17.老人の戯れ
6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!
第一部完結までぜひ見届けてください。
今日は若竹が月六回ある定休日の一日だ。毎週月曜と第二週と第四週の水曜日がおおむね定休だ。そして、この水曜日は竹原さんが深夜遅くまで不在になることがある。
梅雨が明けてすぐに熱帯夜となる。驚くほど速く季節は走り去っていく。湿り気のある畳に俺はあぐらをかいて遅くまで地図アプリとにらめっこしていた。
深夜〇時過ぎ。古びた金属の音と引き戸の開く音がした。若竹の主の帰宅だ。
「おかえりなさい、いつもこの時間なんですね」
「おお、勝ちゃんまだ起きてたかあ。今日は立場が逆じゃなあ」
「はは、そうですね。なにかお茶漬けでも準備しましょうか?」
俺は畳から立ち上がり、いつもより陽気な雰囲気をまとう竹原さんを見る。一体いかほど飲んだのか。酔いどれ爺さんだ。
「ほうじゃなあ。確かに飲んで時間経ったからちょっと小腹が空いたけえ、頼もうかのお」
「承知しました。じゃあ、ちょっと待っててくださいね」
冷凍庫に入れていた石のように凍った白米を取り出し、電子レンジにかける。ブーと唸る電子レンジを背中にお茶漬けの素を探す。あった。いつもの梅茶漬けと緑茶のティーバッグだ。
鉄瓶の急須をさっと洗う。急須にティーバッグを入れ、ポットからとととと、とお湯を注ぐ。
「今日は珍しいなあ、なにかあったんか?」
俺を横目に水道水を飲む。飲酒者特有の呼気を振りまき、赤ら顔で調子よく話し出す。
「ちょっと明日の仕事で先に地図を見ておこうと思って」
俺はこの日竹原さんが帰宅するまで起きていた。
待っていたわけでないのだが、明日の御用聞きのルートが倉敷にまで足を伸ばすことになったから最適なルートをマップで見ていたのだ。
「勝ちゃんは仕事熱心やけん、見習わなおえんのお」
「そんなことないですよ、そろそろかな?」
電子レンジがピピピと今どきの電子音を鳴らし、石ころのように硬かった白米をほどよく解凍する。鉄瓶のお茶もいい色が出ている。
適度な固さと温度を持った白米を竹原さんの茶碗に落とす。ころん。と丸い白米は茶碗で転がる。そこに梅茶漬けの素をふりかけ、熱いお茶をかける。
「お待ちどうさまです。どうぞ」
「おお! 悪いなあ! じゃあ、いただきます」
自分の箸を取り出していた竹原さんはズズッと茶碗のお茶をすする。
「うまいのぉ、やっぱり飲んだ後に小腹がすいたらお茶漬けじゃなあ」
ふとした疑問をぶつけてみた。深夜まで飲むのはわかるが、日中はどこをうろついているのか。
「でも、日中もどこに行ってるんですか?」
ふやけた米を口に含みながら、行儀悪くお茶漬けを食べ進める。
「ああ、倉敷の将棋センターに行きよるんじゃ」
「例の将棋センターですか」
何度も聞いたことがあったし俺も一度建物の見物をしたが、たまに行くとは行っていたが、まさかこんな遅くまでかかるものなのか。やはりプロを諦めて五十年近く立っても将棋は竹原さんの生活の一部のようだ。
「まあ、老人会みたいな連中に俺が指導したりしょーんじゃ」
「老人会ですか」
想像してみるが面白い絵面だ。
「お、そうじゃ」
竹原さんは何かを思い出したかのように茶碗を置き、ポケットから小さなノートをちゃぶ台に取り出し、一番新しいページにつまようじみたいな鉛筆で何かを書き込む。
「今日は四勝三敗。悪くはないが、よおもなかったわ」
四つの白星と三つの黒星を新たに入れたノートには一戦一戦、手書きの棋譜が記されていた。そのノートを俺に渡す。七割くらいページが埋まっており、隙間なくびっしりと書き込まれた文字にはかつてプロ棋士を目指した男の面影が見えた。
「俺も多少なりとはわかりますけど、棋譜を見ただけでは何もわかりませんね」
よれたノートをぱらぱらとめくる。先手二七銀。後手八三桂と駒の動きが事細かに記録されている。異常なまでの熱量を放っているノートは果たして何冊積み上げられてきたのか。
「改めて今度俺もついて行っていいですか?将棋センターに」
「んんっ……ええよ、また今度時間ができたときに一緒に行こか」
突然の申し出に驚いたのか、痰が絡んだのか少し竹原さんはむせていた。
「ありがとうございます、でもその前に一局竹原さんと指したいですよ」
「ほうじゃのお。よし、仕事すんだら明日指してみよか」
「ありがとうございます、お手柔らかにお願いしますね」
一気にお茶漬けを流し込みながら汗をぬぐう。竹原さんが旨そうにお茶漬けを食べる姿を見て、俺も腹が減ってきたが、今日は明日の倉敷営業に備えて休むことにした。
お茶漬けって深夜に食べるとすごくおいしいですよね。飲み会などの〆もついつい頼んでしまいます。
※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!




