11.えびめしとは
6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!
第一部完結までぜひ見届けてください。
午前中から降り始めた雨は、予報通りに降り続けていた。アスファルトはその黒を更に暗い黒へと染め、どこか町全体も静かに思えた。相変わらずワイパーは動くたびにうめくような引きずった声を出している。
何軒かへのあいさつと仕事を確認して二丁ほど包丁を研ぐ。こうした営業の際にも荷台には中砥と荒砥とたらいを用意しているようで、抜け目なく仕事をしていく。俺もその包丁を練習がてら研がせてもらったが、やはりかつての感覚は程遠い。
「よし、そろそろ飯にしょーか。雨やけん午後から予定しよる剪定は来週に延ばしてもらえるか聞こか」
「剪定って植木でも切るんですか?」
「ああ。ほうじゃ。脚立とハサミも積んどおじゃろ?」
朝は気付かなかったが確かにのぞき穴から見てみると剪定ばさみと六尺程度の脚立が積まれていた。緑のシートで覆われていたが、ハサミは古いながらもよく手入れされていることがわかった。
「何にしょーかのお。ほうじゃ、えびめしでもいこか」
「えびめし?」
「おぉ、えびめしじゃ。なんや、知らんのか?」
「ああ、はい」
「んー。えびめし言うたらえびめしやけんのお。まあ今日はワシのおごりじゃ、遠慮はいらんけんな」
想像するとエビが混ぜられているチャーハンみたいなものだろうか。なぜえびめしなのかは理解できないが、とにかく俺には選択権などないことは間違いない。
軽トラはうなりを上げながら県道を進む。ラジオからはちょうど正午の時報が聞こえた。いい時間だ。
「んー。あ、ここや。ここ。久しぶりに来たけん、ちょっと心配やったけどちゃんとこれたのぉ」
県道のロードサイドにある店の駐車場に突っ込む。手早くバックギアにいれ白線の内側にピタリと軽トラを停めた。そのままエンジンを切り、サイドブレーキをあげる。
車外に出て、雨を避けるように小走りで店内に入る。熊野さんも七十五歳でぎっくり腰をやらかしたとは思えぬ健脚である。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「二人じゃ」
「ではこちらへどうぞ、お冷お持ちしますので少々お待ちください」
窓際のテーブル席に案内される。雨は静かに降り続け予報通り止む気配はなさそうだ。
「雨、今日はよく降りますね。岡山って晴れの国って言いませんでしたっけ?」
「ん?まあ、晴ればっかりでもおえん。人生と一緒じゃ、適度に雨も降らんとおえんけんのお」
「適度に雨…か」
「まあ年寄りの戯れ言じゃ」
「あ、いえ……でも、その通りですよね。人生だって晴ればっかりでいいことばかりとは限らないですよね」
車のカギをポケットに突っ込みながら熊野さんは頭をかいていた。その視線は俺と同じ雨が降る駐車場を見ている。
「……福山君。わしらみたいに身を持ち崩しちゃおえんぞ」
「持ち崩すなんて…そんなことないですよ、熊野さんも竹原さんも立派に仕事してこうやって俺をすくいあげてくれたじゃないですか」
「まあ、なんというかの。あいつもワシも若いころ、無茶苦茶やったけん、その罪滅ぼしやとでも思うてくれ」
目線を動かすことなく駐車場に降る雨をただ、見つめていた。過去の後悔や、懺悔は俺の知るところではないが、なにか懐の奥に思うことがあるのだろう。
「まあ、一平もワシも物好きやけんな」
熊野さんは俺を見て照れくさそうに笑う。間もなくして、先ほどのウエイトレスが二つのコップを持ってきた。その場でメニューを見る素振りもせずに熊野さんは「えびめしセット、二つ」とだけ伝える。せめてメニューくらいは見させてほしかったが、一体えびめしとは。
やがて運ばれてきたえびめしセットは黒いというか焼きそばが乗り移ったチャーハンだった。その上には錦糸卵とパセリが乗っており、グリンピースもちらほらと顔を出している。そして、付け合わせの簡単なサラダとみそ汁。
これがえびめしセットらしい。エビも申し訳程度にのっかているが、これだけでえびめしなのか。パッとスマホで調べる。どうも岡山のB級グルメらしい。発祥は東京らしいが、広まったのが岡山とすぐ出てきた。しかし、なぜこれが岡山のご当地グルメになったのかは分からない。この茶色い色はソースかウスターソースの類らしい。
「おぉ、これじゃ。福山君。これがえびめしや、よばれよか。いただきます」
「い、いただきます」
とりあえずこのメインディッシュたるえびめしをスプーンですくう。ご飯はパラついており、本当にチャーハンに近い感じだ。しかし、色合いとしては焼きそばに近い。
口に入れる。出来上がったばかりか熱々だ。
見た目通りの味と言えばそれまでであるが、素朴なウスターソースの味と思ったよりもしつこくない味である。これはデミグラスも使っているのか。小さなエビを口にするが、思ったよりもこいつに強い味付けなどはなかった。
最近、竹原さんの素朴でありながらも旨い料理を毎日食べているせいか妙に舌が肥えてきてしまったが、これはこれで旨いものだ。
味わって食べてみるが、色合いよりも上品な味付けであることがわかる。この手の色合いは唐揚げ、ハンバーグ、焼きそば。といった茶色と言えば旨い!を体現していると思うのだが、それよりもデパートの洋食店で子供の頃に食べたオムライスに近い感覚がある。
一言でいえば懐かしい味に近い。
「おお、ええ食べっぷりやのお。やっぱり若いと食べるのも早いの」
そういいつつも熊野さんは俺よりも食べるのが明らかに早い。すでにサラダもえびめしも綺麗に平らげており、残すはみそ汁だけだった。
ずず。と音を立ててみそ汁もあわせて完食した。
「いや、久しぶりに食ったけど、まあ悪くないのお。どうじゃ?」
「ええ、美味しいですね。これ、なんでえびめしなんですかね?」
「さぁのお。エビがのっとるからかのお?」
確かにエビが乗っているからえびめし。何事もシンプルが一番なのだろう。俺は深く考えることやめ、スプーンを動かした。
雨はやまないが、俺の腹は満たされた。さあ、これから午後も熊野さんとのドライブだ。楽しんでいくしかない。
えびめし。昔一度食べたことがありますが、確かあれば180号線か53号線で北上して道沿いにあった店のような気がします。
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