第3話 「答えるんかい……」
昼休憩。
私は委託先の会社へ電話をかける。
「あ、加藤さん。ちょうどよかった」
開発部門の主任、Kが応対した。
普段は愛嬌のある、どこか憎めない男性なのだが、
今は少し焦りが混じる口調であった。
「今ちょうど、君のところの試薬を使って反応をかけてるところなんやけど、上手くいかんのや。
白濁したり、沈澱したり」
「え?」
聞いたこともない現象だ。
「その、使用法は守られていますか?」
「え?君、僕の実験を疑うわけ?」
Kの言葉に鋭さが増した。
私は思わず息を吸う。
「いえ、そうではありません。
ですが例えば、溶解法に不備はありませんか?
濃度が狂っていたりするかも……」
「そんなわけないでしょ」
Kが不機嫌に応じる。
思う通りに仕事が進まず、苛立っている様子だった。
「これもしかしてさ、
不純物混じりの試薬を売り付けてきた?」
「そんなわけ……!」
電話越しに、はあ、というため息が漏れた。
「そうじゃないと、説明がつかないやん……」
「で、ですが、ちゃんとスペクトルに問題はなく……」
舌打ち。
「いいよもう、Geminiに聞くから」
ガチャン、と受話器が叩きつけられる音がした。
私はしばらく、受話器を握りしめたまま、
固定電話の前で固まった。
……は?
胸の奥が、じわじわと淀み始める。
そんなことまで、AIに聞くのか?
さすがに専門知識まで、
網羅しているわけがない。
――Geminiに聞くから。
Kの言葉が、私の脳内でこびり付く。
「…………」
まさか。まさかな。
私は白衣のポケットからスマホを取り出した。
画面の隅の四芒星のロゴを見つける。
震える指先で、タップした。
ゆいさん
何から始めますか?
Geminiのスタート画面が開かれる。
私は喉を鳴らした。
チャット欄に、文字を打ち込んでいく。
X-47試薬という化合物を
β-ラクトン経由の合成反応にかけた際、
溶媒の白濁および沈殿は起こりますか?
エンターボタンを押した。
すると、秒も立たない内に返答が来た。
私は思わずスマホを両手に持ち替え、画面を見つめる。
「……え?」
通常では起こり得ませんが、
考えられることは以下の2つです。
・pHの不適合
X-47試薬は通常
アルカリ性(pH8〜9)に調整されています。
一方、β-ラクトンは酸性〜中性付近で安定します。
・物理的な反応
混合時に立体構造が壊れ、
白濁や沈殿が発生する可能性があります。
β-ラクトンが失活する可能性もあります。
嘘だろう。
「答えるんかい……」
画面の中のAIは、当然のように黙ったままだった。
私は……
スマホの画面を切った。
何も言えなかった。




