39.真剣(その3)
前回のあらすじ――
倉敷将棋センターの一角で「新宿の殺し屋」小池重明のコピーをAIで洗練させた青年と、かつて中国地方アマ最強だった「瀬戸の牛若」竹原一平との戦い。
現代に蘇った殺し屋と、老いてなお鋭い牛若丸の真剣勝負。歴史の片隅にすら記憶されない物語。
果たして勝敗の行方は。
花瓶に活けられていた真っ赤な椿がぽとりと落ちる。
「参りました」
そう言ったのは竹原さんだった。静かに頭を垂れる。
「いやあ、負けた、負けた。完敗じゃ」
時間にして一時間と少し。盤上の攻防を俺はずっと隣で見ていたが、決着の後、竹原さんはいつものように「かかか」と笑っていた。憑き物が落ちるように。
一方で勝ったはずの青年が負けたような表情でゲッソリとしていた。そこから周囲の老人たちが一斉に感想戦に乗り出す。状況をあまり理解できていない俺にオーナーが耳打ちしてくれた。
「こんな一局は地方のさびれた将棋センターじゃなかなか見られまあよ」
「そうなんですか?」
俺はピンと来ていないが、竹原さん自身もかつてプロを目指した凄腕で「瀬戸の牛若」とまで異名をとったほどだ。
「そうじゃ。将棋は歳をとれば普通は弱くなるけど、竹さんは衰えとらんのじゃ。俺も最近は竹さんも弱くなったなあ。と思ったけど、ありゃあ……演技じゃね」
「将棋もやっぱり歳をとると衰えるんですね」
「衰えるも衰える。俺は将棋を脳の格闘技と思うとるけえの。集中力、体力ともに加齢すれば落ちる。でも、この一局を見て震えたわ」
あまりにも鮮やかな幕切れであった。竹原さんは手元に置いてあったペットボトルに口をつける。すでに中身がカラであることを思い出し、キャップをしめる。
「お兄さん、ありがとうな」
「いえ……こちらこそ、ありがとうございました」
膝をパシッとたたき、竹原さんは立ち上がる。
「勝ちゃん、ぼちぼち帰ろうかの。トイレ行くけえ、ちょっと待っててな」
「はい、わかりました」
戦いに勝利した青年は天井を眺めていた。こちらは壮絶な戦いを終えた表情で、額からは一筋の汗が伝っていき、パイプ椅子に座ったまま茫然としている。
「あの、やっぱりさっきのおじいさん、強かったんですか?」
素人まるだしで俺は聞いてみる。実際に俺はこの攻防を見ても勝った。負けた。くらいの結果しかわからない。ただ、極めてひりついた戦いであったことはこの青年の憔悴しきった顔を見ればわかる。
俺の声にハッとしながらも、青年は自前のマグボトルの水を飲み、一息ついた。
「強いなんてもんじゃないですよ。一種の化け物ですよ、さっきのおじいさん」
強いなんてものじゃない。その一言が竹原さんの実力を示していた。
化け物。その一言に集約されるのが竹原さんのすごみなのだろう。
かつて「瀬戸の牛若」と呼ばれた竹原さん。彼は自分のことを多くは語ろうとしない。触れられたくない過去は誰にでもある。しかし、その将棋に賭けていた情熱と誇り、そして強さは紛れもなく本物だ。
「おお、勝ちゃん。お待たせ、じゃあ帰るか」
「ええ、帰りましょう」
将棋センターを出て、雑居ビルの階段を下りる。外はすでに日が沈み、西の空には強く輝く星が見えた。
「ほんとに寒くなりましたよね」
「そうやなあ、寒なったけえ、岡山でラーメンでも食って帰るか」
「お、ラーメンいいですね」
俺はジャンパーの襟をたてる。倉敷駅へと歩く。ポケットに手を突っ込み、暗くなっていく空を北に向かう。
椿と山茶花が似ており、このお話を書くときに「え~と、ぽとって落ちるのは……ああ、椿か。椿三十郎だ」と思い出していました。でも、調べてみると寒椿は山茶花のように花びらが一枚ずつ散るようです。うーん。難しい 笑
※ブックマークありがとうございます。初めてなのでとても嬉しいです。これを励みに残りも頑張っていきます。
そして先日、JR西日本✕BS12の公募企画「じゆうに大賞」一次選考の結果発表があり、めでたく残っていたようです。ありがとうございます。初応募で一次選考に残ったので非常にびっくりしています。勝手にお祝いとして、いちご大福を食べました。




