【第二部開幕】33.幻影
第一部のあらすじ――
玉野競輪で無一文になった男、福山勝は元真剣師で今は小料理屋店主の老人、竹原一平に拾われる。
瀬戸内の風に吹き洗われ、人間らしさを取り戻していく福山。
包丁研ぎに始まり、小料理屋の手伝い、中華鍋の修理からハチの巣駆除まで。あっという間に日々は過ぎていく。満を持して挑んだ瀬戸内B級グルメ祭で成功をおさめ、まとわりつく「錆」を確実に落としていった。
――
しかし、そんな彼を完膚なきまでに打ちのめす出会い。
一丁の出刃包丁は再び彼に試練と恐怖を植え付ける。
技術の極み、精神の深淵ははるか遠きいただきで嘲笑う。
自分の目指すものは一体何なのか。「錆」を落とした先に何を見つけるのか。
それぞれの「鉄」はその「火」を再び燃やすためにその「錆を削ぐ」
あの日から俺は「包丁」というものの奥深さに空恐ろしさを感じていた。ここ、熊野金物店で働き始めて以来、日常的に研ぐということはホームセンター時代と比べると数としては少なくなっていた。
しかし、密度は今のほうが圧倒的に濃厚だ。流れ作業のようにステンレス包丁を中砥にかけていたころとは全く異なる。ひとり一人が道具として扱うその背中、顔、手つき、姿が浮かぶのだ。
何百、何千、何万回と食材を刻み続ける。役割を愚直にこなし、文字通り主人の手の一部となり、その身を削り続けていく。
まな板に打ち付けられる刃は、肉を切り、骨を断ち、油にまみれ、水にさらされ、日々の酷使に黙々と。
色々な包丁を預かる度、手に取る度、研ぐ度に。その重み、その輝き、その滑りが、ステンレスであろうと割込であろうと俺の脳裏にはあの全鋼の出刃包丁が鈍色をもって語り掛けてくる。
大それたことは言えないし、わからないが、俺が持っていた包丁研ぎに対する自負など粉々に砕き散るほどにあの無銘の出刃包丁は押しては引く度に、無言の威嚇を見せてくるようだった。
地金が見え、赤錆が落ち、刃が研ぎ澄まされれば研ぎ澄まされるほどに背骨から脳髄までを削り取られるような感覚。
これがただの道具なのか。
俺が今、手にしている包丁を研ぐのは今日で六度目だ。
最近はおばあさんも顔を覚えてくれたようで、町内会の話と一緒に旦那さんからの贈り物である刃の瘦せた三徳包丁を持ってくる。熊野さんがほとんど包丁研ぎについては俺に任せてくれている。今日は熊野さんが御用聞きの営業日であり、倉敷の老先生の家にまで軽トラを飛ばして海沿いの道を走っているはずだ。
再び、俺はそのおばあさんの包丁に相対する。
いつもと同じように砥石に滑らせる。人から見れば約十分程度の一連の作業にしか過ぎない。しかし、俺の前であの時の幻影がいびつに現れては消える。
ステンレスに挟まれた鋼の刃は薄くなり使い込まれているが、月に一度の研ぎで再びその役目を全うせんがために鋭さを蓄えていく。己の身を削りながらも、その命が尽きるまで、鋭利になっていく。その矛盾は俺の濡れた手からまとわりついて離れない。
開け放たれた小窓からは鰯雲が広がる。どこまでも高く青い。左手を添える刃から温度を感じることはなく、無機質な金属を感じるだけだ。俺は使い心地のいい包丁を目指そうとしたが、それに及んでいるのであろうか。あるいは道具を通り越して何かが乗り移ってしまい凶器となるようなものになっていないだろうか。
いらぬ考えだ。俺は無心にその三徳包丁との会話に努めるが、包丁は何も語ってはくれない。
「おばあちゃん、終わりましたよ」
店先でいつものようにおばあさんは丸椅子に腰かけて包丁が仕上がるのを待っていた。うつらうつらとうたた寝をしていたようだったが、俺が声をかけるとパッと目覚めてほほ笑む。
「いつもありがとうねえ。福山ちゃんが研いでくれて大助かりやけえ、毎月のウォーキングもはかどるねえ」
「いえいえ。いつもありがとうございます。では、千円ちょうどお預かりしますね」
「また来るけえ、よろしくね」
「はーい、どうもありがとうございました。最近冷え込んできましたら、風邪ひかないでくださいね」
「ありがとう、福山ちゃんもね」
小さく丸まった背中はゆっくり静かに消えていく。
手元の千円は古い紙幣で何度も四つ折りや二折にされた痕跡があった。
お待たせいたしました、「鉄火、錆を削ぐ」第二部(完結編)、再開しました!
これからは週一回の更新で完結まで突っ走ります!
更新予定曜日は水曜日の20時です!
※自転車の魔法使いも金曜日20時に毎週更新しています。あわせてご覧ください。




