田舎の海
「すごいなぁ~外国に留学か……。絶対行った方がいいぞこれ。結都は昔っからインドアだし,人と話すのが苦手だったしな。価値観絶対変わるぞ。」
父がソファーに座りながら言う。もう聞き慣れた話だ。そう思いながら私はテレビの画面を眺めている。口を開けば外出ろ,人と話せ……。なんで留学ばかりに固執するのかわからない。私なりに将来の生き方とかは考えているつもりなのに。父は昔から他人の意見を聞くということはあまりなく,私はよく父の機嫌を伺っていた。さらにどこか都合がよく,たまに苛々させられることがあった。私はそれに疲弊し始めていたのかもしれない。
(留学ねぇ……。やっぱ様々な経験を積む意味で行くべきなんだろうな。行きたいとはあまり思わないけど。)
心の中でそう思ってしまう私の顔は曇っていた。留学に限らず,もっといろんな場所に行って,人に会うことが大切。そんなことわかっている。私は誰にも気づかれないような,小さなため息をついた。
「結都ーっ!小麦(飼い犬)の散歩頼めるーっ?」
母の声が聞こえた。確かに今は十六時。小麦も散歩に行きたがる時間帯だ。
「わかったー。行くよー。小麦,おいでっ」
小麦は少し顔が曇っている私のことなどお構いなしに,無邪気に走ってくる。リードを付け,私は外に出た。小麦は玄関のドアが開いたと分かった瞬間,ただ前へ無理やり引っ張って行く。どちらが散歩されているのかよくわからない。田んぼ沿いの道を歩き,横断歩道を渡ったのち,私が勝手に「白い道」と呼んでいる,何の目的で作られたのか,いまだによくわからない道を歩いていた。その道は少し高く,いわゆる大きな抜け道のような感じがある,そんな道だった。少し風があり,背には夕日が光っている。私はいまだに父の言葉が引っ掛かっていた。少し足取りが重い,けど小麦は容赦なく引っ張っていく。
(正直,私は留学とかはしたいと思わない……。怖いし……。でも,このまま人との関わりが少なくなって,自分が落ちぶれてしまったら……。)
私はひたすら思考がぐるぐる回っていた。世界を知ること。それは生きる上で大切なことだ。世界を知れば,自分の世界が広がって,人の輪も広がることだろう。でも,私はどこか腑に落ちなかった。なぜか認めたくない自分もいた。嫉妬とよく似ていた。
暫く歩いていると,再び田んぼのある場所に出た。どこの田んぼにも水が張られていた。私は言葉を失っていた。その田んぼが一瞬「海」のように見えたからだった。
(田んぼって……こんなに,きれいだったっけ……。)
きらきらした田んぼは,風に揺られて波を立てていた。私にはそれは「海」に見えた。遠くから見ても水が透き通っているのがわかる。眩しいぐらいの夕日の光を波に揺らされながら映している。それぐらい,きれいだった。私はその田んぼを眺めながら考えた。
(……もしかしたら,わざわざ遠く未踏の地に行かなくたって……私の知らないものが……身近にはあふれているのかもしれない……。)
私は大きく深呼吸をした。小麦はお構いなしに引っ張っている。田んぼは変わらず輝いている。なにかの始まりを示すように。
ご覧いただきありがとうございます。「ポン太」というふざけた名前をしてますが,普通の人間です。さてこのお話は,日ごろ感じるであろう不安,葛藤,悩み,などなどを,小柄でちょこっと皮肉,そして優しく少し自分よがりな女子高生,「結都」の暢気かつ適当であっさりした哲学を持って,優しくひっくり返していく一話完結の短編集です。時系列は意識せずお読みいただけるといいと思います。飲み物片手に結都と一緒に少しアイスブレイクしてみませんか。なにかが軽くなるかもしれません。
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