22.夏と花火と私の生姜焼き
6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!
第一部完結までぜひ見届けてください。
空き家の古い窓ガラスが轟音に呼応するように小さく振動するのがわかる。たまのまつり花火大会の音だ。遠くに上がる煙を背に俺は小料理若竹へと歩いていた。
祭りのおかげか竹原さんの店も客足はいつもより上々だった。熊野金物店で仕事を終え、いつものように竹原さんの店も手伝う。
手伝うと言っても大したことはできない。よくてオーダーをとって、客が帰ったあとのバッシングをするくらいだ。狭い店にごった返す客を竹原さんは注文を受け、意図も容易くこなしていく。注文を受けてから料理を完成させるまでの流れは凄まじく、動きに一切の無駄がなかった。
今日は確かに繁盛していたが、一人でさばくには相当な体力と集中力を要する内容のはずだ。それを楽しげに軽々とこなしていく。時折、声を上げているせいか声がかすれているが、お構いなしだ。
三徳包丁で手早く手軽な一品を作り、刺し身には鋭い柳刃を用いる。見事な手際だ。
最後の一組が店を後にした。時間は深夜〇時前だ。俺は客の帰った後、のれんをおろして提灯の火を落とす。
花火の音と客の声で賑やかだった店内は一気に静まり返る。竹原さんはテレビをつけニュースを見ながら皿を洗い、俺も机やカウンターを布巾で拭う。テレビのスーツ姿のアナウンサーは関東でそこそこ強い地震があったことを伝えていた。
「今日は大繁盛じゃったけえ、勝ちゃんも手伝おてくれてでぇれえ助かったわ」
「いや、本当に今日は大変でしたね。帰ってきたらすごい客入りだったから、さすがに手伝うしかないと思いましたよ」
「かかかかか、ありがとうなあ」
頭に巻いていたタオルを首にかけて、相変わらず独特な笑い方で肩を揺らす。
「よっしゃ、ちょっと待っとれよ。今日はいつもよりええもん食わせちゃるけえなあ」
流し台にあった皿を洗い食洗器に入れ、冷蔵庫からバットに入った豚肉とタッパーを二つ取り出す。
洗ったばかりのフライパンをガス火にかけて、水気を飛ばしていく。その間に醤油、みりん、砂糖、すりおろした生姜などの調味料を目分量で小鉢に入れて手早く混ぜ合わせる。
フライパンに手のひらをかざす。いい頃合のようだ。熱せられたフライパンにごま油をトロっと回し入れた瞬間、芳純な強い香りが辺りに漂う。
豚肉をバットから丁寧に取り外し、別のバットに小麦粉を入れてその中で豚肉に満遍なくまとわせていく。
小麦粉で化粧を施された豚肉をフライパンの上で重ならないように並べられる。
油と脂が弾け、フライパンの上で旨いを歌い出す。換気扇に吸い込まれていく香ばしい匂いは、ごま油の香りと重なり否応なしにすっからかんの胃袋を刺激する。
いい焼き目を両面につけて、タッパーから薄切りにされた玉ねぎを入れる。さっと炒めてから豚肉をその玉ねぎのうえにおいていき、蒸し焼く。
見ているだけで本当によだれが落ちそうになる。
間違いない。あれだ。
菜箸で豚肉を少しめくる。下の玉ねぎに火が通ったことをみて、事前に作ったタレを一気に回しかける。フライパンはけたたましいほどに先程よりも一層旨そうに歌う。同時に薄くスライスしていた生姜を二欠片ほど入れる。
玉ねぎがしんなりしたことを確認して、フライパンを火からおろす。
食器棚から丼を二つ手に取り、ご飯を盛る。いつの間にかレンジで温められていた千切りキャベツをご飯の上にのせ、更にフライパンから豚の生姜焼きを盛り付ける。おまけと言わんばかりにフライパンに残ったタレを注ぐ。
極上の香りで最高のまかない料理だ。
カウンター越しにその仕事を見つめていたが、惚れ惚れするスピードだ。わずか十分程度で豚の生姜焼き丼が出来上がる。
「はいよ、お待ちどうさん。豚ロースの生姜焼き丼や、熱いけえのぉ、気つけてな」
「ありがとうございます」
カウンターにドンと置かれた豚の生姜焼き丼はもう、見た目だけで旨い。俺は二つのコップに水を入れて一つを竹原さんにわたす。
竹原さんが丸椅子に腰掛けて自分の短い箸を丼に置く。手を合わせ「いただきます」と言い丼に箸をつける。
それを見届けてから俺も手を合わせて「いただきます」と初めて箸をつける。
豚ロースの生姜焼きを一口目に頬張る。熱い。が、旨い。それ以上表現する力が俺にはない。
丼を片手に持ち、生姜焼きとご飯を一緒に食べる。白ご飯に生姜焼きのタレが絡む。わずか数時間の手伝いだったが、熊野金物店とは異なる疲労に染みわたる濃い目の味が旨いのだ。
一緒に盛り合わせられた千切りキャベツもレンジでくたくたになっており、食べやすくなっている。これは最高のごちそうだ。
みるみる間に丼を平らげた。
食べている間に日付が変わっていた。この時間帯にこれだけうまい飯を罪悪感なく食えてしまうのは労働の疲労もあるのだろうが、やはり作り手の腕に狂いがないということも大きいのだ。深夜のカップラーメンももちろんうまいが、この脂っこくて溢れる肉汁と白ご飯にしみ込んだこの飯は絶品だ。
「うまかったか?」
「最高です、あとはもう寝るだけですね」
「おぉ、ほうじゃのう。じゃあ、風呂入ってくるけぇ、皿とフライパン洗うて片付け頼むわ」
風呂場から竹原さんの鼻歌が聞こえてくる。かすれた声はもう聞こえず、湿った音痴な歌謡曲だけが若竹に響いていた。
タイトルは作家乙一氏の「夏と花火と私の死体」への私なりのオマージュです。いつ読んだのかは忘れてしまいましたが、あれを当時16歳の少年だった乙一氏が執筆したと知りただただ驚きました。
※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!




