19.便利屋熊ちゃん(前編)
6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!
第一部完結までぜひ見届けてください。
炎天下にさらされた軽トラの車内はむせかえる程に暑い。独特な匂いも相まって下手なサウナよりも息苦しさを感じる。エアコンの風もまったく冷気を帯びておらず、これは地獄だ。
午後から熊野さんの運転する軽トラで倉敷市内まで遠征だ。まったくきかないエアコンに痺れをきらし俺たちは窓を全開にして国道四三〇号線を西に進む。左手には瀬戸内海が広がる。高い積乱雲は太陽をかすめることなく、ずっと遠くでこちらを見下ろし、波間は強烈な照り返しで輝く。
「この暑い日にハチの巣駆除とはキツイですね」
「しゃーねーよ。あの家は近所が通学路にもなってて、家主のじいさんも学校の先生だったから気にしとんじゃろ」
時速六〇キロで軽トラはひた走り、強い潮風が車内へと吹き抜ける。海風特有の湿った風だ。
倉敷市の外れにあるその家はほかの一軒家よりも一際大きく、太い松の木、綺麗に敷き詰められた玉砂利、石灯篭まである立派な邸宅だった。
「さあ、どこにできたんじゃろうなあ」
路駐した軽トラから熊野さんは降り、勇みよくシャツの袖をまくり、ポケットに手を突っ込む。
「おーい、ハチー。おるかー」
外壁をうろうろしながらハチの巣を探す。あまりにも雑な探し方だ。呼ばれたからと言ってハチに言葉が通じるわけもない。
「外じゃないんですかね」
「おお、かもしれんのお。ちっと入ってみるか」
呼び鈴という概念が老人たちにはないのかもしれない。有無を言わさずに、門扉を遠慮なく開く。敷地にずかずかと入り込んでいき、整えられた石だたみではなく玉砂利を鳴らす。
「先生、きたどー」
縁側の窓が音もなく開く。
「おお、熊ちゃん。来たか」
一段高いところにいた老人は熊野さんや竹原さんよりも明らかに高齢だ。腰は少し曲がり気味であるものの、身なりがしっかりとしている。
「おお。先生。巣はどこじゃ?」
「ちょっと、待っとれ。納屋の隅っこに大きいのができとるけん」
縁側に一足だけあるスリッパに足を入れて、指さした納屋へと歩き出す。
「で、そこの若いのは?」
若いのと言われた俺は自発的に応じる。
「最近、熊野さんに雇われました福山と申します。よろしくお願いします」
「おお、元気があってええのお。よろしくな、福山君。熊ちゃん、この子が跡取りか? 倅はどうしたんじゃ?」
「アイツらはみーな田舎が嫌で大阪の方へ出よったわ」
「ほうかあ。玉野は仕事もないし、しゃーないかなあ……ここじゃ、ここ」
先生と呼ばれる老人はこれまた立派な納屋の前で足を止め、軒先の一角を指す。
うわあ。いるいる。うじゃうじゃ群がって、ブンブンと羽音を鳴らしている。あのハチはなんだろうか。ミツバチではなさそうだ。なんだかスズメバチっぽい気がする。
「まーた、高いところにえれえサイズのができとおのお」
「いけるけ?専門業者の見積もりとったらこれじゃ、これ」
先生は両手の指を全部立てて金額を表す。いや、妥当な金額じゃないのか。あのサイズだし、結構位置が高い。
「まあ、やるしかなかろう。うちは一応その半分でやるけど、どうじゃ?」
「おお、熊ちゃんとこなら構わん。下手な業者に頼むよりよっぽどええけん」
たったこれだけの会話で請け負うことが決まった。ハチの駆除にしてはあまりにも簡単すぎる。
「よし。じゃあ、わかった。ちょっと準備するけん、今晩来るけど大丈夫か?」
「おお、今日やってくれるか。助かるのお、何時ごろじゃ?」
「夜の九時くらいじゃ。その時間帯になればハチも寝静まるけん、周りにネット掛けて煙と殺虫剤でやるわ」
あまりにもシンプル過ぎる退治方法だ。あのサイズでそんな駆除できるのか?
「熊野さん、本気ですか……」
「ん? 当たり前じゃ。よし福山君先に脚立だけ立てて、いったん引き上げじゃ」
言われるがままに俺は六尺の脚立をハチがうごめく巣の下にそっと置き、そろりと後ずさった。ああ、今晩はばっくれてしまおうか。
エアコンが壊れた車に乗るのは地獄です。夏は暑いし、冬は結露するしで大変です。実家のほうで25年以上乗っていた乗用車のエアコンのトランジスタが壊れ、修理不可ということでいよいよ乗り換えることになりました(ついでに長く乗った軽四も手放し)。ありがとうインスパイア、ありがとうライフディーバ。そしてこんにちは、フィットRS。
※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!




