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『無銘の名付師』 ~追放された俺のスキルは、気づけば世界を変える力になっていた~  作者: Hiko


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「決断、そして戦場へ」 第八話

◇迷いの果てに


一人になりたいと言った割に、俺はその場からほとんど動けずにいた。


夕陽が沈みきる頃、背後に足音がした。振り返らずとも、誰かは分かった。


「――ゼノン」


「隠者は、静かな場所に敏いものでな」


ゼノンは杖をつきながら、俺の隣に腰を下ろした。


「聞いたのだろう、噂を」


「ああ」


「行くのか」


「分からない、って言っただろ」


「わしに訊いているのではない。お前さん自身に、訊いているのだろう」


ゼノンの言葉に、俺は黙り込んだ。


しばらくの沈黙の後、俺はぽつりと零した。


「――正直、迷ってる。あいつらを、恨んでるわけじゃない。ガイウスの言い分だって、分からなくはないんだ。無銘の俺を、パーティーに置いておけない事情が、あっちにもあったんだろうって」


「ならば」


「けど、だからって、何もなかったことにはできない。追い出された時のこと、忘れられるわけじゃない」


「当然だろうな」


ゼノンは、静かに頷いた。


「憎しみと、情。その両方を抱えたまま生きるのは、辛いものだ。だが、ラスよ。ひとつだけ、わしから言えることがある」


「……何だ」


「お前さんの力は、誰かを恨むためにあるのではない。名もなきものに、寂しい思いをさせたくない――その一心から生まれた力だ。それは、パーティーの仲間であろうと、見ず知らずの誰かであろうと、変わらぬはずだ」


その言葉が、胸の奥に、静かに落ちていく。


「助けに行くかどうかは、お前さん自身が決めることだ。だが――もし迷っているのなら」


ゼノンは、俺の目をまっすぐに見た。


「後悔しない方を、選べばいい」


その夜遅く、俺はイリスの元へ向かった。彼女は村外れの丘の上で、星を眺めていた。


「決めたか」


「……ああ」


「言ってみろ」


「行く。……あいつらを許したわけじゃない。ただ、目の前で誰かが死にかけてるのを、知っていて見過ごすのは――俺には、できそうにない」


イリスは、しばらく俺を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「それでこそ、私が名を返した男だ」


「返した、って」


「私を助けたお前を、私が助ける番だということだ」


イリスが立ち上がり、月明かりの下で、その輪郭が、僅かに竜のものへと戻っていく。


「乗れ、ラス。夜通し飛べば、明日の昼過ぎには着くだろう」


◇竜の背に乗って


夜空を切り裂くように、竜の姿となったイリスが翼を広げた。


「掴まっていろ。振り落とされても知らんぞ」


「不親切だな、おい」


軽口を叩きながらも、俺はイリスの背によじ登り、鱗の隙間にしっかりと体を固定した。


次の瞬間、地面が急速に遠ざかっていく。


生まれて初めての飛行だった。恐怖よりも、目の前に広がる光景に、俺は言葉を失っていた。月明かりに照らされた大陸が、まるで精巧な地図のように、眼下に広がっている。


「――綺麗だ」


「今、それを言うか」


イリスの声に、微かな笑いが滲んでいた。


夜通し飛び続け、空が白み始める頃、遠くに、切り立った山々が見えてきた。噂に聞いた北の山岳地帯だろう。その麓の一角から、黒煙のようなものが立ち上っているのが見える。


「あれか」


「戦っている気配がする。急ぐぞ」


イリスが翼を大きく打ち、速度を上げた。


近づくにつれ、状況が見えてきた。


崩れかけた岩肌の隙間に追い詰められているのは、間違いなく「暁の剣」の四人だった。彼らを取り囲むように、巨大な魔物――全身を岩のような甲殻で覆われた、見たこともない化け物が、じりじりと距離を詰めている。


「ガイウス!」


ミリアの悲鳴が響いた。ガイウスが庇うように前に出るが、その剣筋には、明らかに精彩がない。エリクの魔法も、放たれるそばから空しく霧散していく。


――間に合うか。


俺は歯を食いしばった。


「イリス、あと少しでいい。飛ばせるだけ飛ばしてくれ!」


「言われるまでもない!」


竜の咆哮が、山々に響き渡った。


魔物が、その音に気づいて振り返る。


四人の視線もまた、こちらへと向けられた。


夜明けの空を割って現れた竜と、その背に乗る、かつて彼らが追放した男の姿を、彼らは今、確かに目にしていた。


◇名を呼び覚ます声


イリスが急降下し、魔物の脇腹に体当たりを喰らわせた。轟音と共に、巨躯が横倒しになる。


「――今のうちだ!」


俺はイリスの背から飛び降り、地面を転がるようにして着地した。


「ラス……!?」


真っ先に声を上げたのは、ミリアだった。信じられないものを見るような目で、俺を見つめている。


「なんで、お前が……!」


エリクが叫ぶ。驚愕と、僅かな警戒の色が入り混じった声だった。


説明している時間はなかった。魔物が体勢を立て直し、再び唸り声を上げている。


「説明は後だ。今は、それより大事なことがある」


俺はエリクの前に立ち、彼の杖を見た。


「エリク、お前の杖――『風を聞く者の杖』は、何も失っちゃいない」


「な、何を言って」


「最近、切れが悪いって思ってただろ。魔法の威力が、以前より弱くなってるって」


エリクの顔が、僅かに強張った。図星なのだろう。


「その杖の力は、消えてない。ただ――お前自身が、自分の腕を信じきれてないだけだ」


「そんなこと、お前に何が分かる!」


「分からないよ、正直。……でも、あの日から、お前らの中で何かが壊れかけてるのは、見てて分かる」


俺はエリクの目を、まっすぐに見た。


「だったら、今だけでいい。もう一度、その杖を、自分の腕の一部だと思って振るってみろ」


エリクは、唇を噛んだ。迷うような沈黙の後、彼は杖を強く握り直した。


「――風刃!」


放たれた風の刃が、これまでとは比べ物にならないほどの鋭さで、魔物の甲殻を切り裂いた。


「なっ……!?」


エリク自身が、一番驚いた顔をしていた。


「キャロルも」


俺は隣で剣を構えるキャロルに、視線を移した。


「『折れぬと誓いし刃』は、今も折れない。お前が、迷わず振るえるなら」


キャロルは俺を見て、それから自分の剣を見た。目に、みるみる決意の色が戻っていく。


「――行くわよ!」


キャロルが地を蹴り、魔物の懐に飛び込む。彼女の剣が、まるで生き物のように鋭く、正確に、魔物の弱点を捉えていく。


ガイウスが、呆然と俺を見た。


「ラス、お前……一体、何を……」


「話は、終わってからだ」


俺はガイウスの肩越しに、まだ怒りを収めない魔物を見据えた。


「まずは、これを片付けよう」

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