79.料理人、カエルについて知る
「お前ら助けに……何やってるんだ?」
膝の上で行われた争奪戦が収集つかなくなり、殴り合いに巻き込まれそうになっているところにドワーフたちがやってきた。
その手には様々な武器が握られている。
『次はオイラの番だ!』
『拙者はまだ食べ終わってないぞ!』
「俺は膝すら乗らせてくれねーよ!」
今も俺の言うことは全く聞かず、お互いに主張し合っている。
「あぁ、ちょっと止めてくれないか」
俺は戸惑っているドワーフたちに助けを求めた。
事前に〝飯は作らないぞ〟と脅してみたが、やけに聞こえないのか、フリをしているのかわからない。
まるで何かに遮断されているような感じだ。
「あー、多分兄ちゃんたちすでに邪魔されているぞ」
「えっ、どういうことですか!?」
俺が話しても、ドワーフは困ったように首を傾げていた。
どうやらゼルフたちのように俺の声が聞こえてないようだ。
「んー、何が問題なんだ?」
考えていると、ドワーフは洞窟の天井に指をさしていた。
そこに視線を向けると、ここにもコウモリがぶら下がっている。
ドワーフは重心を下ろし、斧を構えると、そのままコウモリに向かって斧を投げた。
「あいつはサイレントコウモリだ。音を遮断してイタズラする性質があるからな」
どうやら声が聞こえなくなるのは、イタズラ好きの魔物の仕業らしい。
カエルが小さくなったことで、魔物も近づきやすくなったのかもしれない。
それにしても俺だけイタズラするとは、中々性格が悪いやつだな。
でも、これで俺の声も届くだろう。
大きく息を吸う。
「お前ら、静かにしないと飯抜きだぞ!」
張り上げた声は洞窟の中に響く。
ただ、あいつらには効果があった。
「はっ!?」
『クゥエ!?』
『ゲコッ……?』
その場で静止して、俺の方を見ておどおどとしている。
「えっ……それは本当か?」
『オイラ別に悪くないぞ……』
……うん。これでしばらくは静かになるだろう。
ただ、あのコウモリは再び俺たちの上を飛んでいる。
「よし、あれを倒したら許してやる!」
「やってやるぞおおおお!」
ゼルフはすぐに剣を抜くと、斬撃を放つ。
それでもコウモリは素早く動き、斬撃を避けてしまう。
『クゥエエエエエエ!』
白玉も翼をパタパタとして何かをするが、やはり効果はないようだ。
『お前たち弱いゲコッ!』
カエルは勢いよく温泉に入ると、みるみると体が大きくなる。
どういう仕組みかわからないが、本当にスポンジのように温泉を吸収しているようだ。
それに気づいたコウモリはその場から立ち去ろうとするが、カエルは見逃さなかった。
素早く伸ばした舌は、そのままコウモリを捕まえると、ムシャムシャと食べ出した。
「あれは美味いのか……?」
『ハルト、どうなの?』
ゼルフと白玉は聞いてくるが、俺は首を横に振る。
「料理に使ったことないからな……」
他国によってはおもてなしに使う高級料理として使われると聞いたことがある。
ジビエに近い味で、スープや煮込み料理に使われるらしい。
「食べたいなー」
『オイラも』
チラチラと見てくるが、俺はそれでも頷く気はない。
「コウモリって病気を持っていたりするからな……最悪死ぬぞ?」
少し大袈裟かもしれないが、これぐらい言わないとこいつらは聞かないからな。
「ゲッ……ゲッロオオオオオオ!」
それを聞いて、ゼルフと白玉よりも効いているやつがいた。
必死になって食べたコウモリを吐き出そうとしているが、中々吐けないようだ。
「いや、お前なら大丈夫じゃないか? ずっと食べてたんだろ?」
『ゲコォ……』
「それに聖蛙だし」
聖蛙と言われてカエルはどこか安心そうな顔をしていた。
「よかったな!」
『さすが聖蛙だぞ!』
さっきまで喧嘩していたのに、今はそろってカエルを持ち上げている。
「単純だなお前ら……」
俺は呆れながらため息をつく。
『ゲコッ! 当然の結果ゲコ!』
カエルはどこか得意げに胸を張っているが、口の端にはまだコウモリの羽がついていた。
「いや、ちゃんと拭けよ……」
指摘すると、カエルは慌ててぺろりと舌で口元をなめ取る。
「なぁ、兄ちゃん……?」
「あっ、さっきはありがとうございました」
ドワーフにお礼を伝えるのを忘れていた。
ただ、ドワーフはチラチラとカエルの方を見ていた。
「どうかしました……?」
「あっ、いや……本当に聖蛙なのか?」
「あー、泉守の聖蛙って言って――」
ドワーフたちはお互いに顔を見合わせると、すぐにカエルの前に行き跪いた。
深く頭を垂れ、まるで王に仕える騎士のように声を揃えた。
「聖蛙様、どうか我らの無礼をお許しください……」
『ゲコッ!?』
突然の展開に、当のカエルが一番驚いていた。
さっきまで温泉を吸って巨大化し、コウモリをむしゃむしゃ食べていたやつとは思えないほど、目を白黒させている。
「いやいや、ちょっと待てって……」
俺は慌てて割って入るが、ドワーフたちは聞く耳を持たない。
「泉守の聖蛙といえば、森や山の守護そのもの……」
「その御身がここにおられるとは……」
どうやら白玉が人間に讃えられる存在だったのと同じで、聖蛙はドワーフにとって大事な存在なんだろう。
『えっ、えっ……そうなのゲコ?』
だけど、本人が一番理解していなさそうだ。
むしろ「さっきまで吐きそうになってたやつだぞ」と言いたいが、空気的に言いづらい。
「いや、たぶんこいつ……」
「兄ちゃん、黙っとれ!」
ドワーフの一人に真顔で制される。
おい、散々俺に飯を作らせてこの仕打ちとは……。
「聖蛙様、何かお困りはありませんか?」
『ゲ、ゲコッ……? んー、牛乳が飲みたいゲコッ?』
カエルは一瞬こちらを見るが、俺はあえて視線を逸らした。
「兄ちゃん、牛乳の準備を――」
「……俺を何だと思ってるんだ?」
すぐに俺よりもカエルに乗り換えるドワーフたちはもう知らない。
聖蛙って言っても、普通にデカいだけのカエルだからだな。
「ゼルフ、白玉帰るぞ!」
「んっ? もう帰るのか?」
『アイツも困ってそうだが……』
チラッと振り返ると、カエルはドワーフにチヤホヤされて戸惑っていた。
もう温泉は堪能したから、別に洞窟にいなくても大丈夫だ。
俺はキッチンカーに乗り込み、そのまま洞窟の出入り口に向かった。
『ゲッコオオオオオオ!』
少し悲しげなカエルの声が洞窟に響いていた。
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