77.料理人、温泉の作法を教える
その後、俺は服を投げ捨てて温泉を堪能していた。
「はぁー、やっぱり温泉は最高だな」
この間入った時よりも明らかに熱く、湯に触れている肌がピリッと刺激を受ける。
体感的には40℃よりも少し高いぐらいだろう。
元々熱めの温度も好きだったから問題ない。
「もうダメだ……」
『きもぢわるいよ……』
一方、温泉に慣れてないゼルフと白玉は外に出て項垂れていた。
どうやら限界まで入っていたら、外に出してくれるらしい。
意外に良心的なカエルのようだ。
そのカエルは今――。
『ゲコゲコッ!』
俺の隣で優雅に温泉に浸かっていた。
チラチラとこっちを見てくる。
まさかとは思うが、耐久勝負でもしているつもりか?
ちなみに俺はスーパー銭湯に行ったら、1日中楽しめるぐらいだから、湯あたりもあまりしない。
ただ、ここまで硫黄成分が強く、温度が高めの温泉は、俺の通うスーパー銭湯にはなかった。
「なあ……お前たちいつまで入るんだ?」
『オイラ、喉乾いた』
少しだけ元気になったゼルフと白玉は暇そうにしていた。
「ゼルフは着替えないのか?」
「今の俺はアツアツだから、服なんていらねーぜ!」
ああ、単に体が火照ってるのだろう。
暇ならキッチンカーにある服を着ればいいものの、ゼルフはいまだに全裸でいる。
ここの温泉は保湿力が高く、熱が逃げにくい特徴があるのかもしれない。
「それならキッチンカーの冷蔵庫に牛乳があるから、それを飲むと最高だぞ」
俺の言葉にゼルフと白玉はすぐにキッチンカーの中に入っていく。
「ハルト、これか?」
『なんで瓶に入ってるの?』
小さめな瓶に詰め替えた牛乳を見て、ゼルフと白玉は首を傾げながら持ってきた。
「温泉後の牛乳って言ったら、瓶じゃないとダメだろ」
いつか温泉に入れるようになった時のために、小さな瓶に牛乳を詰め替えて、ラップと輪ゴムで入り口に封をしていた。
瓶だと牛乳パックよりも冷えるからな。
「いただき――」
「ちょっと待った!」
俺はその場で立ち上がりゼルフを止める。
「温泉後の牛乳はちゃんとした飲み方があるんだよ」
「『飲み方……?』」
ゼルフと白玉はキョトンとした顔で俺を見ていた。
きっとどうやって飲んでも味は一緒だろって思ってそうだ。
だが、温泉後の牛乳は一気に流し込むのが醍醐味だからな。
「まずは片手に牛乳、もう片方は腰に手を当てる」
「ほぉ……」
『オイラはできないぞ……』
白玉は翼を広げていたが、腰に羽を当てようにも、曲げることはできないようだ。
あとでガラスの皿に移してから飲んでもらおう。
「その格好だと姿勢が安定して、胸が開くから一気に牛乳を流し込みやすいんだ」
「別に一気に飲まなくても……」
「はい、ゼルフくん静かに!」
せっかく温泉を堪能したなら、牛乳の飲み方もセットで体験してもらいたいからな。
「こうやって俺のマネをするように……一気に牛乳を流し込むんだ」
「はぁー、わかった」
絶対口のうるさいおじさんのように思われていそうだが、これだけは譲れない。
ゼルフは瓶を口に当て、一瞬だけ息を止める。
そして――少し体を逸らし、一気に流し込んだ。
ゴクゴクと音を鳴らしながら、牛乳を流し込んでいる姿を見て、俺も早く外に出て飲みたくなってきた。
「ぷっはぁー!」
牛乳を飲み終えたゼルフは声とともに息が吐かれる。
「どうだ、最高だろ!」
「ああ! これを知らなかったのが残念だと思うぐらいだな!」
ついにゼルフも温泉後の牛乳に魅了されたようだ。
俺も仕事で疲れ切った時に、ふと立ち寄った銭湯でおじいさんに教えてもらったからな。
あのおじいさんに出会わなければ、温泉の良さもわからず、理不尽な上司に心を壊されていただろう。
『オイラもやる!』
「……できるのか?」
白玉もゼルフに催促するが、さすがに腰に手も当てられないし、瓶も持てないが――。
「あっ、翼を広げることはできるか?」
『そんなの簡単さ!』
白玉は翼を名いっぱい広げる。
温泉効果なのか、白玉の翼は普段よりも強く輝いていた。
羽根一枚一枚が光を弾き、神々しさすら感じさせる。
普段の白玉からは考えられないほど〝聖鳥〟の言葉が似合う。
「よし、ゼルフ! あとは流し込め!」
「おう、任せろ!」
顔を上に向けて口を開けている白玉に牛乳を流し込んだ。
人間とは違ってゴクゴクと喉の音が鳴ることもなく、一気にスーッと流し込まれる。
咽せないかと少し心配になったが、今にも蕩けそうな白玉の顔を見ていたら、俺の心配は不要のようだ。
『クゥエエエエ!』
洞窟に白玉の声が響いた。
さっきよりも翼が輝き、洞窟はさらに光に照らされる。
もはや白玉の輝きで目が開けられないほどだ。
「白玉、最高だろ!」
『クゥエ! 生きててよかった!』
「ああ……俺も、生きててよかったと思ったぞ……」
これが温泉の良さでもある。
仲間にその良さが伝わってよかった。
ゼルフに関しては、俺と出会うまで生きるのも嫌になっていたぐらいだからな。
「じゃあ、俺はもうしばらく温泉に浸かっているから、ゆっくりしてろよ」
まだまだ温泉が足りてない俺は再び腰を下ろして、持たれるように浸かる。
どこから温泉が湧き出ているのかはわからないが、凸凹がある部分があるから、ゆっくり座れるのはいい。
「はぁー」
俺はゆっくり息を吐く。
まさかどこかわからない異世界に来て、温泉が堪能できるとは思ってもいなかった。
温泉に誘拐した……いや、招いてくれたカエルに感謝――。
「あれ、あいつはどこ行った?」
さっきまで隣で耐久性勝負をしていたカエルがいつのまにか姿を消していた。
「カエルが帰る……くくく」
「ぬぉー、なんだお前は!?」
俺がクスクスと笑っていたら、ゼルフの驚いた声が聞こえてきた。
ゼルフに視線を向けると、カエルに押し潰されていた。
やっぱりあいつはゼルフが好みなのか?
『拙者にも飲ませるゲコ!』
「飲ませる……って?」
ゼルフは自身を押しつぶすカエルの言葉を聞いて首を傾げていた。
だが、気になるところはそこではないだろう。
「『ははは……話した!?』」」
突然話しかけてきたカエルに俺と白玉はただただ驚くばかりだった。
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