「どうせ」の裏側に
チャイムが教室の静かな雰囲気をたたき割るように響いた。本日最後の授業が終わったのだ。さっきまで死んだような雰囲気をしていた教室が一気に活気づいた。なんてわかりやすいんだと私は自然と思ってしまった。各々帰宅や部活の用意を進めているようだった。私はささっと教科書をカバンに入れ,弁当箱をしまっている最中のこと,ドアの方から覗いている目に気づいた。マブダチのひなだ。
「帰るぞ!結都!(ゆと)」
そう言いながらあたかも自分のクラスであるかのようにずけずけと入ってきた。毎度お馴染みの光景に,私は小さめのため息をついた。
「一応ここ一組だぞ……。よくもまぁそんな堂々としてられるもんだ。帰るか。行くよ」
呆れた口調でそう言いながら,私はリュックを背負った。終始気だるげで,猫背気味な私と違って,ひなは終始気分上々といった様子だった。帰れるからなのか私をからかえるからなのか,真相は知りたくもない。ひなはわたしのことを冷やかすのが好きらしい。それに突っ込みを入れたりあえて乗っかってみたりするのが毎回の帰り道の流れだった。最もお互い信用し合っているからこそできることではあるのだが。昇降口に二人は並んで向かいながら,ひなは早速なにか話し始めた。周りの声も入り混じっているからか,大きな声で話していた。
「ねー結都~,最近現代文の小テストがあってさぁ……。私,三点っ。」
割り切っていいことでもないだろと思いながら聞いていた。その声には妙な爽快感があった。三点をとることはなにもすがすがしいことではないと思うが。
「何点中だ?」
「十点」
「半分も取ってないじゃん」
きっぱりと私は言った。声色はかなり冷ためで。ひなは爆笑している。なんて元気な奴だろう。
「ところで,そのテストって現代文の語彙のテストだろ?」
私は少し呆れながら聞いた。以前にひなから小テストがあること自体は聞いていたのだ。
「そうそれっ,マジでできなかった。あんな言葉どこで使うんだか……。」
少し皮肉交じりにひなは話した。昇降口で靴を履き,そのまま校門へ向かって歩いて行った。すぐ横をチャリが駆け抜けていく。
「うーん,でも語彙が多いほうのがカッコいいからじゃないか?」
面白交じりに私はそういった。
「どういうことよ,」
ひなは笑いながら言った。楽しそうである。私にはそう見えた。
「でも一応小テストなんだから,成績には響くだろ?半分ぐらいは取ったほうがいいとは思うな。」
私は落ち着いた口調でそう話す。校門を通り過ぎながら,ひなはちょっと困った顔をしている。
「えーだってさぁ……勉強してもまったく覚えらんないんだよー。結都とは頭の出来が違うのよ。……どうせ私は勉強には不向きなんですー。」
拗ねながらひなは言った。私は少しピクッっとしていた。ひなが言った「どうせ」という言葉が引っ掛かったのだ。しかし顔にも,声色にも出さず,私は間髪を入れることなく言った。
「ほう,なんだ,よくわかってるじゃん。」
「へ?」
私の反応が予想外だったからであろう,ひなの顔は固まっていた。普通「どうせ私は」という言葉を言えば,「そんなことないよ」と否定してくれるとでも思っていたのかもしれない。私はそんな様子のひなを気にすることなく話し出す。
「だって,どうせできないと言うってことは,何回か試した結果全部うまくいかないってことをわかってるってことだろ?自分のこと自分でよくわかってんじゃん。」
ひなはただポカンとしている。無理もない,普通の反応とは違いすぎているからだ。私はいつもと変わらない,あっさりとした口調で続ける。
「できないってことをわかってるということは,それなりに何か試した証拠だ。誇っていいぞ。」
ひなは思ってたフォローの仕方とはかなり違ったものの,結都の飄々としたフォローに,謎の安心感を得ているようだった。しかしひなは素直にそういうことを言葉にするタイプではない。大体上から目線だ。
「へぇ,なるほどね。結都にしては珍しく的を得たこと言うじゃん。」
「いつも的を射ているはずだ。どストライクだろ。あと的を射る,な」
私は少し勝ち誇った顔と声色で言った。するとひなは急に何かを思い出したかのようにニヤニヤしながらこう続ける。
「この前地面に落ちてたどんぐりのことドラゴンって堂々と言い間違えた奴がよく言うよね」
「うっ!……いやあれはほんとに単純に口が滑って……,おい聞いてんのか!笑いすぎだろ!」
私は痛いとこを突かれた。ひなは爆笑している,この後どんぐり論争は続き,私の立場はほぼなかった。穴があったら入りたかったが,帰り道に落とし穴があるわけなかった。
二つ目のエピソードです。普段つかう言葉の裏の「異世界」を,結都は見抜いていたようです。女子高生ながら,さすがですね。でも結都の暢気な哲学はまだまだ止まりません。のんびりながめてくれると大変うれしく思います。さて次回はどんな異世界を発見するのか,お楽しみに。




