14.休暇
6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!
第一部完結までぜひ見届けてください。
ゴールデンウィークも終盤に入り、世間はUターンラッシュや新幹線の乗車率が何パーセントだとといったニュースで溢れかえっていた。
小料理若竹と熊野金物店は相変わらず営業を続けていたが、最後の二日だけ熊野金物店は休業すると聞いた。
「福山君、明日と明後日はちょっと臨時休業するけん、悪いけど明日は出てこんでええぞ」
居間で胡坐をかいてスマホでメッセージを打ち終え、熊野さんは老眼鏡をちゃぶ台に置く。
「臨時休業ですか?」
「ああ、倅二人が孫連れて帰ってくるけんな。悪いけど、明日と明後日は休みじゃ」
「なるほど。息子さんとお孫さんですか、楽しみですね」
俺はちょうど修理で預かった大鍋の取っ手を見つめながら、どうやって直すかを考えていた。やっぱり溶接しかないか。でも、俺は溶接なんてやったこともない。そもそも道具もあるのか。
「孫もそれなりに大きなったからこんな、田舎に来てもなんもないけん、倉敷あたりで飯食って、アウトレット行くくらいやけんなあ。なんぞほしいモンないか聞く財布じゃ」
「ははは、でもいいじゃないですか。竹原さんはお孫さんとかいないんですかね?」
「……アイツんとこは色々あってな。まあ、本人から聞いてくれ。今日も閉店の時間じゃ、残業代は出せんからはよ去に(いに)や」
持っていたスマホをちゃぶ台に置き、熊野さんは立ち上がる。シャッターの鍵をぎゅっと握りしめていた。ずいぶんと腰もよくなったようだが、時折腰をさすっている。ふとした拍子に痛みが来るのだろう。
「では、俺も引き上げます。次は三日後ですね、お疲れさまでした」
「おお、帰いつけての」
いつもの帰り道を歩く。近所の家々には見慣れない車が停まっており、ナンバーは大阪、神戸といった関西からが多い印象を受ける。
熊野金物店が休みの日は基本的に俺も休日であるが、遊ぶ金というものが今の俺にはないし、若竹の手伝いが基本となる。と言っても、若竹も日中は営業しておらず夕方十七時からに向けての準備となる。
竹原さんは週に二日程仕入れで玉野魚市場に向かう。電動自転車を乗りこなし、俺が起きる前に仕入れを済ませており出る幕が一切なかった。
それ以外の日はおおむね、日の出海岸まで歩いて散歩しておりそのとき偶然俺を拾ったというわけだ。数奇な運命であるが、このルーチンが外れていたら俺は本当に今頃首をつっていたかもしれない。
「ただいま戻りました」
提灯は灯っていたが、竹原さんはじめ今日はお客さんが誰一人いなかった。いつも竹原さんが立っている厨房には誰もいない。テレビはいつも通りのニュースではなく、倉敷マスカットスタジアムに試合をしに来ている阪神タイガースとヤクルトスワローズの中継が流れていた。
試合は始まったばかりだが、今しがた阪神タイガースが一得点したところのようで、画面越しに球場の盛り上がりが伝えられていた。
「おお、勝ちゃん帰ったか。おかえり」
古い急な階段を下りてきた竹原さんがひょこっと顔を出す。
「ただいま戻りました、今日はお客さんいないんですね」
「ほうじゃなあ、みんなゴールデンウィークやけえ、家で食べるかもっとええとこに食べにいっとんじゃろうなあ」
そう笑いつつも、昨日は目が回る忙しさを体験しただけにこの落差に俺はまだ慣れていない。厨房の定位置である丸椅子に腰かけ、竹原さんはプロ野球を見始めた。
「お、阪神が一点入れたかあ。たまにはプロ野球も生で見たいのぉ」
「野球、どこのファンですか?」
俺もお客がいないときの所定位置であるカウンターの隅に座り、野球を見る。俺は特にひいきのチームやこだわりはないが、こうして音として流れる野球は嫌いではなかった。
「ん?そうじゃのお、別にないのお。球場で飲むビールと焼き鳥がうまいけえ、それがええんじゃろうなあ」
「言えてますね。あの空気って一種のお祭りみたいなもんですよね」
「ほうじゃのぉ、今度夏にまたここでも祭りがあって花火もあがるけえ、そんときはまたお客さんもでーれー来るじゃろうなあ」
「お祭りですか?」
「玉野まつりがだいたい八月ごろじゃったかなあ、人手も多くなるけえかき入れ時じゃ」
いつものように「かかか」と笑いながら、手で円マークを作り竹原さんはおどける。
確かに祭りがあると飲める店は重宝するのだ。俺が昔働いていたころはそんなことを気にする余裕もなかったし、子どもの頃にわずかな記憶があるだけだ。
でも、屋台で買う焼きそばや唐揚げはなんだか妙においしく感じた。思い出補正もあるのかもしれないが、あの頃の俺はまだ純粋な子供だった気がする。
今は首の皮一枚でつながったこの人生を必死に生きているだけだが、それでも生の実感はずいぶんと出てきた。
「明日はうちも休みやけえ、ゆっくりすりゃええけえのぉ」
「そういえば、熊野さんところが明日、明後日と休みなんですよ。よければこの前言ってた将棋センターに連れて行ってもらえませんか?」
「おお、言うとったやつか。けど、たしかこの休みの間は将棋センターも休みじゃったけえ、また今度じゃなあ」
「そうですか……ではまたですね。でも、俺もちょっと手持無沙汰でやることないんですよね。ここと熊野さんところが休みだと」
「かかか、時間ができて余裕ができたちゅうのはええことやけえのお。たまには電車でも乗って岡山か倉敷のほうまで行ってみりゃええけえ。それか、また玉野競輪で一発狙うか?」
冗談っぽく竹原さんは俺を茶化す。あの鉄火場はもう懲り懲りだ。なぜあの時も昔の遊びを思い出して玉野競輪に突っ込んだのかは今となっては理解しがたい。
「しばらく博打は今はやめておきますよ」
「かかか、そうじゃの。それがええ。今日はお客さんもおらんから、ちゃちゃっと晩飯、先に食べてしまおか」
「ありがとうございます」
竹原さんが用意してくれたまかないでちゃぶ台を囲む。結局、この日は誰もお客さんが来なかった。珍しいと言えば珍しいが、こんな静かな日があってもいいものだ。
ゴールデンウィークの新幹線乗車率はすごいですね。昔は自由席に人があふれていましたね。最近は全席指定席になりましたが。
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