦礫と煙と焦げた匂いだけになった。だが、戦闘が終わったわけではないし、むしろこれからが本番なのだと、誰もが理解していた。小さな少女はなおもルーティアのフレームを見つめ、その視線の先にある紋章の意味を探しているようだった。


『その子を、絶対に離さないで』


 マキアの声は、今度は命令というより、切実なお願いに近かった。ルーティアは、その揺らぎを聞いて逆に不安になる。管理者の声が震えるということは、彼女が何かを知っていて、しかもそれをひどく恐れているということだからだ。

 カイエンは肩で息をしながら、階段の方を指した。


「中央格納庫のさらに奥へ。そこに修理室がある」

「修理室?」


 ルーティアが問うと、バルドが短く息を吐いた。


「お前の壊れ方を、もう一度見せてもらう」


 乱暴な言い方だったが、そこに嘘はなかった。ルーティアは頷き、瓦礫の隙間を抜けてさらに深い地下へと下りていく。背後で格納庫の壁面モニターが赤く点灯し、マキアの視界にだけ意味を持つ異常値のひとつとして浮かび上がった。

 そこに映っていたのは、擦り切れた古い文字列だった。


`REHABUAM`


 彼女は一瞬だけ足を止める。意味はまだ分からない。だが、ろくでもない過去の匂いだけは分かる。その気配を嗅いだまま、マキアは静かに告げた。


『急いで。もっと深いところに、何か眠っている』

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