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鉄火、錆を削ぐ  作者: 津山 みかり
第一部
29/32

29.あつまれ!たのしめ!せとうちB級グルメ祭二〇二六!

6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!

第一部完結までぜひ見届けてください。

 十月末日。いよいよ瀬戸内B級グルメ祭の日だ。二日前から俺と竹原さんは瀬戸内市内のホテルで前泊し、準備を進めていた。テントなどの基礎設備は行政が準備してくれるが、それ以外についてはすべて自前だ。


 人のことをさんざん物好きと言っていた熊野さんも協力してくれて、出張若竹で使う厨房機器を貸してくれることになった。俺も負けじと「物好きですね」と言うと「おめぇらの物好きうつったのかもしれんけん」と言って、軽トラを走らせてくれた。

 想像以上の人出だった。身動きが取れない。ということはないが、肩をよけながら進む必要があるほどの人数だ。

 仮設スピーカーからは陽気な音楽が支配し、時折迷子の案内やDJの各店舗の案内が流れたりしている。

 これは中央に店舗を構えるよりも端の方で細々と営業しているほうが正解だと感じた。何せ若竹からの出店でスタッフは実質竹原さんと俺だけだ。熊野さんもなんだかんだで手伝ってくれはいるが、バッシングや接客などはからきしダメで店の丸椅子に並々ならぬオーラを出していた。


 世羅さんも顔を出してはくれるが特定の店舗にスタッフとして常駐することはできないので、たまにお茶の差し入れを個人として持ってきてくれた。

「竹原さん、オーダー入ります! ママカリ二つと枝豆一つ。それから日本酒二つ、お願いします」

「はいよぉ!」

 慣れない環境でありながらも、手早く調理を進める竹原さんの動きに迷いはない。後ろの方で熊野さんは腕組して邪魔にならないようにしているが、手持無沙汰なのだろう。

「熊野さん、これそちらのお客様にお渡ししてください」

 それにしても立ち飲み席はほぼ常に満席で回転していた。いや、朝からみんな酒飲み過ぎじゃないか?というくらいであるが、やはりこうしたイベントに酒は欠かせないのだろう。

「ん。わかった」

 無骨な返事で熊野さんにも簡単な飲食接客に挑んでもらう。御用聞きや店先での営業スタイルとは全く異なる空気感で普段の好々爺としての鳴りが潜め、仁王立ちする威圧感ある老人にしか見えないが、それはそれで面白い姿だった。

 予想通りと言うか予想以上にままかりの酢漬けがいい売れ行きだった。快晴のこの日、思ったよりも気温が下がらずにこのさっぱりした味付けがほかの料理よりも受けたのだろう。

 午前九時からスタートしたグルメ祭も午後二時を過ぎ、客足も少しずつ落ち着いていた。熊野さんは慣れない環境にくたびれており、丸椅子に腰かけ蒜山のジャージーアイスクリームを食べていた。

 カウンターの立ち飲み客も今は男性二人がだらだと飲んでいるだけだ。

「皆さん、お疲れさまです」

 普段のスーツとも異なり、動きやすそうなシャツとパンツスタイルに瀬戸内市の職員証を首からぶら下げて世羅さんがやってきた。シャツにはでかでかとあつまれ!たのしめ!せとうちB級グルメ祭とカラフルなプリントがされている。

「おお、世羅ちゃん。ご苦労さんじゃなあ、いやあ、こりゃ大変じゃのぉ、かかか」

 大変と言いつつも軽々と多くの客足をさばく竹原さんは元気そうで、そこまで大変でない俺や熊野さんのほうがくたびれていた。

「これ、よければ皆さんで食べてください。なかなかお忙しいと思ったので、買ってきました。熊野さんもどうぞ」

 ビニール袋から三つのホルモン焼きうどんを取り出したが、熊野さんはアイス片手に首を横に振る。

「おお、お嬢ちゃん。ありがとう、けどワシはもう甘いの食べて満足じゃ。三人で食べたらよかろう」

「いえ、私は大丈夫ですよ。さっきパンをつまんだので」

 無理やり熊野さんに渡そうとするが、かたくなに受け取ろうとしなかった。

「まあまあ、世羅ちゃん。あいつは頑固やけえ、気にせず食べよか。ちょうどお客さんも大体はけたしのぉ」

「そうですね。世羅さん、竹原さん、どうぞ。一息いれましょう」

 俺は店舗の奥から丸椅子を世羅さんと竹原さんに座るように促す。俺はカウンターの一席に肘をかけ、もらったホルモン焼うどんに箸をつける。

「ありがとうな、勝ちゃん。さあ、世羅ちゃんも食べよか」

「ああ、ありがとうございます。じゃあ、私も食べちゃおうかな。休憩とってなかったし」

 三人で焼うどんを食べる。その隣で一人アイスクリームをなめる。

「こうしたお祭りの中で食べる焼きそばとかってやっぱり、おいしいですよね」

 世羅さんが冷めた焼うどんを頬張りながら笑う。ちょっと濃い味付けの焼うどんだ。冷めてもこれだけソースの味が濃いとうどんとホルモンに絡んでしっかりとうまみを感じる。

「ほうじゃのう。こういう外で食べるとまた中とは違った良さがあるけえのお」

 

 少し休憩をはさんでいるとがっしりとした男性客二人がやってきた。

「お、やってるやってる。いや、やっぱSNSってすげーわ。親父、ママカリと日本酒くださいよ。って、熊さんもいるじゃん」

「やってますね、大将。福山さん、お久しぶりです」

 その二人は一般人に馴染みこみトップクラスの競輪選手だということは分からない。屈強な肉体は笠岡誠一と新庄透だ。競輪に興味のない人から見ればこの二人がトップアスリートだということにはまず気付くことはないだろう。

「笠岡せん……笠岡さん、新庄さんも。今日はどうされたんですか?」

 焼うどんを食べ終えた俺は直ぐに厨房側に戻り、ままかりの酢漬けの準備に取り掛かる。

「今日B級グルメ祭があるっていうのを聞いて。それで、来ることになったんですけどSNSで若竹の出店もあると知りまして。一昨日、レースも終わったのでその打ち上げも兼ねて」

「あ、一昨日レースあったんですか? どうでしたか?」

「ダメダメ。俺も誠一君も賞金なしの手当だけだったよ」

 軽く笑いながら新庄選手はカウンターに肘をつき明るく笑う。すでにアルコールが入っているようだ。

「透くん、おえんかったかあ。ほれ、日本酒とままかり。笠岡君は何にする?」

「あ、今日は車なのでご遠慮します。ままかりの酢漬けと生姜焼きいただいていいですか?」

 手元で小さくバツマークを作り、笠岡選手は料理だけを注文する。

「わかりました、ちょっとお待ちくださいね」

 奥で世羅さんが熊野さん聞いているが、どうもやはりこの二人を競輪選手として知らないようだ。無理もない。

「熊野さん、お二人とお知り合いなんですか?」

「ん。おお、なんじゃ。二人も競輪の選手じゃ。あっちの色黒が新庄君。で、メガネかけた真面目そうなのが笠岡君じゃ」

「ええ! 競輪の選手なんですか……どうりでお二人とも通りで体つきがすごいわけですね、太ももがすごい……確かにチノパンとジーンズ、パンパンですね……」

 既に熊野さんはこの二人と俺の関係を聞いていたから驚きはしないし、この新庄選手が子供の頃から知っているので何ということはないのだ。一方の世羅さんはこの二人がトップアスリートであることを聞き、興味深そうに頷いていた。

「いや~、親父のままかりはやっぱ絶品だね。でも、今日の酒はぬる燗じゃないんですね」

「今日の日本酒は冷と熱燗のどっちかだけにしたけえな。まあ、慣れん場では仕方ないけえ」

「そうっすね。あ~でも、福山さん、俺たちのレース見に来てくれなかったすね。また、今度でもいいので、見に来てくださいよ。俺も誠一君もバシバシ走りますよ!」

 酔った勢いで新庄選手はよくしゃべる。

「新庄さん、飲みすぎですよ」

 笠岡選手が新庄選手をたしなめるように言うが、新庄選手はお構いなく日本酒を傾けている。

「たまにはいいじゃない、レースの間中はちゃんと節制してるしね。ほれほれ、誠一君も飲みなよ」

「何言ってるんですか。僕は運転手なんですから飲まないですよ」

 そう言いながら笠岡選手は出されたままかりの酢漬けと豚の生姜焼の隣にビニール袋を置いた。何か重そうだ。新聞紙で包まれている中身はもしかすると備前市の瀬戸物かもしれない。今日は備前焼祭りも同時開催されており、何人かそういったお客さんも見受けられた。


 太陽の傾きが大きくなり西日が大きく眩しい。あと三十分ほどでこのB級グルメ祭も終わりを迎える。スピーカーからはまだまだ陽気なラテン音楽が流れていた。

「お、ぼちぼち帰るかな。親父、熊さん、福山さん、是非またレース来てくださいよ、そっちのお姉さんもね」

「では、失礼します。またお店のほうにも伺いますので」

 二人は一般人よりも大きな体躯であるが、すぐに祭りの風景に溶け込んでいった。彼らが最後の客となり、結果的に若竹の売り上げは若干の黒字。すなわち、初のイベントゲスト出店は大成功に終わった。

「皆さん、本当にありがとうございました。ぜひ来年の春の開催も出店をお願いします!」

 世羅さんが竹原さんの瑞々しい手を握り、ブンブンと振り回す。首にかけたタオルで顔を拭きながら竹原さんは「かかか」と笑う。

「もう、十分楽しめたけえ、今度はもう一回考えるわ」

「熊野さん、福山さんもありがとうございました。次回もぜひよろしくお願いします!」

「ワシはもうええわ。手伝わんぞ」

 手伝わんと言いながらも、熊野さんは竹原さんから誘われるとまたきっと「物好き」と言いつつ手伝うだろう。

「世羅さん、こちらこそありがとうございました。最初はどうなるかと思いましたが、結果的に世羅さんの読みが当たったわけですね」

「いえ……私の読みと言うよりかは、竹原さんのお料理がおいしいからこうやって人気が出たわけですし。たぶん、トップクラスの常連店と比べても遜色ない人気だったと思いますよ。巡回でちょくちょく回ってたんですけど、客入りはホントにここもすごかったですから」

「それはよかった。頑張った甲斐がありました。でも、世羅さんは結構ここにいましたけど、市の仕事は大丈夫だったんですか?」

 少し目を泳がせながら彼女はにこやかに頬をかく。

「多分大丈夫ですよ。職員総出でしたし、私も必要なときは必要な仕事をこなしたので。それにここは私の肝いりでやらせてもらったので」

 そう笑いながら世羅さんは背伸びする。本当によかった。若竹も通常の営業よりも少しの黒字、世羅さんも今回の読みが当たったわけだ。心地よい疲労感の中、夕暮れのイベント会場を俺たちは後にした。

飲食フェスやお祭りで食べる料理って何を食べても大体は美味しく感じますよね。ただ、近隣住民からすると匂いや音響も気になったりする方もいます。行政側も土地の有効活用の観点から色々と人を集めて行事を行うのですが、買い手よし、売り手よし、世間よし。という近江商人のようにはなかなか難しいご時世です。


※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!

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