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02 メリーナ6歳まで

「身体の具合は大丈夫ですか?」

「ええ。問題ないですわ」

 あたしは目の前に座る、ちょっと疲れているような気がする取調官であるローズと名乗る女性の取り調べ前のあいさつ代わりと化した質問に答え、いつも通りの会話をしましたわ。


「異変を感じたらいつでも言ってください」

「具合が悪くなるようなことは今のところ無いのですけど、その時はお願いしますわ」

 衣食住が駐屯地のものと比べて上質なものであるから体調不良なんてここに一応の軟禁をされてから一切ないですわ。

 まあ、衣に関しては妙な素材でできた生地が薄いのに寒くない不思議な病衣しか着れていませんが、とにかく食と住ですわ。綺麗で上質で、常に清掃の手が入るほどの清潔な生活空間と毎日出される美味すぎる食事のおかげで体調不良どころか心身ともに健康そのもですわ。


 正直なところを言えば、あたし達がこんな質の良い、少なくとも低位貴族みたいな扱いをされてしまっても良いものかといった疑問や罠に見せかけた何かがあるのではという警戒心がありましたの。


 特に最初の頃は、出された食事に自白剤や麻痺毒といった尋問や拷問のための何らかの毒が入っているのではという警戒をするように心掛けていましたの。

 普通の食事は、必要最低限さえ取れていればなんだっていいため、三合飯だったり残飯だったりが出されますわ。

 なので、出された見た目の良すぎる食事に対して警戒を一切しないのは愚か者がすることですわ。


 ですが、簡素でありながら鼻孔をくすぐり、あまりにも美味しそうな見た目をしていまして、つい唾を飲み込んでしまいましたわ。

 も、もちろん、明らかにおかしいと我に返って冷静に考えましたわ。

 その後、設置された通信機で皆と話し合い、貴族令嬢時代に培ったそれなりの毒物の経験と耐性を持つあたしが毒見をしましたが、毒の有無よりも味に驚いてしまいましたわ。


 出された食事そのものは三角形の麺麭(パン)で野菜や加工肉を挟んだものと玉蜀黍(とうもろこし)の入った黄色くとろみのある汁物でしたが、まず麺麭が凄かったですわ。

 家で食べていた麺麭はそれなりに値段が高い、白く丸いものでしたが、あれよりも香ばしくフワフワに柔らかい麺麭は初めてですわ。

 しかも、挟んでいる緑の葉野菜がシャキシャキと新鮮で、加工肉も柔らかいのに歯ごたえがあって絶妙な塩加減、そして、赤い実のような野菜の薄切りの甘味、さらに、白くて濃厚でトロッとしたやや酸味のある調味料のこれら全てと甘味のある麺麭が合わさると言葉にできないほど美味しくて気が付いたら1つ食べきってしまっていましたわ。

 麺麭は汁物に付けて食べるものだと思っていましたが、あんな食べ方があるなんて知らなかったですわ。複数の味が見事に一つに調和した、まさに芸術ですわね。それに、あの形状の麺麭も初めて見ましたわ。


 汁物も甘くて暖かくて玉蜀黍一粒一粒が歯ごたえがあって美味しかったですわ。あの麺麭と一緒に食べると塩味と甘味の絶妙な組み合わせによりさらに美味になりますわね。麺麭、汁物、麺麭、汁物と手が止まらなくなりますわ。

 あまりにも美味すぎて、これでもし毒があったとしても後悔はありませんわ、と一瞬考えてしまいましたわ。

 ですが、特に毒も無く似たような味もしなかったので、そこそこ食べてしまった後ですが皆に報告をしようとしたらもう食べ始めていましたの。

 サラーから、あんなに美味しそうに食べるメリナは初めて見たよ~、なんて揶揄われてしまいましたが、あれは流石に不可抗力ですわ。

 あんな素晴らしいものが忙しい時によく平民が食べるものという話を聞いた時は信じられなくて、問い詰めそうになってしまいましたわ。

 今ではご飯の時間がちょっとした楽しみになってしまいましたの。


 今日のご飯は何が出るのでしょうか、昨日出てきた肉と野菜の炒めものはとても美味しかったですわね、最初に見た時は肉と野菜を炒めただけのものなんて、と侮っていましたが、彩のある野菜がシャキシャキとしていて、肉も程よい弾力があって肉汁がしつこくなく、それに、使われている調味料も塩や胡椒は分かりましたが、他にもあるみたいで、どのようなものが使われているのか全く分かりませんでしたわ。

 簡単なものに見えても味がとても複雑で深みがあってとても美味しかったですわね。


「あの、よろしいですか?」

「へ? あ、すみませんですわ!」

 毎回想像できそうでできないものを用意してくるから驚かされてしまいますわ、と今まで出てきた食事からどのようなものが出てくるのか想像していると声を掛けられ、あたしは急いで我に返りましたわ。

 今回の取り調べについては少し前にエレナ隊長から知らされているのであたしは冷静になり、浮ついた心を落ち着かせ、程よく力を抜いた状態で彼女の言葉を待ちましたわ。


「貴方達の素性を詳しく調べたいのですが――」

「ええ、構いませんわ」

 あ、自分でも気が付かないほどに少し緊張していたみたいですわね。

 まあとにかく、あたしの過去を話さなければならないということは、あたしにとって忌まわしいことも話さなければならないということですわね。

 正直に言えば、あの人達のことについて誰にも言いたくないですわね、あたしの矜持的にも......


 おっと、いけませんわ。どうも、あの人達のことを少しでも考えただけで嫌な感情が出てきてしまいますわ。このままここでこれを見せるわけにはいきませんわね。ここは一旦気を落ち着かせるためにも現状について整理しませんと。

 彼女側が欲しい情報というのはおそらく、あたし達がいた場所がこの世界のどこにもない、つまりは異なる世界にいたという証拠のようなものでしょうね。


 ここが異世界であることはあたしたち側からすればほぼ間違いないと思いますわ。ただ、知っている食材が一部あるところが不安要素ではありますけれども。

 それでも、完全に未知な食材や調味料を使用したと思しき食事や未知の技術もそうですけど、あのアニメというものは絶対にあたし達のいた世界に存在していませんわね。断言できますわ。

 アニメがあれば少なくとも民衆の思想の誘導ができるはずですわ。特に、兵が足りていないから、それを解消すべく、そして、悪用されないよう絶対に貴族や国が技術を独占するはずですわ。

 ですが、記憶している限りですけど、アニメやそれに似たようなものを流している貴族はどこにもいませんでしたわ。それどころか、映像を流せる魔術具すら見たこともないですわね。


「えっと、ではまず、改めて名前からお願いします」

 おっと、のめり込み過ぎましたわ。まあでも、そのおかげで冷静になれた気がしますわね。

 あたしは心の中で深呼吸をし、改めて背筋を伸ばして軽く微笑みながら自分の名前を告げますわ。


「あたしの名前はメリーナと言いますわ。年は14ですわ。出身は皇国北部の防衛都市で――」

「家名や姓は無いのですか?」

 やはり聞いてきますわね。

 その質問が来ることを想定していたあたしは笑みを絶やすことなく言い切りますわ。


「ありませんわ」

 あたしの答えに彼女は困惑した顔をしていましたわ。

 その後、少し間をおいてから彼女が口を開きましたわ。


「えーっと......」

 やはり駄目みたいですわね。

 あたしは彼女の反応からすぐに理解しましたわ。


 どういうわけか、彼女側にはあたし達側の嘘を見抜ける何らかの手段があるみたいですわね。

 これ以上はあたし達の立場を悪くしますから、あたしは正直に話しましたの。気が進みませんけど。


「はあ......

 一応、ありますわ......

 あった、と言った方が正確ですわね......」

「それはつまり......」

 あたしの言葉で察したのでしょうね。彼女が言い淀む様子を見てあたしは、この世界にもそういうのがあるんですのね、なんてことを思いつつ自分の事情について話しましたの。


「ええ、一族の恥さらしとして家から追い出されましたの。勘当、絶縁、追放、お好きなようにおっしゃっても構いませんわ。

 それに、あたしの家が貴族家であたしが元貴族であったことは隊の皆なら知っていますわ」

 恥さらし、あたしはその言葉を自嘲気味に出しましたわ。

 そういえば思い出しますわね、皆にそれぞれ初めて会った時、エレナ隊長はあたしが落ちぶれた人間であっても馬鹿にするようなことも同情するようなこともしませんでしたけど、サラーは、ああ駄目ですわ。物凄くムカついてきますわ。思い出すのは止めましょう。

 あたしが再び冷静になろうとしているところへ彼女が驚いた表情で声を荒げましたの。


「貴族のご令嬢!? こ、これは大変失礼を――」

「変にかしこまらなくていいですわ。さっきも言いました通り、あたしはもう貴族でも何でもないんですの。一介の下級軍人ですわ」

 あたしはすぐに彼女を制止するように言葉を被せましたわ。

 正直なところ、貴族扱いをしようとした気持ちは嬉しいのですけれど、今のあたしにあからさまな貴族待遇は嫌味のように捉えてしまいますわ。

 このままでは満足に話ができないと判断したあたしはあの人達について話すことを決意しましたの。


「そうですわね、あたしのことを話す前に誰にも話していないあたしの家について話しますわね。正直、気が進まないけれど。非常に」

「お、お願いします」

 ああ、やはり態度に出てしまいますわね。彼女には申し訳ないですけど、こればかりはどうしようもありませんし、嫌になりますわね。

 彼女の緊張した面持ちを見たあたしは若干の自己嫌悪を抱きながら話し始めましたの。


「あたしの家、クーメル家は元来男爵家で、古くから魔法士として国を支えていたのですけど、魔獣が出現して以降、これといった成果を上げられず資産も徐々に減っていき没落していくばかりでしたの。

 そんな折、祖父が新兵だったころに戦果を挙げて一気に侯爵まで上り詰めたのですわ」

「えっ?! だっ! こぉっ?!」

 他の貴族家ではどうなのかは知りませんけど、あたしの家ではうんざりするほど自分の家の歴史を信奉者と化した家臣達から自慢げに教わるのですわ。もちろん、あたしの家庭教師も同じでしたわ。


 彼らの話では魔獣が現れる前の時代ではクーメル家は国の西側にある小さな領地を持ち、西側を統括する辺境伯の寄子として共に隣国の帝国から皇国を守り続けていたらしいですわ。

 代々、魔力の高い子供が生まれ、強大な魔法を操り帝国兵を蹴散らし常勝を謳い、魔力量の少ない者なら貴賤問わず見下していたとか、全ての手柄が辺境伯のものとして扱われていたことに不満を抱いていたとか、色々とどうでもいい話もありましたわね。


 その後、魔獣が現れて以降は大変だったらしいですわ。

 魔獣の登場により帝国との小競り合いがなくなったクーメル家は魔獣との最前線であった皇国の北側に派兵されるようになりましたの。

 この時の北部は魔獣の侵攻を受け、それなりの領土が削られていたので、奪還作戦が行われていたのですわ。


 そんな場所へ意気揚々と向かったらしいですが、魔法が効かない魔獣相手に成す術もなく敗れ、今まで散々馬鹿にしてきた魔力量が少ない戦士や騎士達に戦果を奪われて大層ご立腹だったようでしたわよ。

 このままでは没落していくのは確定でしたけど、そこへ、身体強化魔術と銃の発明が伝えられ、藁にも縋る思いで大枚叩いてこれらの技術を買い、逆境を乗り越えるべく再び戦地に赴いたらしいですわ。

 ですが結果は散々で、没落に拍車をかけてしまったそうですわ。


 どういうわけか、魔力量が多すぎると上手く身体強化ができないとかで戦場で多くの親類を失ったみたいですわ。

 それに、子孫の魔力量を減らすべく魔力量が少ない者を取り入れるか否か物凄く揉めたらしいですわ。そもそも、この時のクーメル家に嫁いだり関係を築いたりなんて考える家はほとんどいませんでしたが。

 結局、家の存続のため魔力量が普通の人間を同じく落ち目の辺境伯家から魔力量が普通だった者を迎え入れ、目論見通り魔力量が多すぎない子供が生まれ、その子供が戦場でそこそこの戦果を残したことで首の皮一枚繋がったみたいですわ。

 その後は、可もなく不可もない戦果を維持していましたが、魔力量の少ない他の家や平民が戦果を挙げてきているのでまたしても没落の危機に瀕していたのですわ。


 といった具合にあたしは彼女の驚愕と困惑の混ざった顔を無視して淡々と説明していきましたわ。


「そんなクーメル家に魔力量が多すぎる子供が生まれてしまったのですわ」

「それがあなたのお祖父さ、あいえ、祖父、ですか?」

「ええ。その通りですわ」

 あの男を敬う必要なんてありませんわ。

 あたしはうっかり彼女に鋭い眼を向けてしまいましたけど、家から追放されたと説明したのにその家の人間に対して敬おうとする人物が目の前にいたら睨みたくもなりますわ。


 それほど嫌いな家の、元凶ともいえる男について話さなければならないと思うと、嫌な顔一つ程度は許してほしいですわね。


 あの男、祖父は魔力量が判明する12歳の成人の日に一族からいない者として扱われたらしいですわ。

 まあ、彼は長男ではなく、その長男もほどほどの人間だった故に成人前は他の兄弟と同じように成人まで兵士として必要な知識や技術を叩き込まれ、問題が起こった成人後は手っ取り早く北部の軍の駐屯地に投げ込まれたらしいですわ。二度と家の敷居を跨ぐな、という一言を添えられて。


 そんな彼は諦めることなく家への復讐を糧に努力を続け、同じ魔力量が多すぎて苦労をしている仲間を集めて徒党を組み、碌に身体強化が扱えないながらも上等陸兵まで上り詰めたのですわ。

 そして、彼に転機が訪れるのですわ。

 膨大な魔力を消費して空を飛ぶことができる魔道具が試験段階ではありますがついに完成した、という噂話を耳にしたのですわ。


「え? それはつまり、人間が生身で空を飛ぶ、ということですか?」

「ええ、その通りですわ。そちらの世界で言う飛行機という大きな乗り物に乗るのではなく、人間に魔道具を取り付け、装着者の魔力のみで空を自由自在に飛ぶのですわ」

「そ、そんな技術が......」

 生身の人間が空を飛ぶ、その言葉に彼女が今日一番に驚いた顔をしていましたが、あたしとしては人間より何十倍にも大きな金属の塊が魔力なしで空を飛ぶ方が驚きですわ。


 まあ、互いの感想は一旦置いておいて。

 もともと、人間は魔法で空を飛ぶことができないのか、という研究が古くからなされていましたの。

 鳥が空を飛べるのなら人間だって空を飛べるはずだ、という当時の普通の人間が聞いたら一蹴どころか、関わらないように避けるようなことを言い出した人間の始めた研究が長い年月、しかも代々継承されてまで実現するなんて誰が予想できたでしょうね。


 当然、当時の人達は眉唾だと碌に信じませんでしたが、祖父は可能性を見出したのか、闇金から金を借り、その研究者から様々な機械を乗せただけの大きい背嚢みたいな魔道具を全て買い取ったのですわ。

 そして、合間を縫って空を飛ぶ練習をし、時には地面に強く激突して大怪我を負い、時には隊の仲間や苦労して作った派閥の人間からもおもちゃで遊ぶとち狂った哀れな落ちこぼれだと馬鹿にされながらも練習を続け、ついに空を自在に飛ぶことに成功したのですわ。

 それだけではなく、彼は上官に相談もなくいきなり実戦で魔道具を使用して空を飛び、ほとんど一人で、しかも、突撃銃のみで魔獣の群れを殲滅したのですわ。


 彼の行動に対する処遇に彼が所属していた隊及び駐屯地ではかなり揉めたようですわ。

 そこで彼は、魔道具の有用性を説き、仲間を募り、実験的な部隊の編制許可を求めたのですわ。

 軍としても今回の出来事で軍側が大きな被害を出したわけではなく、そして、彼の功績が偶然でなければ戦力強化につながると考えたのでしょう、彼の提案を条件付きで許可したのですわ。

 その後は彼の目論見通り、4、5人程度の小隊規模で中隊が苦戦するような魔獣の群れをいともたやすく殲滅したのですわ。


 当時のことを祖父は自慢げに何度も魔力量の多い兵の前で言っていましたわ。

『わが軍で最も魔獣を確実に屠れるのは高性能な狙撃銃を持った優秀な狙撃手である。

 だが、いくら彼らでも森林のような障害物が多い場所であったり、敵の位置が分からない状況であったりすれば能力を十分に発揮することはできまい。

 そう! いくら優秀であっても、地を這っている限りこれらの問題は解決できず、魔獣が住んでいる森の中への侵攻をする際にいずれ限界を迎えるのである!

 そこでもし、空を自在に飛べたなら、障害物に隠れようが巧みに逃げまどおうがこちらから一方的に魔獣を攻撃できるのではないか? そうなれば、連射ができて高威力の武器の方がより良い戦果を挙げられるのではないのか?

 私はそう考えて行動してみたのだが運よく私の考えが合っていてね。この通り誰も成し得なかったことを成したのだ!

 魔力量が多いことは忌み嫌われることではない! 羨望の的になることなのだ!

 私がその象徴であり、唯一の先駆者なのだ!』とね。

 腹立ちますわよね?


 まあ、そこは置いておいて、祖父の真似をしようとする者達が出てきたのですが、飛行魔道具の致命的な欠点が発見されるのですわ。

 それは空を飛ぶのに膨大な魔力量が必要と言われていましたが、その必要な魔力量が人並を超えるほどのものだったのですわ。人より少しだけ多いという規模では浮く程度しか飛べず、そこそこでは自在に飛べず、人外と言えるほどでようやっと自在に飛べるようになるのですわ。

 これに怒った者達が研究者になんとかしろと言ったみたいですけど、改良のための研究に十年単位でかかる可能性が大いにあってそれが確実に実を結ぶとは限らないと返されたのですわ。

 この話を聞いたあの男は才能も努力をする機会も無いとは可哀想にと大笑いし、貴重な魔力を使えもしない魔道具に送る暇があるなら使える魔道具にでも送ったらいいのに、と助言をしたそうですわ。

 本当に腹立ちますわ。

 でもその結果、魔撃研究の足掛かりになったのですけれど。


 こうして、魔力量が異常に多い者にしか扱えない飛行魔道具による圧倒的な優位性が生まれてしまい、あの男は魔力至上主義に染まっていったのですわ。


「タチが悪いことにあの男は、戦果を挙げ続けて得た報奨金で借金を完済し、それでもあまりある金を使って飛行魔道具を開発した研究者の支援者となり、飛行に関する情報提供や実験に仲間達と共に進んで協力して技術を発展させつつ技術を独占し、その技術をふんだんに使って空戦兵士を次々に作り上げていったのですわ」

「え、でもそれって叛意アリと思われてしまうんじゃ?」

「ええ、実際、そのような意見が軍内部だけではなく、民衆からも出ていたようですわ」

 実際、彼は空戦隊の先駆けのような組織を作る際に、これまでの戦果を引っ提げてクーメル家の正統後継者を名乗り、強引にクーメル家の当主になり、最初の隊員達を中心に派閥を作り、同じように魔力量が多すぎるが故に落ちこぼれと化している兵士を集めていったのですわ。

 さらに、飛べるほどの魔力量を持たない者達、特に上級士官や将校から飛行技術を教えろとか言われても全て突っぱね、直接兵士を集め続けたのですわ。

 ですから、国家転覆を狙い、その足掛かりとして駐屯地を乗っ取ろうとしている、なんて噂がすぐに広まり、内戦が始まるのではないかと軍部では緊張が高まっていたそうですわ。

 むろん、彼には今まで散々自身のことを馬鹿にしてきた一族や手柄を奪ってきた魔力量の低い陸戦兵士に対する復讐にしか興味が無かったのですから、その気は全くないと主張し、噂が広まるとすぐに皇家に忠誠を誓うと宣言し、皇家に独占していた飛行魔道具の技術を献上したのですわ。

 あと、結果論ですけど、彼が技術を独占してくれたおかげで他国に漏れず、外交的優位性が少し皇国側に傾いたとかいう副産物がありましたわ。


「その後、本当に皇国に尽くすつもりがあるのかを示すべく、それなりの年月をかけて魔獣に奪われた北部の土地全てを奪い返したのですわ。

 その結果、軍は功績をたたえられてあの男が率いていた隊を空戦隊として新たな隊の設立を認め、あの男を空戦隊の将軍に、そして、階級を上級空将に進級し、さらに、皇家はクーメル家を侯爵に上爵し、奪い返した土地を新たなクーメル家の領地に定めたのですわ」

「そ、それは、かなり凄いですね」

「ええ。

 しかも、それだけではありませんわ」

 あの男は、自分を見下していた連中を見返してはいおしまい、ではなく、その先のことを見据えていましたの。といっても、自分がどこまで他の誰も到達できない偉業を成し得るのか挑戦しているようにしか見えませんでしたけど。


 出来たばかりで、陸戦隊と比べれば圧倒的に数が少ない空戦隊を軍事面だけでなく政治面や将来性でも盤石なものにするためにあの男は家や派閥を強化しようと試みましたわ。

 かつて西側で辺境伯を務めていた家の末裔を探し出し、その中でも魔力量の多い娘を娶ることで、将来生まれてくる子供の魔力量が多くなる確率を増やそうとし、ついでに、かつて辺境伯に救われ未だに恩義を感じていた、代々魔力量の多い人間しか生まれず落ちぶれていた西側の家々を取り囲み、領地経営を手伝わせたのですわ。

 さらに、そのほかに落ちぶれている家又は貴族の子孫に手当たり次第に声をかけ陸戦隊に負けないほどの一大派閥を作り上げ、領地には皇都に迫るほどの巨大な防衛都市を築き上げましたわ。


「とてつもない人ですね」

「もちろん、すべてが彼の計画通りに事が運んだわけではありませんでしたの」

「それはそうでしょうね。

 ちなみに、どういった問題があったのですか?」

「それは、子供が生まれなかったことですわ」

「え? それって貴族の間では解決策があるのでは?」

 あら? ここは本当に異世界なのかしら?

 まあでも、どこの世界でも考えることは一緒なのかもしれませんわね。

 異世界の貴族制度について少し興味がわきましたけど、あたしは脱線しかけた思考をもとに戻して彼女の疑問に答えるべく話の続きをしましたわ。


 普通であれば妾を用意するところですけど、彼は元辺境伯の子孫を娶ってくれているという恩義で動いている家々を敵に回すことを恐れていたのですわ。彼女が役に立たないから妾を用意すると言っているようなものですから。

 没落した家の子孫を、自身の家も没落しかけているにもかかわらずなんとか持ちこたえさせながら崇めている人間なんて狂気そのもので、味方のうちは心強いかもしれませんが敵に回ったら何をしでかすか分かったものじゃありませんから気持ちは分かりますけど。

 それに、本人もですけれど、初期の人員に領地経営に詳しい人間なんて一人もいませんでしたし、ほとんどの貴族からは成り上がり者だのいずれ皇家に引き金を引くだの言われて嫌われていましたわ。

 ここで下手な家々を迎え入れたり手を結んだりすれば何されるか分かりませんから彼らを取り入れたほうがマシだったのかもしれませんわね。


 結果、彼は正妻、あたしの祖母に当たる人を手放すことはせず、表立って妾を取ることもしませんでしたわ。そして、裏で何人もの魔力量の多い女性と交わっていたのですわ。

 その後、正妻との間に子供、あたしの父が生まれましたけど、魔力量が多い子供とは断定できませんでしたからあの男は用心深く裏で何人もの子供を用意していましたわ。

 結局、その子供が成人し、魔力測定を行って魔力量が十二分に多いことが判明して杞憂に終わるのですけれど。

 そして、父に素質があることが判明してすぐ祖母は死にましたわ。

 祖母の葬儀の時、彼女はたいそう安堵した顔をしていたそうですわ。このときの祖母の様子から辺境伯と関わりのある者達はより忠誠を誓ったようですけど、真実は本人のみぞ知ると言ったところですわね。

 ああ、それと、裏で用意した子供や妾がどうなったかは知りませんわ。


「し、知らないってそんな......」

「そもそも、この話はあたしが幼かった頃にあの男と父の会話をたまたま聞いてしまっただけですわ」

「誰かに言おうとか思わなかったんですか?」

「密告なんてしようものなら間違いなくあの男に消されてしまいますわ。それに、幼いあたしが言ったところで誰も信じませんし、普通に侯爵家への侮辱罪でどのみち殺されていますわ」

 まあ、そのおかげであの男は話を聞いていたあたしを殺すことはしなかったのですけれど。

 あの男の黒い話は、するのが面倒だし何の益も無いからさっさと飛ばしてあたしは父に関する話をしましたわ。


 あの男の教育を受けた父は立派な空戦兵士となり、当時、対人以外に役立たずと言われ大量に余っていた擲弾を空中から投下し、魔獣を完全に足止めしつつ邪魔な森の木々を吹き飛ばすという新たな戦法を駆使して魔獣の生息地と化した空白地帯を少しずつ切り開いていったのですわ。その結果、上級空佐に昇級し、第1空戦大隊の大隊長になり、さらに、あの男から侯爵の爵位を譲られたのですわ。

 まあ、あの男は地位を退いてもなお政治面で影響力を持ち続け、隠居はしませんでしたけど。

 そして、あの男の指示により父は派閥内の家から最も魔力量が高い伯爵家の娘、あたしの母に当たる人を娶ったのですわ。

 ただ、問題がありまして、彼女は病弱で、空を飛ぶどころか銃を持つことすらできないほどだったのですわ。


 当時の彼女は伯爵家一族から魔力量が最も高いにもかかわらず空戦隊に入隊しないごく潰しと罵られていたらしく、父との婚約が決まったときはクーメル家に最も近づける家々の一つに入れると手のひらを返して喜ばれていたらしいですわ。


「なんだか、悲しいですね」

「ここではどうか知りませんが、貴族というものはたいていそういうものですわ。

 常に強者で居続けなければ生き残れませんもの」

「世知辛いですね......」

 平民であろうと貴族であろうと誰もが死にたくないと、幸せでいたいと必死で生きているのですわ。

 ただ、そのために他者を踏みにじるやり方はどうかと思いますけれども。いえ、単純に、あたしが踏みにじられる側になりたくないと心の底から思っているだけですわね。

 あの頃は本当に愚かでしたわ......


 ふと、自分の過ちを思い出したあたしはすぐに気を取り直して母の話をしましたわ。


 病弱だった母はクーメル家では一応、丁重に扱われていたようですわ。ただ、魔力量の多い子供を産むためだけの存在として、ですけど。

 最初の頃は侯爵家の為に働こうとしたのですけれど使用人や家臣達から遠回しに余計なことはするなと言われ続けたみたいで心が完全に折れたようですわ。

 そして、なんとかあたしの兄を産みましたの。

 産後の母はしばらく臥せっていましたが、父はそんな母を一切省みませんでしたわ。

 一応言っておくと、父が裏で妾を用意していたのかはあたしには知りませんわ。というか、知りたくも無かったですし。

 兄を産んで6年が経ち、ようやっと回復した母に対して父は、さらに予備としての子供を作ろうと無理をさせましたの。まあ、その結果あたしが産まれたのですけれども。そして、それと同時に母は肉体と精神共に完全に壊れ、部屋から出てくることは無くなりましたの。


「子供を産めなくなった母は、娘であるあたしに自分が得られなかった理想の女の幸せを押し付けるようになったのですわ」

「ど、どうしてそう言えるのですか?」

「幼かったあたしに洗脳するかのように何度も何度も直接言い続けていたからですわ」

「っ!?」

 何故か挙動がおかしくなった彼女を不審に思いつつ、あたしは母が狂い始めた日のことを話していきましたわ。


 あたしが4歳くらいの時のお茶の作法の日、あたしは普段とわずかに味が違うことを言葉足らずでしたけど母に言いましたの。

 あたしの言葉を聞いた母は女中に睨みながら使用した茶葉について問い詰めると、普段使用している茶葉が間に合わず、かなり似たような茶葉を使用したことが判明したのですわ。

 このことに母はあたしの味覚が特段優れていることが発覚したことに狂ったように喜び、今回のお茶を入れた女中を怒ることはせず、むしろ、褒めたたえたのですわ。あの時の女中の化け物を見たような顔は今でも覚えていますわ。

 そして、母はあたしへの今後の淑女教育を徹底してきたのですわ。立派な淑女になって良家と結ばれるようにと。そもそも母の言う良家とはどのような家を指すのでしょうね。

 こんなことになるならあの時、茶葉の味が変だと言わなければよかったと後悔していますわ。まあ、様々な料理やお茶を飲食できるようになったのは嬉しかったですけど。たまに毒を少量入れてくるので純粋に楽しめなかったけれども。


 そんなこんなで母はことあるごとにあたしを部屋に呼びつけ、作法の時間と称して貴族の女としての幸せとは何たるかを説教しつづけ、その幸せを得るために必要だとかで淑女としての振る舞いを必要以上に強要したのですわ。

 正直、当時のあたしは部屋の窓から見える軽量小型化された新型の飛行魔道具を背負い、楽しそうに試験飛行する父や家臣達を眺めつつ空への憧れとそのための空戦隊入りしか頭にありませんでしたので母の言うことはあまり聞きませんでしたけど。


 あたしが3歳くらいの頃でしたような? 兄が魔力量を多く持ち、優秀な空戦兵士になることを祈願して父が兄を抱えて空を飛び回ったことがあったのですわ。

 あの男もやれることは全部やれという態度でしたので特に否定的ではなかったですわね。

 それに、あたしも巻き込まれて、家臣に抱えられて一緒に空を飛んだことは今なお覚えていますわ。そして、あの無数に広がり、何ものにも遮られることのない大きな青い空と下に見えるちっぽけな街並みを。

 あの出来事をきっかけにあたしは空戦隊入りを決意し、裏でコッソリ鍛えようとしていたのですわ。


 そんなあたしの態度に空と空戦隊が死ぬほど嫌いな母は発狂していましたけど、使用人の補助が無ければ満足に身体を動かせない母なんて怖くも何ともありませんでしたわ。物を持てても投げることができなかったから、当たり散らされることも体罰もされませんでしたし。

 金切り声で喚き、日に日にやつれていく母の相手はとても面倒でしたけど、家の誰も、補助をする使用人でさえも母の相手をしなかったのですわ。それに、母の方も男だからか父やあの男と話すことをしなければ兄への教育も一切関与しなかったのですわ。

 結局、母から直々に教育という名の指名があったせいであたしが母の相手をするしかありませんでしたのよ。


「こんな母でも家に居られたのは兄が成人になり、魔力量の多い子供だと判明したからですわ」

「!!」

 成人を迎え、家からも無事に迎えられた兄はあの男と父による空戦兵士としての教育と魔力至上主義的思想教育が施されつつ、皇都の貴族学園へ進学したのですわ。

 学園で教わることなんてほとんどありませんけど、派閥強化と権威を知らしめすためですわね。

 性格もだいぶ変わったみたいで、たまに家に帰ってくるのですけど、完全に別人になっていましたわね。正直、あたしも他人として接していましたわ。あまりにも怖くて。


 と、兄のことを軽く挟みつつあたしは話の続きをしましたわ。


「英雄と化したあの男と同じように英雄の素質のある息子と交わり、同じく素質のある息子を産んだことで母もある意味で英雄の仲間入りをしたのですわ」

「......」

 英雄の子を産んだ母も英雄という物語をいつかどこかで見聞きしたような気がしますわね。

 思えば、もし兄に魔力量が人並みかそれ以下しかなかったら、あの母はどうなっていたでしょうね。

 まあ、あたしにはもう関係ないことではあるけれど、それでも、兄とあたしの立場が逆になっていたらあの男や父、母はどうなっていたのか気にならないと言えば嘘になりますわね。


 そんなことを思いながら彼女の反応を無視したあたしは最後に寿命についての話に触れましたわ。


 ここの世界については知りませんが、あたし達の平均寿命はだいたい60歳で、50歳を過ぎると肉体が衰えてくるのですわ。

 ですが、あの男は60を過ぎても衰える様子が無く、一線を退いても覇気は健在で、北部では生ける伝説として賢者様に次ぐ人気を誇っていましたわ。どちらかと言えば畏怖の方面で、ですけれども。

 そんな男に魔力の多い子供を産んだという理由で母は認められ、家でも平穏に、そして、好き勝手に過ごせていたのですわ。

 それでも、壊れた母に関わろうとする人間は中にも外にもいませんでしたけど、おかげで面倒な社交界に参加しなくて済みましたわ。だいたいはあの男か父が派閥強化の為に行っていましたし。


「長くなりましたけど、クーメル家の話として必要な内容はだいたいこんな感じですわね」

「そ、想像以上でした......」

 あたしの過去を話すうえで必要な情報を包み隠さず話した後、明らかに疲れている彼女を見ながらこの後の話をするべきか悩みましたわ。

 あたし自身、他人にここまで踏み込んだ話をしたのは初めてだったのですけれども、話した後、意外と何ともないことが分かって逆に驚きましたわ。

 もしかしたら、異世界というあの家と完全に縁が切られた場所であることを無意識に判断しているから恐怖や嫉妬といった負の感情どころか何も感じないのかもしれませんわね。どうあがいても、あの家が今のあたしに何かしらの干渉をしようなんて不可能ですし。

 ならばと、このままの勢いで自身のことについて話してしまおうかしらと思ったのですけど、彼女の様子から、一旦、彼女の言葉を待つことにしましたわ。


「あ、えっと......

 すみません。まとめるために本日はここまででよろしいですか?」

「ええ、構いませんわ」

 まあ、そうなりますよね。あたしでもこんな話をされたら、ちょっと待てと思いますもの。

 そう思いつつあたしは彼女へ念を押しましたわ。


「ただし、今回の話は決して隊の皆に言わないようにお願いしますわ」

 話すこと自体何とも思わないことが判明しても今回話した内容はあたしの人生における最大の汚点であり穢れた黒歴史、そして、あたしにあの男と同じ、穢れた血が流れている証明でもあるので皆には知られたくなかったのですわ。

 一応、クーメル家の黒い事情は情報操作で完全に封じ込めるか都市伝説並みの嘘臭い噂を流すことで世間に流れないようにしているのですわ。しかも、それくらい片手間でできるのですわ。本当に嫌になりますわね。

 なので、絶対にエレナ隊長や他の皆には知られないようあたしは捕虜的立場にいるにもかかわらずお願いしたのですわ。エレナ隊長にはバレている可能性が高いのですけど。


「ええ。それはもちろんです」

 少なくとも、彼女であるなら下手なことはしないだろうと安心したあたしは挨拶を済ませて軟禁部屋へとおとなしく連行されましたわ。

 その後、映像付きの通信機が設置してある机に座り、通信機の電源を入れて隊の皆が未だ全体での通信を繋いでいることを確認してから入り込み、今回の取り調べに関する話せる範囲での話をしましたわ。


 ただ、いつの間にか眉間に皺が寄っていたみたいで、サラーから盛大に茶化されてしまいましたわ。

 当然、ムカつきはしましたけど、一通りの茶番をした後はなんだか気分が楽になりましたわ。

 この後、皆でプリ卒を観たのですけど、やはり生身で空を飛ぶことはこの世界ではできないことなのですね、と主人公達が地獄と呼ばれる場所の空を飛んでいる場面を見ながらあたしは思ってしまいましたわ。


 そして、食事して出された、シチューという具だくさんでとろみのある白い汁物を美味しく食べましたわ。出汁がより美味しいものにしていると分かるのですけれど、細かい部分が分かりませんわね。肉や骨などを使用していることは分かるのですけれども。というよりこれ、明らかに手間がかかっているような気が、いえ、考えないようにしましょう。

 とにかく、今回の食事についてもっと詳しく知るために感想を述べ、他の皆の感想も聞きたかったのですけれど他の皆が順に呼ばれてしまい、あまり喋れませんでしたわ。

 ここでの普段と変わらない時間を過ごしていくうちにイザベラの番が終わり、今日の取り調べが終わったのですわ。


 美味しい食事は良いですわね。嫌なことを忘れられますわ。明日はどんな食事が出てくるのでしょうかと期待に胸を膨らませながらあたしは眠ったのですわ。

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