【第一部完結】32.真髄(後編)
6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!
第一部完結までぜひ見届けてください。
いよいよ第一部完結です!
(30話から32話まで前・中・後編ですが、最後は一時間ずつずらしての投稿となります)
※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!
準備の終えた中砥をたらいから拾い上げ、比較的赤錆がにじみ移っていなかった滑り止めの布巾へとのせる。その間に二つの仕上げ砥もあわせてたらいに浸す。
荒砥とは違う感覚で研ぎ始める。一〇〇〇番の中砥で平の部分も細かな錆を落としていく。時間をかけ、ゆっくり過ぎず速すぎず、丁寧に。
中砥の荒砥よりも滑らかな触感は包丁の柄を通して「研いでいる」という感覚を呼び起こす。しかし、いつもと違うのはこの手にくる重みと疲労感である。
おおかた普通の家庭用包丁であれば実際に作業する時間は二十分足らずだ。荒砥から中砥まで使っても一時間とかからない。
それはステンレスであったり、本割込みであったりという研ぎやすい素材だからということもあるが、何せ今回は赤錆を落とすという工程から始めているし、何より本焼きの全鋼という極めて今この時代には珍しいものと相対しているからである。
このクラスの高級和包丁は通常のメンテナンスであれば料理人本人が行うのが常であり、町の金物屋に頼むものではない。修理などを含めても鍛冶師や、もっと包丁研ぎを専門にしている人間に頼むものだ。
ある意味、掘り出し物を俺はこの手で研がせてもらっている。めぐり合わせとは奇妙なものだ。
中砥で平を研ぎ終える。時間こそかなりかかったが赤錆はきれいさっぱり落ちており、鋼本来の輝きを取り戻しつつあった。
面直しで中砥をこする。がりがりと面直しが中砥の表面にかじりつき、その削れた表面を水平にしていく。
さて、ここからはさらに慎重を期す必要がある。いよいよ本格的な刃付けだ。
ひたり。と中砥に刃先を触れる。深呼吸をして静かに研ぎ始める。
刃と砥石の往復はまだ刃先に若干の錆が残っているのにも関わらず、普段研ぐ家庭用包丁とは異なる次元の感覚だ。格段に滑らかであり艶やかで、砥石、刃先、柄から両手に伝わる振動が脳を直接揺さぶってくるほどに。
刃先はやがてその赤錆を落とす。徐々に鋭利な刃を取り戻していく。思わず手の動きを速めそうになるが、一定の間隔で研ぐことに集中する。
だが、何だろうか。言い知れぬ不安。ではないが、この一丁と真正面から向き合えば、向き合うほどに自分の感覚が正しいのかどうかわからなくなってきた。
それは俺自身の焦燥か。それとも、技術不足なのか。
わからない。しかし、今はこれに集中しなくては。
中砥での研ぎが終わった。時計の針は午前十時半を指していた。二時間。荒砥から中砥での刃付けまでにこれだけかかった。当然と言えば当然だが、疲れる。これは本当の職人が一万円近くとるのは理解できるが、それでも足りないほどの重労働だと思えた。
仕上げ砥をひとつたらいから引き上げ、いよいよ最後の仕上げにうつる。
三〇〇〇番の仕上げ砥からはじめる。この店には仕上げ砥は二つだけだ。人工砥石と青砥があった。青砥は俺のホームセンターでも使っていたが、本焼きの全鋼に対して使ったことはない。何なら本焼き全鋼自体を研ぐのがほぼ初めて出会った俺は相当頑張ってきた方だと思うが、まだまだこれからが勝負だ。
さっきの感覚を振り払うように俺は人工仕上げ砥に出刃包丁をあてる。水気を帯びた刃先と仕上げ砥はお互いを求めあうように吸い付いていく。
静かに、心を落ち着かせて刃先を滑らせる。するりと滑る刃先は今までと比べ、どんどんと仕上げ砥に吸着していくように研ぐ。手が動くというよりかは包丁が勝手に滑っているような感覚を覚える。
これが包丁を研ぐということだ。繊細な刃先を全鋼にまとわせていく。硬い素材であるが、少しずつ刃が研ぎ澄まされていくのがわかる。
人工砥石での仕上げはこの程度でいいだろう。俺は何度も使ったことがある天然砥石の青砥を手に取る。人工砥石とくらべてもずしりとしており、灰色がかったその砥石は天然物であることと、長く使われていなかったことを物語っていた。
青砥を濡れ布巾の上に置き、真正面に立つ。右手でそっと包丁を握り左手で刃先に軽く手を添える。青砥に刃先を置くと今までの砥石とは比べ物にならないほどに静かに触れ合う。人工の仕上げ砥石ですらその吸い付く感覚があったものを凌駕し、さも一体になることが当然ともいえるほどと錯覚した。
無音の世界でじわりと刃先を動かす。一定の間隔で。
怖い。
なぜだ。この仕上げに入った瞬間、俺は恐怖した。たかだか一丁の包丁を研いでいるだけなのに、まるで途轍もなく恐ろしいものと対面しているような気分だ。早く、早く研がなければ。しかし、焦ってはいけない。
脂汗がにじむのがわかる。なぜだ。なぜこんなに俺は恐怖しているのだ。
スッと刃を動かすが、にわかに自分の手が震えていた。たらいに左手を突っ込みその雫をぽたり、ぽたりといくらか青砥に足す。わからない。刃は間違いなく鋭利になっていく。そして、滑らかになっていたが、それと相反するように俺の神経は一気にすり減っていった。脇からスーッと冷たい汗が伝う。
まさか。仕上げだけで一時間以上を費やした。研ぎすぎているというよりかは研いでいるときに、手が何度も止まったのだ。
まるで、この刃が鋭くなるほどに自分の魂を削られていくような気がした。
おそろしかった。
仕上がった一丁は最初の傷んだ状態とは見違えるほどになったのは自分で見てもわかる。新聞紙に刃先を触れると重みだけでいとも容易く切れ込みが入った。ものとしては十分なはずだ。
しかし、研いでいる最中に俺は押しつぶされそうになっていた。錆びた鋼から地金が覗き、やがて鈍い鉄が姿を現し、往時の切っ先を取り戻すにつれ、俺の魂の奥底をざくり、ざくりとその太く逞しい出刃で削ぎ落していくかのように。
これは俺が望んだ仕事なのか。真の職人とはこんな重圧に日々耐えながら仕事を淡々とこなすのか。今の俺には到底理解できない。
錆を落とし、磨き上げた出刃包丁は預かった時よりもはるかに重く感じた。
【第一部 完】
「鉄火、錆を削ぐ」の【第一部】いかがだったでしょうか。
JR西日本×BS12の広告を見て、岡山県に縁があったことから書き進めてきました。途中さぼりながらでしたので、最後に滑り込む形で一気更新となってしまいましたが、書いていて楽しい作品でした。
第二部は少し休憩して7月中旬から再開を予定いたしております。
まだまだ再生の旅は終わりません。酸いも甘いも知る老巧な職人たち、競輪というスポーツに命を懸ける男たち、情熱だけで突き進む向こう見ずの若き女性。
そして、泥の中、みっともなく、まだ少し青臭い一人の男がいかにして精神的に己を研ぎ直すのか。ぜひ、私と一緒に見届けていただければ幸甚です。




