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鉄火、錆を削ぐ  作者: 津山 みかり
第一部
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10/32

10.熊野金物店の日々

6月14日(日)10時から1時間ごとに一気更新!

第一部完結までぜひ見届けてください。

 軽トラック六六〇CCのエンジンが始動しだす。年季のはいった軽トラであるが、まだまだ現役と言わんばかりに元気なエンジン音をブンブン鳴らす。

 今日は熊野さんの腰もずいぶんとよくなってきたからということで実に一か月ぶりの御用聞きに向かうとのことで俺も同行することになった。

 この出かけている最中は店先に工事中通行止めの看板を出してそこに「外回りのため店舗不在。御用の方はメール願います」という雑な張り紙だけして出かけるらしい。

 御用聞きの頻度はおおむね一週間に一回で普通は電話して先に確認して伺うらしい。だが、今回は腰痛で動けない間に溜まっていた仕事と俺のあいさつ回りもかねて玉野市全域を走りまわるそうだ。

 熊野さんいわくここ玉野市は岡山市と倉敷市に隣接しており、JRの宇野駅から岡山駅まで電車で一時間足らずらしい。かく言う俺も新幹線で岡山までやってきて、その宇野みなと線でここまで来たのだが二週間前と少し前の記憶が既にもう遠い昔の事のように思えた。

「福山君は車の免許はもっとんか?」

「あるにはありますけど、しばらく乗ってないですね」

 運転免許は高校卒業後にすぐ取り、中型バイクの免許も取得済みだ。しかし、生活が行き詰っていたから社用車以外に嗜好品として縁もゆかりもなかった。唯一、バイクだけは中古で購入したが、それも破産前に二束三文で手放していた。

「いや、かまへん。とりあえず今日はワシと一緒に営業やけん。まあ、道なんざ地図見て覚えるより体で覚えたほうがええけん」

 窮屈な運転席に体を折り畳みながら、熊野さんはルームミラーの位置を合わせる。俺も助手席に乗り込む。おお、尻が痛い。なかなかハードなシートである。

「ちゃんとシートベルトしめてや」

「はい」

 カチリとシートベルトを締める。熊野さんは慣れた手つきで狭い駐車場から器用に軽トラを出し、これまた狭い路地を適度なスピードで抜けていく。

「村の道は狭いけん、ゆっくり走らんといけんよ。最近は目も耳もおえんしのぉ」

 この流れやっぱり俺も御用聞きの仕事があるんだろうな。まあ、仕方ないか。ペーパードライバーだが仕事であれば観念するしかない。

 

 甲高いうなりをあげながら二速のギアのまま、軽トラはすぐに大きな通りに出た。いつも若竹から熊野金物店へと通るルートだ。

 このあたりはおおむね分かるが、ほぼ毎日若竹と熊野金物店の往復で一日を終え、遊ぶ金もない俺は宇野港や近所の散歩をするくらいしかできなかった。ゆえにそれなりに道は覚えたつもりだが、やはり車の移動範囲は桁違いである。見る見るうちに知らない場所へと連れていかれる。

 大通りを十分ほどスムーズに直進するが、その流れは大きな交差点の赤信号で停まった。カーラジオからは古い歌謡曲が流れている。ギアをニュートラルにし、サイドブレーキを引く。

「福山君。ワシには君がなんでこんな田舎にまで流れてきたんやよぉわからん。君と出会おうてまだ二週間足らずやけど、君は真面目で仕事に対してもひたむきや。博打もちゃんとわきまえて遊ぶ程度やったんじゃろ?そんな人間が自己破産なんぞするもんか?」

「そうですね……」

 視線を目の前の赤信号から一切動かさずに熊野さんは俺に聞く。そう、俺は初めての宴会でホームセンターの経営悪化で自己破産したことを話していた。しかし、そこに至るまでの経緯を俺はまだ話していなかった。

 どう説明すべきか考えあぐねていると熊野さんが先に口を開いた。

「いや、話しづらかったら別にええけん。すまん、デリカシーのないことを聞いた」

「いえ、決してそういうわけでは……どうお話しするのがいいのか少し考えていました」

 信号はまだ赤のままだ。ぽつとフロントガラスに何かが落ちる。雨だ。午後から崩れると予報だったのに少々気の早い雨雲だったようだ。

「俺も一端の経営者として頑張ってきましたが、共同事業主になった人に持ち逃げされまして。虎の子の金だったんですよ。今時、金庫の金をとってトンズラする奴なんているんだなって」

 矢印信号は直進と左折のみ光った。自嘲気味に俺は笑うが熊野さんはただ、黙って聞いている。

「馬鹿な話ですよね。それでなんとか取り戻そうとしたんですけど、そのあとはもう坂道を転がるように……」

 そこまで喋ると不思議と鼻がむずむずしてきて、目がかゆくなってきた。右折の矢印信号が灯る。サイドブレーキをおろしギアを一速にし、半クラで進み始める。

「すまん……悪いこと聞いたの。大変じゃったな、その歳で」

「いえ……こちらこそ、なんだかすみません」

 ラジオはいつの間にかアップテンポな曲を流していた。しかし、車内は静寂そのものだった。フロントガラスには振り出した雨が叩きつけられる。傷んだワイパーがフロントガラスを拭うたびに引きずるような声を上げていた。

以前私は軽四に乗っていました。ターボ付きでしたので、よく走ってくれました。今の自動車は安全装備が多く車重が重くなりましたね。燃費はいいのですが。


※自転車の魔法使いもこれまで通り、毎週金曜日更新しています!あわせてごらんください!

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