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鉄火、錆を削ぐ  作者: 津山 みかり
第二部
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40/42

40.カツと麺のマリアージュ

前回のあらすじ――


対局に敗れたものの竹原一平たけはらいっぺいは「化け物」と称され、指し筋の衰えを感じさせない強さだった。それでいて、さっぱりと敗北を笑い何か憑き物が落ちたような清々しさを放っていた。

 倉敷駅から山陽本線の上り列車に乗り、岡山駅まで向かう。休みの日であまり通勤客はいないが、座席に座る余裕はなかった。

「竹原さん、大丈夫ですか?」

「十分、十五分くらいじゃ。大丈夫やけえ、気にしなや」

 吊革につかまり列車は東へと向かう。中庄、庭瀬、北長瀬、岡山へと続いていく。車窓には暗闇が流れていた。

「ラーメンって何か岡山ラーメンみたいなのあるんですか?」

「いや、とんかつラーメンにしようと思う。腹が減ってのぉ、かかか」

 とんかつラーメン?なんだそれ。とんかつとラーメン?想像がつかないわけではないが、それはうまいのか?

「とんかつラーメンって……まんま、とんかつとラーメンですか?」

「おお、ラーメンにカツがのっててなあ、脂っこいのがまたええんじゃ」

 庭瀬駅の手前でちょうど席が二人分空いたのを見計らい、着座する。自動放送のアナウンスが北長瀬に停車することを告げていく。

 俺はそのとんかつラーメンを想像する。竹原さんの言葉をそのまま頭の中で描く。とんかつがラーメンに鎮座している絵面しか思い浮かばない。いや、確かに竹原さんはラーメンにカツがのっているということを言った。果たしてどのような姿なのか?

「本日もJR西日本をご利用いただき誠にありがとうございます。間もなく、岡山駅。岡山駅です。お乗り換えのご案内をいたします――」

 アナウンスが岡山駅に到着することを教えてくれた。いかん。竹原さんとあの青年の激闘を思い返すどころか、とんかつラーメンに頭を支配されている。

 列車は程なくして岡山駅に到着した。竹原さんは迷うことなく中央改札を出て右手に進む。

 エスカレーターを下りて駅の規模にしては小さなロータリーを横目に進んでいく。俺もそれについて行くが、繁華街とは明らかに逆方向である。

「こっちのほうにあるんですか? 住宅地っぽい気がするんですけど」

「おお、こっちじゃ。反対側の西川沿いなんかが飲み屋街で、ラーメン屋もあるけどちょっと高いし酔っ払いも多いけえのぉ。こっちのほうが人も少ないけぇ、サッと食ってサッと帰れる」

 そう言って竹原さんは駅から十分もたたない程の距離のラーメン屋に入る。

 のぼりには確かに「とんかつラーメン」とある。果たして。

「ここじゃ、ここじゃ」

 店内はそこそこ混んでいたが、テーブル席が空いており、すぐに案内された。

「ほれ、メニューじゃ」

 竹原さんはメニュー表に目をくれることはない。熊野さんも似たような感じだったが、竹原さんはメニューからちゃんと選ばせてくれる。

 俺はお冷やを二つ入れて一つを竹原さんに渡す。

「ホントにラーメンにとんかつがのってる……」

 メニュー表にはでかでかとイチオシ!とんかつラーメン!と記載されている。

 もうこうなればそれ以外選ぶものはないだろう。トッピングには煮卵やチャーシューなど、鉄板のラインナップだが、このとんかつだけで十分だ。

「俺、とんかつラーメンにしときます」

「ん。わかった、俺も同じじゃ」

「ビール飲みます?」

「おお、じゃあ一本だけ頼もうかのぉ」

「オッケーです」

 モバイルオーダーでメニューから選ぶ。とんかつラーメン二つ。瓶ビール一本とグラス二つ。

 ラーメンが来るよりも瓶ビールとグラスが先に手元にきた。既に栓は開けられており、俺は竹原さんが持つ空のグラスに黄金色の液体を注ぐ。そして、手酌で自分のグラスにも注いだ。泡が表面張力で限界の位置だ。冬場でもこのビールは冷たいのどごしがいい。

「よし、じゃあ俺の敗北記念に乾杯じゃ」

「敗北記念ですか、では」

 泡が溢れるか溢れないかのコップをコツンと軽く合わせる。店内の熱気と相まってビールが喉を降りるときの苦みと発泡感がたまらなく心地良い。

 ラーメンがくるまでの間、俺は竹原さんから今日の倉敷での対局について聞いていた。

 やはり、竹原さんにとって小池重明こいけじゅうめいという真剣師が越えられない壁として立ちふさがったらしい。それが偶然ではあるが新宿の殺し屋を再現した相手だと気づき、奮い立っていたが一歩及ばずだった。

 竹原さんは負けたにも関わらず対局が終わってから終始ご機嫌だ。

「負けたけど、俺の中で一つのケジメがつけれたんかもしれんなあ」

「ケジメ、ですか」

「うん。なんやかんや言って、一度は指してみたいと思った相手やけぇ、それが今日かなって俺は心底楽しかった」

 ビールを口に含みながら負けた対局の棋譜を晴々と見ていた。小さなノートには今日の日付で黒い丸が書き込まれる。


 程なくして例のラーメンがやってきた。

 茶色い机の上に、茶色い醤油ラーメン、更にその上には茶色いとんかつがのっている。緑色のネギがわずかに脂の上を漂っている。

 まさしく嘘偽りなきとんかつラーメンだ。こんなド直球な暴力的なラーメンは初めて見た。

「これが、とんかつラーメン……マジでこんな食いもんあるんですね」

「おお。これが疲れた身体に染みるんじゃ。いただきます」

 コップを置いて割り箸をくわえながら竹原さんはとんかつにかぶりつく。

「いただきます」

 俺も同じように、とんかつにかじりついた。

 かじりついた瞬間、かつの衣に染み込んでいた醤油ラーメンのスープがじんわりと口に溢れ出す。

 衣から流れ出るスープは一度衣と結びついて、何とも脂っこい汁となっているが、空腹にはガツンとくる重たさであり旨さだ。

「これは、いけますね。ビールとも……あう」

「おお、気に入ったか。このたまに食うのがええんじゃ。毎日食うたら胃もたれでえれえことになるけぇのぉ、かかか」

 竹原さんの普段作る料理は素材本来の味を活かしているものが多く、ある意味このガツンとくる味とは反対だ。しかし、これはこれでありだ。

 俺と竹原さんは見事にスープまで飲み干し、丼を勢いよく空にしたのだった。

 もちろん、翌日胃もたれになったことは言うまでもない。

岡山駅の在来改札を東口を出ると繁華街に出ます。西口に向かうと奉還町商店街があります。たしかこの付近にとんかつラーメンを提供してくれる店舗があったと記憶しています。なかなか重たい一品ですが、おなかが減っているときにはガツンときます。若者におすすめです。


※懐かしく思い、調べてみるとどうも先日奉還町商店街で火災があったようです。幸いけが人などはいなかったようですが、みなさんも気を付けてください。

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