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鉄火、錆を削ぐ  作者: 津山 みかり
第一部
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26/32

26.面影を見つけて

6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!

第一部完結までぜひ見届けてください。

 提灯の明かりがぼんやりと潮風に揺れ、営業中の札が出ていた。

「ただいま戻りました」

 店内には早くも二人のお客さんがそれぞれカウンターで瓶ビールと焼酎を飲んでいた。この気配は忙しくなるぞ。

「おかえり、ご苦労さんじゃったのぉ。今日はちょっと手伝ってもらってええかのぉ?」

予想通りだ。竹原さんもなんとなく客入りがいいことを予見している。

「もちろんです、エプロンとってきます」

 俺は自室に戻り、すぐさまエプロンをつける。急な階段を下りて早速洗い物に取り掛かった。

 二十三時、最後のお客さんがお会計をすまして店を出た。今日の入りは予想通りほぼ満席となった。

「じゃあ、提灯消してきますね」

「悪いのぉ」

 午前〇時前、提灯の明かりを消し、営業中の札を準備中にひっくり返す。閉め切っていた窓が開く音が聞こえる。

「洗い物、手伝ってくれるけ?」

「はーい」

 そのまま厨房の流し台でじゃぶじゃぶと食器を予洗いし、食洗器に並べていく。俺は夕方のB級グルメ祭のことについて切り出す。

「やっぱりB級グルメのゲスト出店は嫌なんですか?」

「ん? なんじゃ? 勝ちゃんはあのお嬢ちゃんの味方か?」

「いえ、そういう訳ではないですよ」

「かかかか、冗談じゃ」

 竹原さんは洗い物を一足先にやめ、リモコンでニュース番組に切り替えいつも軽い一品を作る際に使う三徳包丁を研ぎ始める。

「まあ、勝ちゃんが言うてくれた通り、あれに出ても利益なんぞ出ん。真っ赤っかやけえ、出る意味はあんまりないけえなあ」

 当然だろう。最近は俺も経営について竹原さんと話し合うことが増えた。ただ、熊野金物店よりも若竹は楽観できる経営状態ではない。

 熊野さんは人情がありつつもビジネスマンとして冷徹な判断を下すこともできる手腕がある。一方で竹原さんはその逆であるが、今回の出店は飲めないというのは十分に現実的な判断だ。

「けど、あの子も立派になったのぉ」

「竹原さん、それどういう意味ですか?」

 食洗機のスイッチを押し、俺よりも慣れた手つきで包丁を研ぎ終わった竹原さんを見た。

「あの子、昔はよおおじいさんと来てくれとったんじゃ」

 新聞紙でバリを取り終わり包丁に椿油を塗り片付けてから、いつもの厨房奥の丸椅子に腰掛けた。

「ん?なんじゃ、勝ちゃんはあの子から聞いたんか?」

「はい。子供の頃よく来てたと」

「ああ、世羅のじいさんに連れられてよおきよったけえ、覚えとおよ」

 ニュースはすぐに終わり、自動音声のような天気予報が流れる。俺もカウンターのいつもの場所に座り、竹原さんの淀んだ瞳を見る。

 どこか遠い昔を眺めているようだ。

「世羅のじいさんは勉強のできる賢い人やってのお。あの人は俺や順二より少し歳上でな。子供の頃に将棋のイロハを教えてくれた人やった。まあ、すぐに俺の方が強くなってしまったけど、魅力を教えてくれた人やったけぇのぉ」

 そんな過去の繋がりがあったなんて。笠岡選手と言い、人の縁というものは本当に妙な引力がある気がしてならない。

「昔、世話になったしのお……」

「将棋以外でもですか?」

「ああ、色々とな……あれ?何やったかのぉ?……かかか、忘れてしもうた」

 咳払いをしながら、竹原さんは続ける。

「まあ、昔の話じゃ。勝ちゃん。俺は出店することに決めた。やけぇ、手伝ってくれんか?」

 まさか。この経営状態で出店するなんて。俺は度肝を抜かれる。

「竹原さん、さすがにやめておいたほうがいいと思いますよ。今だっていい資金繰りできてるわけじゃないですし」

 二つのコップに麦茶を注ぎ、俺に手渡す。麦茶はよく冷えており、水滴が蛍光灯に光る。

「確かに、勝ちゃんや順二の言うとおり、商いで考えると俺のやり方はおえんじゃろう。けどな、これは俺の恩返しでもあると思うとんじゃ」

「それは、世羅さんのおじいさんに対するですか?」

「ほうじゃ、利益なんぞいらん。俺なりの恩返しじゃな」

 そんな馬鹿な。亡くなった人に恩返しなんてどうしたってできるわけない。いくら昔世話になったからと言っても。俺は口に出そうになった。

 ――でも、そうだ。

 この人はそんなやり方で今まで生きてきたんだ。不器用なまでに真っ直ぐなんだ。

 たかだか半年生活を共にした人間にも最初からそうだったじゃないか。

 名前も素性も何もわからない俺を海岸で拾ってくれたときも、「なんとなく」なんて言う理由だった。

 何を俺は人の人生に。いや、大恩人の人生に、生き様に、在り方に不満を抱いているのだ。こんなことでは一生このバカ真面目で不器用で強くて優しい人の横には並び立てない。

「……竹原さん、せめてトントンになるようにしましょう。俺も……俺にもその恩返し、とことん付き合わせてくださいよ」

「悪いのぉ。色々考えてくれとったのに、俺のワガママにつきおうってもらって」

「いえ。俺も拾ってもらった身です。竹原さんがやりたいと思うなら、俺もそれに付き合うのが筋ってもんでしょう」

 かつて一度はアンインストールした帳簿アプリを俺は再びスマホにインストールする。せめて赤字にならないようにやらねばならない。

「でもそんな理由ならなんですぐに承諾しないんですか?」

「実際に勝ちゃんが言うた通り利益含めて、色々思うところがあったのは事実やけえ、なかなか、な」

 当然だろう。若竹の経営は現実問題ほぼ破綻に近い状況だ。そこに対して竹原さん自身も重々理解しているのだ。

「それに、あの子がその事実を引っ張り出してきたらそれこそ俺はもっと意固地になってたと思う。けど、あの子はじいさんのことを出さずに正面から突っ込んできよった。これで三回目じゃ。三顧の礼いうやつじゃな……勝ちゃん、俺は甘いかのぉ?」

「いえ、竹原さんらしいと思いますよ。こんなどこの馬の骨かもわからない奴を拾ってくるくらいですから。今回は厳しすぎたんじゃないですか?」

「そうじゃのう。俺は気分屋の物好きやけえ、しょーないが。確かにそうかもしれん。けど、俺はあの子がその事実を引っ張り出してでも食い下がるだけの覚悟を見たかったんじゃ」

 結果的には俺が補助金の話を持ち出したことで世羅さんの覚悟を別の角度から見るかたちになったわけだ。

「さあ、飯じゃ飯じゃ。今日はくたびれたけえ、カップ麺でええかの?」

 流し台の戸棚からカップラーメンを二個取り出し「かかか」と笑った。その夜二人でカップ麺をすすりながら、夜遅くまで出店時の計画を練り始めたのだった。

子どもの頃、歯医者さんの近くに肉屋さんがあり、そこの娘さんが私が通っていた保育園の先生もなさっていました。歯医者さんの帰り、母に手を引かれてその肉屋さんでコロッケを買って帰るのです。ずいぶんと前に道路の拡張で店をたたんでしまいましたが、今もその記憶は残っています。


※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!

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