第4話 「最適化ってヤツね」
それから1ヶ月ほど経った、11月。
毎年この時期になると、少し憂鬱になる。
私はスマホの中の、Googleカレンダーを眺める。
11/25……そこには、とある予定が埋められていた。
ふと、あの頃の記憶が蘇る。
仕事の帰り。
暗い夜道。
スマホ越しの……冷たい声。
――言われないとわからない?
――自分の胸に手を当てて、よく考えてみろよ。
「……で、どうするー?」
は、と私は我に返る。
慌てて視線を向けると、
Aが椅子の背もたれに全体重を預けながら、こちらを見ていた。
「……どうする、というのは」
はあ?と、Aが眼鏡を直しながら、答える。
「学会やん。有機化学学会。
ゆいさん、毎年行ってたやろ?
今年も行くなら、はよ休み申請して」
ん、と手を差し出された。
おそらく、申請用紙をよこせと言っているのだ。
「……Aさん。
今月から、Googleチャットでの申請に変わってます」
「おおっと、そうやった!」
Aは仰ぐように手を引っ込めた。
「最適化ってヤツね……また見とくわ」
「……よろしくお願いします」
Aがパソコンに向かった。
こなれた手つきで、アイコンをクリックする。
GWSが画面に広がるのを見ると、複雑な気持ちが湧いた。
……本当は、迷っていた。
学会に参加するか、どうかを。
私はちらと、机の脇に積まれた、数冊の分厚い専門書に目を向ける。
私は大学を卒業し、院を出た。
6年間、化学の知識を貯め、資格を取得し、ここで働いている。
それに比べて……
ゆいさん
何から始めますか?
AIはきっと、専門書など必要としない。
必死に頭に叩き込むこともなく、ただ出力するだけだ。
綿密で、隙のない答えを。
人間が、逆立ちしたって
辿り着けない境地。
私の、あの長い時間は、なんだったのだろう……
AIに、嘲笑われた気がした。
私はあれから、一度もAIに触れていない。
触れたら、何かが壊れる気がして。




