36.刃物が繋ぐ縁(後編)
前回のあらすじ――
過去を振り返りながら、本焼きの和包丁を手に女性を待っていた福山。
その刃の輝きは自分が研いだとは思えぬほど鋭利で美しかった。
それと同時に次も同じ結果を得られることはできないと考えていた。
引き取りに来た女性が支払いを済ませたときに現れたのは世羅弘子。
そして世羅とその包丁を引き取りにきた女性、三次恵美はいとこだったのである。
熊野さんが奥さんに「いつもの頼む」とだけ声をかけて出てきたのは個包装タイプのチョコレートが積まれた竹のカゴだった。
「ほぉ、不思議な縁もあったもんじゃなあ」
熊野さん、世羅さん、三次さん、俺の四人は狭い居間のちゃぶ台で顔を突き合わせていた。
聞けば二人の亡くなった祖父は違う人物で竹原さんの恩人は世羅さんの父方の祖父で医師。そして、三次さんの祖父は母方の祖父で倉敷市の旅館で料理人だったそうだ。
別に難しい話や深刻な話ではない。ただの世間話であるが。
「でも、福山さんの手つきは勉強になりました」
缶のカフェオレに口をつけながら、三次さんは真面目に言う。練習用のステンレス包丁を少し研いで見せただけだが、この熱の上げようである。
「いや、俺なんてまだまだですよ」
謙遜しつつも、内心ではホッとしていた。今までにも何丁も研いできていたわけだが、本焼きなんて初めてだったし、折ったり刃が欠けてしまっては弁償モノだ。今の財布は辛うじて生活できるレベルには貯金できてはいるが、弁償となると安物ではないから俺の経済状況はまたたく間に逼迫していたところだ。
「福山君は技術があったけん、あれも研げたんじゃろう。ワシはもう多分研げんわ」
それこそ熊野さんのほうが謙遜している。いくら視力や身体が衰えたと言っても、熟練の職工と言って差し支えないだろう。
「福山さん。来年春のグルメ祭り、出張包丁研ぎもしちゃいましょうよ。熊野さんもご一緒に、ぜひ」
「勘弁してくださいよ」
笑いながら俺は否定する。前回はたまたまうまくいっただけだ。次があるとしても竹原さんの一存だし、うまくいく保証も何もない。一方で包丁研ぎの出張と言う点はアリかもしれない。
「福山君はともかくワシはダメじゃ。どうもああいう場は疲れるけん」
今日六つ目のチョコレートを口に運びながら、熊野さんはブラックの缶コーヒーを飲む。
奥さんが見ていないのをいいことに五分に一個以上のペースでつまんでいる。
歳も歳だからと普段は一日二個までと節制されているが、客人の相手をする時などは奥さんの目が届かないからか、ここぞと甘い物を食べていた。
「あ、弘子お姉ちゃん。私、そろそろ帰らなきゃ。熊野さん、福山さんまたうかがっても大丈夫ですか? また、色々と包丁とか調理器具のことについて教えてください」
スマホの時計は既に一八時半を回っていた。金物店の奥からはしょうゆと砂糖のいい香りが漂っている。もう夕餉時だ。
「ワシも福山君も大概ここか一平の店におるけん、好きなときにきんさい」
「ありがとうございます!」
「恵美ちゃんは熱心ね、じゃあ私もそろそろおいとましますね」
世羅さんもそう言って三次さんと共に熊野金物店から帰っていった。
「……あのお嬢ちゃんも物好きやのぉ。こんな年寄りの店に来て何が面白いんじゃろうな」
二人を店先で見送っていた熊野さんが呟く。
「でも、俺は竹原さんや熊野さんに救われました。もしかしたら、こうやって人って繋がっていくんじゃないですか?」
熊野さんは鼻で笑った。
「何を格好つけて柄にもないこといいよんじゃ。さ、福山君もはよう帰れ。残業代は出んけんからのぉ」
熊野さんは腰をぐりぐり回しながら店の奥へと戻っていった。玄関の照明を切ると、深い夕闇とどこからか流れてくる灯油を売る声が聞こえる。
木枯らしが道沿いの枯れ葉を踊らせていた。もう冬はそこまできている。
「刃物が繋ぐ縁(後編)」いかがだったでしょうか。
縁と言うものは不思議なものだと思います。それが大きな世界に出てもどこかで誰かとつながっている。そんな気がしてなりません。




