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鉄火、錆を削ぐ  作者: 津山 みかり
第一部
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25/32

25.瀬戸内市地域振興課からの刺客

6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!

第一部完結までぜひ見届けてください。

 なぜ居候の俺までここにいるのだろうか。竹原さんが入れてくれたお茶は既に湯気も立っておらず、お茶請けのラムネ菓子は一つも減っていなかった。

「どうしても、竹原さんにご協力いただきたいんです」

 テーブルに置かれた名刺に改めて目を落とす。瀬戸内市役所地域振興課、世羅弘子。彼女との対面は二度目だ。しかし、俺は今日初めて彼女の名前を知った。

 以前見た時の格好とはずいぶんと異なり、シャツにデニムと言ったラフな姿であるが、その熱意の量は前よりもはるかに上回っている気がする。

「世羅さん。俺も歳じゃけえ、外で料理するのは疲れるけえ、勘弁ならんか?」

 この押し問答がかれこれ三十分は続いていた。竹原さんは「疲れる」、「暑い」、「儲からん」を繰り返す。それに対して世羅さんも負けじと「美味しいから」、「頭一つ抜けて人気が出る」、「SNSで話題になってる」と一歩も引かない。絶妙に会話がかみ合っていないからなのか、竹原さんが論点をわざとずらしているからなのか。あるいはそのどちらもなのだろう。

 そこになぜか巻き込まれているわけだが、俺からすれば正直なところ世羅さんは理想を述べているにしか過ぎない。

「アンタもこんな所で油売っとるよりも、別を当たったほうがええよ」

「いいえ。私は玉野市からのゲスト出店はここしかないと思ってますから。テコでも動きませんよ」

 何と言う意気込みか。竹原さんでなくても食傷気味になりそうだ。

「大体アンタ、平日のこんな時間にこんな場所でまた油売っててええんか?」

「問題ありません。今日は年休を使っていますから」

 ドンと胸に手を当て誇らしげに鼻を鳴らす。有給休暇を使ってまで来るのか。仕事熱心にも程がある。俺は頭をポリポリとかく。そろそろ帰ってもらいたいところだ。

「世羅さん、どうしてこの若竹をそこまで押すんですか?」

 平行線のやり取りにいたたまれない俺は口を出した。すると世羅さんは待ってましたと言わんばかりにスマホをタタっとタップして俺の顔につきだす。

「ほら、見てください。このサイトでの星の数とレビュアーの評価を!」

 いわゆるグルメサイトの店の評価指数だ。星四つ。辛口でも知られるこのサイトでの星四つは極めて稀であり、信頼度が高いのも事実だ。一方で、この手の評価だけを鵜吞みにして振り回されてはいけないということも俺は理解している。売る側にも、買う側にも市場原理が働くことを。

「確かに、若竹すごくいい評価ですね。でも、この店は竹原さんがほぼワンオペでまわしてますし、イベント会場のような屋外で食べるような料理には向いていない気がしますよ」

 ガタっと椅子から勢い良く立ち上がり、身体をテーブルから乗り出して世羅さんは俺に肉薄する。

「逆ですよ、まるで逆なんですよ! だからこそ勿体ないんです!」

 なんという熱気だ。俺も竹原さんも本気で身を引きそうになっていた。

「福山さんのおっしゃる通り、屋外のイベント会場や設備が限られる設営場所では手軽に食べられるものが好まれます。よくてラーメンや作り置きされているお弁当なんかです!」

 どこぞの政治活動家のようにテーブルを掌でバン!と叩きながら熱弁を奮う世羅さんは止まらない。

「でも、考えてもみてください。そこに、この若竹のめちゃくちゃ美味しいアテが出てこようものなら今のB級グルメの概念なんて簡単にひっくり返せますよ!」

「概念言うが、そんな場所じゃあ出せても数品だけじゃし、良さも伝わらんと思うけえのお」

「そんなことありません! 断言します! 若竹はこの玉野。いえ、岡山を代表できるだけのお店なんですよ!」

 一気呵成に語り終えた世羅さんは、冷めたお茶を一気に飲み干す。

 途轍もない熱量と興奮だ。


 だが、現実は異なる。情熱や勢いだけでは計り知れない事実が横たわるのだ。

 竹原さんの料理が一級品なのは紛うことなき事実であり、地元に愛される理由もある。

 それは何か?そう、ひとえに竹原さんが地元に深く根付いた経営戦略を選んできたからだ。

 それにいきなりゲスト出店とは言え、瀬戸内市からのオファーに二つ返事と言う訳にはいかない。俺が知る限り経営状態としては収支がおおむねトントンであり、健全な経営とは言えないこの若竹が仮に出店してもリスクしかない。通常の飲食店は常に高いリスクを背負っている。

 一般的に売り上げは原価の約三割であるが、地元の人たちに安くておいしい物を提供したいと竹原さんは原価約四割程度という破格で利益をほぼ度外視する経営をしていた。

 火の車という表現すら生易しいくらいで、はっきり言えば既に破綻しているのだ。経営者視点からすると直ちに改善すべきところであるが、これは地方飲食店として、地域の拠り所を考える竹原さんなりの経営戦略をとった結果ともいえる。

 つまり日々の収支がほぼプラマイゼロの中で、今回のゲスト出店は大きな賭けどころか、負け戦になることが火を見るよりも明らかなのだ。

「……世羅さん、これは俺からの確認なんですが、助成金や補助金は自治体や市から出ますか?竹原さんの料理は俺も毎日食べててメチャクチャおいしいことを知っています。できればたくさんの人に食べてもらいたいのも理解できます。でも、今の経営状態を考えると、一〇〇パーセント自費で大赤字、いえ破綻するのが明白です。汚い話ですが、単刀直入に聞きます。お金が出るか出ないかを教えてください」

 

 これは揺るぎようのない事実だ。帳簿を取り出して確認するわけではないが、経営状態を考慮すると仮に出店して大成功でも若干の利益。あとはほとんどが赤字になる。竹原さん自身、そこまで考えているかは分からないが、それで普段の営みが潰えてしまってはそれこそ本末転倒だ。

 世羅さんの表情がにわかに曇る。これは金が出ないな。

「ご指摘の通りです……市からの補助金はよくて交通費くらいなものです。でも、私の方でも上にかけあって、雀の涙かもしれませんが予算をふんだくってきました!なんなら、私の実費を使って頂いてもかまいません!どうか、お願いします!」

 俺もその覚悟には驚かされる。まさかここまでの熱量とは――

 二人の攻防が始まって一時間以上が経とうとしていた。網戸越しに海鳥の声が響く。

「世羅さん、アンタの言うことはようわかった。けど店をぼちぼち準備せんとおえんけえ、今日のところは引き上げてくれんか?」

 時刻は十七時を過ぎ、普段なら開店準備の大詰めを行うころだ。

「……わかりました。お忙しい所すみません、ありがとうございました。また伺わせていただきます、失礼します」

 テーブル席からバッグを持ち、引き戸を静かに締める際の一礼はどこか沈んでいた。

「勝ちゃん、表の提灯つけてくるついでに見送ってあげんさい」

「わかりました」

 店の戸を開き、提灯をつける。俺は左右を見渡す。いた。世羅さんだ。見送ると言われても彼女はどうやってここまできたのだろうか。

 今は深く考えても仕方ない。俺はその背中を追いかけ、声をかけた。

「世羅さん、お送りしますよ」

「あ、福山さん……今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ余計なことを言ってしまって……」

 しばし言葉に詰まる。当たり障りのないことしか聞けなくなってしまう。

「今日はどうやってここまで?」

「岡山駅からここまで電車です。私、車持ってないので」

「では駅までお送りしますよ。と言っても、歩いてついていくだけですけどね」

 岡山県の全体的な地理はつかめないが、岡山駅から宇野駅までは電車でおよそ一時間程度だ。俺も倉敷に出かけたときにその距離感はなんとなく理解はしていた。

「あーあ、でも今日も空振りとは。これでお願い三度目なんですよ」

 手を頭の後ろで組み、世羅さんは少し笑っていた。竹原さんの説得を半ば諦めているのだろう。

「三度もいらしてるんですか?」

「まあ、一度目は上司もつれて挨拶がてらで二度目がこの前だったんですけどね。ホント、困ったなあ」

 無理もない。竹原さんは今回のゲスト出店の依頼を頑なに拒んでいた。普段の竹原さんなら人のためと言って利益そっちのけで快諾しそうな話である。

 しかし、ことこれに限っては首を縦に振らなかった。

「でも、世羅さんはどうしてそこまで若竹に出店してほしいんですか?ここ以外にも玉野市はもっとお店もあるでしょうし、なんだかレビューだけじゃない気もするんですが」

 県道を歩く。影が伸び、強い西日は夏の終わりを告げている。

「あははは、さすがにあそこまで大見得切っちゃうとそう思われますよね……実は私、祖父に連れられてよくあのお店に行っていたんです」

「ええ? そうなんですか」

「はい。祖父と竹原さんも仲が良くて、よく将棋なんかも指したりしていました……でも、祖父が亡くなってから疎遠になってしまって」

 意外な事実である。それにしてもここまでこだわる必要はないようにも思えるが。

「私も中学生の時に岡山市に引っ越しましたし、大学も関西のほうでしたから」

 人生を丁寧になぞるように過去を慈しむ。

「そんな時、たまたま地元紙で若竹がまだ頑張っていることを知ってこっそりと客としてお邪魔したんですよ、一度」

 客としても来ていたのか。俺がまだここに居着く前の話かどうかまではわからないが。

「そのときにおじいちゃんの記憶、子供の頃の記憶とかが蘇って……そして何よりもおいしいんですよね。料亭とか割烹みたく肩肘張ってなくて、でもそのへんの居酒屋なんかとは比べ物にならないし、品があって。竹原さんもお茶目で優しくて。実は若竹出店を推すために上役にも来てもらったんですよ」

 凄まじいバイタリティだ。そこまで若竹に対して情熱を傾けていたとは。

「でも、随分の入れ込み様ですね」

「あはは、私も自分でもわからないくらいなんですけどね。お店に来てもらった課長や次長も絶賛してくれてこの件に関してはお前に任せる。って。でも今の感触だと難しさそうだなあ」

 宇野駅が遠くに見えてきた。布袋寅泰のギターみたいなデザインだ。相変わらずよく目立つ駅舎だ。ポケットからスマホを取り出し、改札機にタッチする。

「では、ここで。今日はお時間をいただいてありがとうございました」

「いえ、そんな大したこともできずにすみません」

「そんなことありませんよ。私もどうも熱っぽくなってしまって、実益の観点をお伝えできてなかったので。でも、また懲りずにきますよ」

「お待ちしていますよ」

 世羅さんはそう笑って、停車している車両に乗り込んでいった。

祖父との思い出はほとんどありません。物心つく前に亡くなっていて、姉が泣いていたので私も泣いていたという記憶と、強く覚えているのは親父が棺の中の祖父の口元にタバコをくわえさせてやっていたことを覚えています。

※1.自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!

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