03 サラー8歳まで
「身体の具合は大丈夫ですか?」
「うん。問題ないよ~」
僕は目の前に座る取調官である、そこそこ疲れているように見えるローズと名乗る女性の取り調べ前のあいさつ代わりと化した質問に答え、いつも通りの会話をする。
「異変を感じたらいつでも言ってください」
「うん。その時はお願いしま~す」
身体の調子が悪いようなことはここに来てから今の一度も無いから問題ないかな。強いて言えばちょっと目が痛いと言ったところだけど、原因は分かってるから言わなくてもいいよね。
「......」
「......」
普段はもう少し会話が弾む、というより彼女のプリ卒関連の話がしばらく続くんだけど、すぐに喋り始めようとしない彼女の様子から本題が来るんだろうな~と僕はのんびり待っていた。
「......貴方達の素性を詳しく調べたい――」
「いいよ~」
なんか、間をおいてから話題を持ち出してきたね。
何かあったのかな? ま、僕には関係ないけどね。
要するに、僕らが異なる世界から来たっていう証拠みたいなものが欲しいんでしょ?
支援車両とその中身じゃ足りないのかな? まあ、僕にはその辺よく分からないからいいか、僕らが異世界から来たのは真実だしね。
色々とあるけど、映像付きの通信機器なんて無かったからここは絶対に僕らの知らない世界だよ。しかも、軍事利用以外でさらに貴賤問わずある程度自由にも使われてるっぽいしね。
あんな凄い技術がもし僕らのいた国にあったらまず間違いなく軍が独占しているはずだし、それっぽいものは駐屯地では見たことなかったね。
ま、そんなことより、いつでもたいちょーサンと面と向かってお話しできるなんて素晴らしい機器だよね。
あと、たいちょーサンってこういう機器に不得手なのかそれとも遠慮してるのか基本的には受動的なんだよね。いつもメリナかイーザ、たまにヴァネッサが全体通信で呼びかけることが多くて、たいちょーサンから皆へ呼びかけられたことなんて無いんだよね~。まあ、それは僕のせいでもあるんだけど。
たいちょーサン、個人通信で話しかければ普通に繋げてくれるし、切り方が分からないのかこっちから切らない限りずっと切らないんだよね。
なんかこの通信機器、相手の機器に電源が入っていない時にこっちから通信をすると相手の機器は勝手に電源が入って着信を教えてくれて、その状態から通信をして、通信中にこっちから切って通信を終わらせると相手の方は自動的に機器の電源が落ちるっていう仕組みなんだけど、たいちょーサン、こっちが個人通信でかなり粘って長話をして眠たくなると機器の電源が落ちてるのを確認しないで寝ちゃうんだよね。
それに、こっちが音声通信に切り替えて、たいちょーサン側の画面を真っ暗にすると電源が切れたと勘違いするんだよね。一応、使い方は教わっているはずなんだけど。
ちなみに、機器と寝台の位置がほぼ直線で機器に付いてるカメラってやつで寝台の様子まで映像に捉えることができるんだ。そして、眠くなってきたたいちょーサンは僕が静かにマジマジと観察しても全く気づかずに寝台で寝ちゃうんだよね。本当に可愛いな~も~。
そうそう、この通信機器には録画っていう機能があってね。たいちょーサンの私生活、特に着替えやぐっすり眠っている姿をこっそり観察しているのは秘密だよ。
「えっと、名前をお願いします」
「僕の名前はサラーって言うんだ~。歳は14、出身は皇国南部の首都と端の町の中間あたりにある職人町だよ~」
やっと話しかけてきたね。
随分時間をかけ、意を決したように話しかけてきた彼女に僕はすぐに気持ちを切り替えて答える。
「姓や家名は無いのですか?」
「無いよ~。平民だからね~」
たいちょーサンやメリナから大まかな話の流れは聞いていたけど、僕は確認のためにとりあえず様子見で嘘をついてみた。
「......」
「......はいはい。
姓はガウストだよ」
なんだか知らないけど、この人らに嘘って通用しないんだよね。記録官の人が見ている画面に何か秘密がありそうと思って気づかれないよう覗いてみたけどよく分からなかったんだよね。まあでも、これに関してはたいちょーサンかメリナがすでに言ってある可能性が高いんだけど。
ま、そんなことより、正直なことを言えば、知らない人間に土足で自分に関する細かい事情を調べられるのは不快なんだよね。特に僕にとって無かったことにしたいほど嫌なことに関しては。
良いことも嫌なことも含めて僕のことを知っていいのはたいちょーサンだけなのに。誰にも邪魔されず2人きりでじっくりお話しする機会がほとんどなかったからあんまり話せていないのに。
まあでも、単純に僕が2人きりになって会話をする勇気がないだけなんだけど。いやー、分かってるんだけど、いざ2人きりになった時に話しかけようとしてもどうしても関係ないことから話し始めてどんどん変な方向に行っちゃうんだよね。
この世界に来る前に星空の下、いい感じの雰囲気でたいちょーサンと2人きりで自分のことや将来について話す機会があった時は後ろで寝ている皆に聞かれてる可能性を警戒して変なこと言っちゃったしなぁ。
思い返すと恥ずかしくなってくるね。
ま、まあ、そんなことより、僕のせいでたいちょーサンが迷惑を被らないように今回に関しては真実を話していくしかなさそうだね。
非常に不快だけれど。
本当に、どうしてたいちょーサンよりも先にコイツ等に話さなきゃいけないんだよ。
しかも、上に報告するんだろ?
はあ、本当に嫌になるね。
乱高下する気分を自覚していたけど放置した僕は沈んだ気分のまま話し始める。
「父さんの名はリヌス、母さんはヤーナ。
食堂兼宿屋を経営してたよ。従業員は食堂と宿で男と女1人ずつの計2人。僕も軍に入るまではそこでお手伝いとして働いてたよ」
父さんと母さんの詳しい過去は知らないけど、父さんは皇都の大衆食堂の料理人、母さんは南部の都市の商家の娘、それぞれ18と16の時に結婚して僕を産んだらしいよ。
で、従業員の方ももともと父さんや母さんの元部下だったとかで、僕が産まれて3年くらいに職場を辞めてこっちに来たらしいよ。名前も含めてコイツらの話は今となっちゃどうでもいいことだよ。
僕は心底面倒くさそうに説明を終えた。
昔よりも今の方が絶対的に幸せであるのにどうして嫌なことしかない昔のことを思い出しながら話さなければならないのか。
でも、きちんと答えないとたいちょーサンに迷惑がかかる。でも嫌なものは嫌だ。
たいちょーサンから嫌なら無理に言わなくてもいいと言われてるけど、僕の場合は過去全てが嫌だからな~。どうしたもんかな~。
頭がごちゃついてるところに彼女から質問が来る。
「えっと、学校には行かなかったのですか?」
「学校は専門的な知識を学びたい奴と人脈作りに励みたい奴のための二種類しかないよ。
僕の場合はどちらにも当てはまらなかったし、両親から基本的な読み書き算術は教わってたから行かなかったよ」
さらに言えば目利きや調理法といった料理に関することは父さんから、仕入れや管理といった経営に関することは母さんから学んでたのと、将来は父さん達の店を継ぐことが決まってたから学校に行く必要は無かったね。
人脈も、有力な貴族と繋がりを持つ必要は無かったし、商売に関わる相手は町の連中がほとんどだったから他の町や都市、領地の人達との交流も必要なかったからね。一応、宿泊客のほとんどは町の外からくる人達だけど、情報を交換するくらいの付き合いしかしないから深く関わる必要も無かったね。
必要なことと言ったら町の連中と仲良くすることかな。愛想を振りまくとかそういうのじゃなくて困ったときの助け合いをするといった当たり前のことだけど。
普通に美味しい飯と普通な部屋を提供するどこにでもある普通の店の一つってことで町に馴染んでたし、僕もそこに入ってたわけだし、このまま普通な日々が続くと思ってたんだよね。
この時の僕はこれ以上の幸せは無いと思ってたのかもね。
「では、軍に入った理由は」
軍に入った理由? 孤児でも親が失職したわけでもないのにわざわざ軍に入る理由なんか決まってるじゃんか。
僕は若干イラつきながら彼女の質問に答えた。
「んなもん決まってんじゃん。両親が死んだからだよ」
「えと、できれば詳しく」
察しが悪いなぁ、こいつ本当に取調官なの?
ああ駄目だ。イライラする。でも、ここで暴言や暴力による事件でも起こせば間違いなくたいちょーサンに嫌われちゃう。
僕は心を落ち着かせつつ簡潔に話していった。
「とーさんが軍人になって死んだ。んで、糞みたいな男が来てかーさんと再婚した。従業員は2人ともかーさんが辞めさせた。
で、糞男が軍に捕まった。僕もかーさんも軍に連れてかれた。
で、かーさんは自殺。
行き場がなかったから僕は軍に入った。
それだけだよ」
「あの、すみません。もう少し詳しく」
「......」
ああ、駄目だ、イライラが抑えられないよ。
人の嫌な記憶を探って何したいんだよ。僕らが異世界から来たって、現物を見りゃわかるだろ?
そんなのも分からないのかよ。
「はぁ」
僕は盛大な溜息をついてから色々と諦めた。
「今から話すことは僕が8歳の頃の最も印象の残っている出来事だよ。
一方的に話すから質問は後で受け付けるよ」
「え? ちょっ」
そう言い放って僕は彼女の反応を無視して話を始めた。嫌なことはさっさと済ませるに限るよね。
今でも思い出す、歯車が狂った出来事をね。
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「サラー。定食を運んでくれー」
「うん。分かったー」
父さんが切れ端の肉と切れ端の野菜を適当に炒めて皿に盛りつけた一番安い料理を僕は、炊いた米を椀に盛り付け、きのこの汁物を別の椀によそってから盆に乗せ米と汁物を順に乗せていった。
この定食、正式名称は肉野菜炒め定食だけど店で最も安い定食だから客からは安定って呼ばれてる。
そして、他の定食よりも材料や調理にかかる費用がかなり安く作れるんだけれど、あえてただ安く売るんじゃなくて2番目に安い定食より少し安めに売ることで全料理の中で最も多くの利益を出している。
これは母さんの案で、父さんの調理技術が無いと上手くいかないらしい。
僕はまだまだ未熟でよく分からないけど、実際、安定を注文する客は一定数いるので、母さんの考えはあっているのだろう。
そんな定食を持って僕は注文した客の座る、店の奥にある2人掛けの机へ向かって他の客にぶつからないよう昼時でごった返す、少し狭い店内を歩き始める。
「お、嬢ちゃん、お手伝いか? 偉いねー」
「そーだよー」
「ヤーナさんはどうしたんだい?」
「母さんは上の部屋の清掃を従業員達としてるよー」
「安定かー、どうすっかな」
「日替わりにするといいよー。
今日は煮物だよー」
「サラーちゃんは今日も可愛いねー。
お母さんが美人さんだし、将来が楽しみだよ」
「はいはい」
道中、僕に話しかける客を適当にあしらいながら僕は料理を運んでいった。
ここの客は父さんの料理目当てよりも母さんや女従業員目当てで来る奴の方が多い。そして、たいていが安定を注文する。本当にしょうもないよね。
ま、父さんや男従業員が目を光らさせてるから馬鹿なことはできないようにはなってるよ。というより、互いに牽制しあってると言った方が正しいのかも。
たまに、僕を見る目が怪しい奴とかいるけど、そういう奴は一目でわかるから近寄らないようにしてる。
なんだかんだで目的地まで辿り着き、そこに座る1人の男の手前付近に僕は料理の乗った盆を置き、料理を一つずつ目の前に置いて並べていく。
「はい、炒め定食だよー」
「お、ありがとさん。今日も美味そうだな」
「じゃ、ごゆっくりー」
客との軽いやり取りを終えて僕は盆を持って厨房まで行きと同じような道を同じように気をつけつつ帰り、ついでに他の客の空いてる皿や椀を回収していった。
「おい、聞いたか? ついこの前、境の町が魔獣にやられたってよ」
「本当か?」
客が帰り、空いた机にある食器類を盆に乗せて机を拭いている途中、気になる会話が聞こえてきた。
ふと聞こえた方向である背後をコッソリ見てみると2人の男が食後の茶を飲みながら世間話をしているのが見えた。
「ああ、本当だ。そこに住む俺の親戚が頼って来てな。
そんなことよりも、ここ最近魔獣の襲撃が多いよな。軍は何やってんだろうな?」
「さあな」
「最近の軍はたるんでるんじゃないか?」
「そうかもな」
「訓練してるだけで金が貰えるなら俺も軍に志願してみようかと思うんだが」
「やめとけ、あそこは魔力の量で格付けしあってるところだぞ。
それに、職を失ったからって行くようなところじゃねえぞ」
「職を失ったは余計な話だ。
ん? なんだ? お前、詳しいのか?」
「まあな。あまり話せねえし、ここだけの話だからな......」
僕は気になったので作業をするふりをしながら聞き耳を立てていたのだが、小声で話し始めて聞こえなくなってしまった。
続きが気になるけれど、僕は給仕の仕事を優先させた。
軍がだらしないのは皆薄々は気づいてるよ。でも、下の兵士達はよくやってくれてるってのも言ってた。
僕もこの前2人の成人したばかりだと思う女兵士を見たことがあったんだけど、堂々としていてとても頼りがいのありそうな人達だったよ。憧れはしないけど。
たまたま通りがかった親子の、僕より小さい子共が手を振った時なんか笑顔で手を振り返してきたし、良い人達なんだろうなというのは分かったよ。それと同時にどうして軍なんかやってるんだろっていう疑問もわいたけど。
とそんなことを思い出しながら僕は回収した食器を盆ごと父さんに渡す。
「父さん、さっきので注文は全部終わったよー」
「おー。分かったー。
母さん達はどうだー?」
「んー。
あ、今来たところー」
伝票を確認しながら父さんと話をしていると階段を降りてくる足音が聞こえたから、振り向いてみると母さんと2人の従業員がいた。
男が厨房へ、女が表へ向かったのを確認した母さんが僕に手を合わせながら謝ってくる。
「遅くなってごめんね」
「今終わったとこー。
全員注文は済んでるから、あとは片付けと勘定かなー」
労働者達が昼飯を求めて忙しくなる時間に何組かが昼飯ついでに宿の勘定を済ませようとしてきたので昼食を総動員で用意した後、次の宿泊希望の客が同じく昼飯ついでに来たので母さん達が急いで部屋の清掃をすることとなっていた。
「あとは母さん達がやっておくから奥で休憩してていいよ」
「うん。分かったー」
「飯は作ってあるからなー」
「うん。ありがとー」
そう言われた僕は適当に米ときのこ汁をよそい、いつの間にか父さんが用意した肉焼きと一緒に持って厨房の隅にある机に座ってご飯を食べた。
しばらくして忙しい時間が過ぎ、食堂に客が誰もいなくなったところへ厨房から出てきた父さんがみんなに声をかけてくる。
「皆、聞いてくれるか?」
「?」
普段のような、気の抜けたものとは思えない父さんの真面目な声に僕は机を拭いていた手を止めて父さんの方を向き、同じく食堂の清掃をしていた母さん達も手を止めた。
僕らの手が止まったのを確認した父さんは適当な4人掛けの机に座るよう手で合図した。
よく分からないまま座った僕らを見た父さんは席に座ることなく立ったまま緊張した面持ちで口を開けた。
「僕、軍に志願しようと思うんだ」
「「え?」」
「は?」
父さんの突然な内容に従業員達と僕は驚いて声が漏れた。
軍に志願? 何を言ってるんだ? と、いきなりのことに頭が混乱しているところに母さんが声を荒げる。
「あ、あなた、何を言っているの!?」
普段なら母さんの言葉に一歩下がるところだが、父さんは狼狽えることなく一人が足りを始める。
「最近思うことがあってね......」
いつもの父さんと雰囲気が違うことを理解した母さんは父さんの話を黙って聞き始めた。
「僕は今とても幸せなんだ。素晴らしい妻がいて可愛い娘がいて、夢だった立派な店までかまえて」
何を言っているんだろう父さんは、と僕は唐突に始まった話についてこれず素直な感想を心の中で漏らしていた。
そんな僕のことなど気にも留めず父さんは酔ったように話を続ける。
「だからこそ思うんだ。この幸せな時間がずっと続かないと考えた時の恐怖を」
父さんの様子に誰もが息を呑み、ただただ成り行きを見守っていた。
「ここ最近の魔獣被害は聞いているだろう?
もし、このまま被害が拡大していけば僕らだって絶対安全とは言い切れない」
皇国の最前線と言えば北部であるが、最近では南部の方が魔獣の発見報告や被害に関する情報が多いのではと巷で噂されるほど魔獣による被害が増えてきたという話が労働者達の間で話題になっていた。
さっきの話と今の話を聞いて僕はまさかと思った。
そして、母さんも思い至ったのか、驚いた様子で口を両手で押さえると同時に、父さんは口を開く。
「だからこそ、僕は軍人になって君らを守れるようになりたいんだ」
予想通りの父さんの言葉に母さんは言葉を失い、僕はやはりという感想を抱いた。
確かに最近の軍は頼りないという意見が大半だと思うけど、父さんがわざわざ軍に入る理由が全く分からない。
軍の不始末は領主や国の責任じゃないのか、と僕が思っているところに母さんが声を荒げる。
「なっ! どうしてあなたがわざわざ軍なんかに!」
母さんの言葉を予想していたのか、父さんは落ち着いた様子で説き伏せるように話し始める。
「人手が足りないんだ。
下手をすれば、サラーが大人になる頃かそれ以前に彼女や僕らが徴兵される時代が来るかもしれない」
たしかに、父さんの言う通り、軍人の人手不足が諸々の不始末の原因なのではないかという意見や将来、領主や国が徴兵令を出す可能性もあるという意見はここに来る客や町の人達がよく話しているので知っているし、その不安も分からなくもない。
僕だって店を辞めて両親と離れ離れになって軍人にならなきゃならなくなるなんて嫌だ。
「だったら、今ここで僕が軍人になって君やサラーを守りたいんだ。
それに、僕はまだ20代だ。決断は早いに越したことは無い。むしろ、時間をかけてしまってはどんどん選択肢が狭まっていくんだ」
でも、だからと言って父さん1人が軍に志願したところで何の意味があるって言うんだ。
そう言おうとしたけど、父さんの揺るぎない眼を見た僕は何も言えなかった。
僕と同じだったのか、母さんも別の方向から切り崩そうと話しを変えてくる。
「あなた、気持ちは嬉しいけれど、店はどうするの?」
これも想定済みだったのだろう、父さんは従業員達と僕を見てから母さんの方へ向き、力強く答える。
「君らで十分回せるはずだ。それに、君がいれば少なくとも経営面では大丈夫さ。
なあに、心配はいらない。月に1度は帰ってくるよ」
駄目だ、父さんはもう。
僕は諦めた。
母さんも顔を下に向け両手で押さえていた。
従業員達もただただ黙っていた。
いつまでもこの空気が続くと思っていたその時、階段から足音が聞こえてきたので全員が音のする方へ顔を向けた。
すると、階段から降りてきた客がキョトンとした顔でこちらを見て、その後、外出がしたいと言ったので母さんが手続きをするため受付の方へ向かっていった。
そのままの流れで僕らは解散となり、普段通りの業務に戻ることとなった。
その日の夜。
僕は父さんを止めるべく、母さんの部屋の扉を叩いた。
途中で邪魔が入ったけど、父さんを止められるのは母さんしかいない、僕はそう考えてすぐに行動を起こした。
許可が下りて扉を開けて部屋に入った僕は帳簿類でいっぱいになった本棚を見てから、母さんが寝台に腰かけるのを眺めていると母さんから作業机に座るよう勧められたので椅子を母さんの方へ向かせるようにして座った。
しばらく無言の時間が過ぎてから、どう切り出したものかと悩む僕よりも早く母さんがゆっくりと口を開く。
「あの人はね、仕事人間だったのよ」
母さんの口から昔の父さんについての話が出てきた。
2人が出会う前の頃、父さんは常に料理に関して追及することしか頭になく、度々他の料理人や従業員、さらには客と揉めることが多かったらしい。
そこに、たまたま仕事で皇都に来ていた母さんが仕事終わりのついでに店に寄った時に出会い、母さんが一目惚れした。
その後の母さんは積極的に皇都への仕事に取り組みつつ、何度か店に寄っては父さんへ接触を図ったけど、肝心の父さんは母さんに微塵の興味が無かった。
父さんの両親は物凄く賛成していたけど母さんの両親は反対した。けど、母さんの熱意と父さんの出した料理に首を縦に振った。
父さんから見ればなし崩し的に結婚する羽目になったけれど特に何も思わず、ただただ仕事に精を出しつつ適当に母さんの相手をしていた。
母さんの相手も仕事の一つと思っていたらしい。
だけど、心境が一変する事態が起こる。
「それが、貴方が産まれてから私と貴方を守るんだと張り切るようになってね」
僕が産まれてから、父さんは人が変わったかのように母さんと僕の相手をするようになり、職場での態度も変わった。
最初は皆気味悪がっていたけど、父さんの変化は良い方向のものだったのですぐに受け入れられ、以前に比べて職場の空気が良くなった。
だけど、子煩悩すぎるところがあったせいか、ことあるごとに子供である僕の自慢を同僚であろうが上司であろうが客であろうが誰彼かまわずしていた。
「どうにも行き過ぎることが多くて、それを支えるのが、いえ、支えられることが私はとても嬉しかったのよ」
しびれを切らした店長に店を追い出され、今のようにこの町で食堂兼宿屋を経営するようになった。資金は母さんの実家からだったけど。
最初の頃の父さんは食堂と宿屋を両立させようと躍起になっていたけど、結局、宿屋は母さんの管轄、というより経営面に関して全てを母さんが管轄することになった。
最初はしょんぼりしていたけど、すぐに気を取り直して料理に関して全力で取り組むようになり、今では母さんの実家に資金分のお金を返し、町でそこそこ有名な店になった。
「でも、どうしてこんなことに......」
全てを話し終えると母さんは両手で顔を覆った。
順風満帆な生活であったにもかかわらずどうして危険なことに足を突っ込む必要があるのか、母さんの話を聞いた僕は父さんを説得するためには母さんの力が必要だと再度認識し、あの時何故か弱腰だった母さんをなんとか焚きつけようと即座に考えた。
「......母さんは、どうするの?」
でも、両親の昔話を聞いた僕はただただ母さんに尋ねることしかできなかった。
「......」
母さんはしばらく黙っていたけど、ゆっくり両手を外しながら顔を上げた。
「ここまで来てしまったのならもう止められないわ。
だから、私はあの人を支えるわ」
そう言った母さんの顔は覚悟を決めているようだった。
分からない......
そう思う僕の心境を無視して母さんは喋り続ける。
「だって、私はあの人の妻ですもの」
分からない......分からない......
夫婦だからなんだって言うんだ。危ないことに変わりないじゃないか。
「それに、あの人は変に頑固ですもの。まあ、そういうところに私は惚れたのよね」
分からない......分からない......分からない......
惚れた相手がわざわざ命を落とすかもしれない場所に行こうとしているのに止めないなんて可笑しいよ。
「そういえば、軍はとても厳しいって聞いたわ。
もしかしたら、辞めて帰ってくるかもしれないわね」
そんなの希望的観測に過ぎないよ。母さんがいつも言ってるやつじゃないか。それに、父さんが人手不足って言ってたじゃないか。絶対、軍は志願者を何が何でも手放すとは思えない。僕が見かけたあの成人したての女兵士もきっとろくでもない事情で兵士をやらされてるんだ。
どうして止めようとしないの? どうして怒らないの? どうして笑えるの? どうしてどうしてどうしてどうしてどう――。
「ふふっ。分からないって顔をしてるわね」
母さんの言葉に僕は我に返った。
そんな僕に母さんは優しく諭すように話しかけてくる。
「貴方も、いずれ恋をし、愛を知れば分かるようになるわ。
馬鹿なことをする相手を許してしまう気持ちをね。たとえ、後悔するようなことになっても」
何を言ってるの? 下手をすれば死ぬかもしれないんだよ? それで本当にいいの? 子供の僕が知ってることをどうして理解できないの?
「こうなってしまったからには、私達はここをなんとしてでも守るしかないわ。
あの人がいつ帰ってきてもいいように」
ああ、母さんも駄目だ。
僕は諦めた。
「もうこんな時間。
ごめんなさいね。
それじゃあ、お休み」
「お休み」
そう判断した僕は母さんに寝る前の挨拶を済ませて部屋を出た。
どうして父さんは軍なんかに......
どうして母さんは受け入れるんだ......
どうして僕は......
頭がぐちゃぐちゃになる感覚を抱いたまま僕は自分の部屋に戻った。
結局、母さんに父さんを説得させることはできなかった。
脱力感に襲われた僕はそのまま寝台に突っ伏すとそのまま眠った。
・
・
・
「この後、何度か父さんは帰ってきて、近況報告みたいなことをしては帰ることを繰り返すよ」
父さん曰く、所属先の第5大隊・第6小隊は良い人達ばかりで好戦的ではないし、哨戒任務や施設内の警備任務が多く、軍そのものは噂されるような酷い環境じゃないことに安心したのと、徹底した訓練で自分の考えが甘かったことや実際にきちんと鍛えられていることや僕や母さんをきちんと守れることの実感がわいてすごく充実してるとか言ってたよ。
元気そうな父さんを見て母さんはいつも安心してたけど、父さんがいない間はいつも不安そうにため息を吐いてたよ。本人は隠せてるつもりだったけど普通にバレバレだったし、その隙を狙って母さんに手を出そうとする輩が多くて大変だったね。
それを父さんに話したけど父さんは軍を辞めることは無かったよ。代わりに帰ってくる頻度が増えたけど。
「それに、父さんが軍に志願したことで町の住人のそこそこの人数が同じように志願してね」
第6小隊に入隊した何人かの新兵が同じ町の住人だったのと時折父さんが飯を作って振る舞ったことで意気投合したらしく、皆で町を守るを合言葉に訓練に励んでいたよ。
たまに、仲間を連れて家に帰ってきたこともあったよ。
おかげで家に軍人が集まる場所として変な輩が近づいてくることが減ったのは有難かったけど。
「なんだかんだでこの生活が3年は続いたんだよね」
最初の1年くらいは母さんは心ここにあらずって感じだったけど、2年続くと慣れてきたのか、父さんがいない間は、それはもう張り切っていた。相変わらずため息はこぼれるけど。
従業員の男が母さんが用意した食堂用の材料をもとに計画して作って提供していたけど、帰ってきた父さんは休むことなく、同じ材料を使ってそれを上回るほどの料理を提供して客を唸らせてた。
で、父さんが帰ってきた日の母さんは何処だろうとお構いなしに父さんに1日中甘えまくっていた。父さんも満更でもなさそうにして受け入れてたよ。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに。
「ま、第6小隊が壊滅して父さん諸共綺麗サッパリ消えてなくなったんだけどね」
「えっ?」
「それも、あの男、第6小隊長のせいでね」
はあ、あの男の話をしなきゃいけないのか。嫌だな。
「あの、今日は一旦ここまでにしませんか?
私も、その、まとめたいので......」
おそらく顔に出ていたんだと思う、突然、彼女が僕に声をかけてきた。
「......」
彼女の提案に僕は少し悩んだ。
嫌なことはさっさと済ませたい。でも、今は凄く気分が悪い。
この状態であの男の話をしなきゃならないなんてとても嫌だ。絶対に暴言、いや、手が出ちゃうかもしれない。そうなるとたいちょーサンに迷惑がかかる。
ふと、膝に乗せた手を見てみると無意識でかなり強く握りしめていたらしく、真っ赤になっていた。
「......
いいよ~」
結局、僕は彼女の提案に乗った。
そのまま取り調べが終わり僕は連行されるまま部屋に戻った。
部屋に入って僕は早速机に座り通信機器を起動させて皆との会話に入った。
いつも通りの振る舞いをしていたつもりなのに普段より少し表情が固いとメリナに指摘された時は焦ったけどその後がうまく誤魔化せたから大丈夫かな。
それに、プリ卒観ることになって話が逸れたしね。
今回観たやつ、名前は忘れたけど、顔や姿がたいちょーサンに似ているのがいるんだよね。
性格は攻撃的で全然違うけど、こんなたいちょーサンもカッコいいなって思っちゃったよ。それに、押されると弱いところも良いよね。ギャップ萌えっていうらしいよ。
ギャップ萌えなたいちょーサン......
良いね。
こっちがグイグイ押してきてもたいちょーサン、困った顔をするか悩みでもあるのかと心配してくるからな~。
たいちょーサン、平等に接してくれるけど僕は独り占めしたいんだよね~。
どうやったらたいちょーサンは僕しか見ないようになるんだろ?
最初の頃は昔の癖でやった小さな軍規違反についてたいちょーサンから説教をされて、こうすればいいんだ、と考えたことがあったけど、メリナが説教してくるようになったし、たいちょーサンも疲れた顔をするようになっちゃったしな~。
......
母さんの言った言葉、少しは分かるかもな。
はあ、母さんの話を聞いておけば良かったな。
少しだけ胸の奥がチクリとした。
その後、他3人が呼ばれて1日が終わった。
最後にたいちょーサンとちょっとだけお話してから僕は眠った。




