「鍛冶屋の火と、蘇る畑」 第五話
◇鍛冶屋の火
翌日、俺はダンカンの鍛冶場を訪ねた。
村の外れにある古い鍛冶場は、記憶にあるよりずっと静かだった。かつては朝から晩まで槌の音が響いていたはずなのに、今は火床の炎も心なしか小さく見える。
「……誰かと思えば」
奥から顔を出したダンカンは、記憶にあるより一回り小さくなったように見えた。それでも、熊のような体格と、鋭い眼光は健在だった。
「ラスか。生きてたのか」
「久しぶり、ダンカン」
「ふん。……大きくなったな」
ダンカンは無愛想にそう言うと、俺を鍛冶場の中へ招き入れた。
「景気はどうだ」
「見ての通りだ。注文も減った。村に若い衆が減りゃ、鍛冶屋の出番も減る」
ダンカンは壁に立てかけられた、何本もの古い農具を顎で示した。刃こぼれし、柄も傷んだ鍬や鎌が並んでいる。
「直したくても、材料がない。金もない。……村がこうなっちまってから、何もかもがうまくいかねえ」
その言葉に、苦い実感がこもっていた。
俺は無言で、古びた鍬の一本を手に取った。
子どもの頃、暇さえあればこの鍛冶場に入り浸っていた。ダンカンは口数の少ない男だったが、道具の手入れをする時だけは、饒舌になった。
「ラス、覚えてるか。前に俺が言ったこと」
「道具にも心がある、ってやつか」
「ああ。……ガキの戯言だと思って聞いてただろう」
「いや」
俺は手の中の鍬を、じっと見つめた。
刃こぼれし、柄には無数の傷。それでも、長年誰かの手に握られ、土を耕し続けてきた証が、そこには確かに刻まれている。
――名前を、あげてもいいだろうか。
この鍬に。この鍛冶場に。そして、ダンカン自身の、まだ諦めきれていない手に。
「ダンカン。これ、少し借りてもいいか」
「構わんが……何をする気だ」
俺は答えず、鍬を両手で包み込むように持った。
刃の傷、柄の摩耗、そのひとつひとつに宿った時間を、俺は静かに見つめる。この鍬が、本当は何であったのか。何のために作られ、何を望んでいたのか。
見えた、と思った瞬間、言葉が自然と零れた。
「――土を裏切らぬ鍬」
淡い光の文字が、鍬の刃に浮かび上がり、染み込むように消えていく。
ダンカンが、息を呑む音が聞こえた。
「……今のは」
「詳しい説明は、また今度でいいか。とりあえず、この鍬、試しに使ってみてくれ」
半信半疑の顔をしながらも、ダンカンは鍬を手に取り、外の硬い地面に、試しに一振り下ろした。
「……なっ」
刃の入りが、明らかに違った。
「これは……いや、まさか」
ダンカンが俺を見る目に、初めて、はっきりとした驚きが浮かんでいた。
「ラス。お前、一体――」
「まだ、うまく説明できないんだ。でも、悪いことじゃないと思ってる」
俺はそれだけ答えて、曖昧に笑った。
◇枯れた畑と濁った水
その日から、俺はイリスと共に、村の中を歩き回るようになった。
枯れた畑、濁った井戸、崩れかけた木柵。ひとつひとつ、じっくりと見て回り、何がその「もの」から失われてしまったのかを、確かめていく作業だった。
「急ぐ必要はないのか」
イリスが、井戸を覗き込みながら訊いた。
「急いで、雑にやったら意味がない。真名付けは、誤魔化しが効かないんだ」
村の外れにある古い井戸は、覗き込むと、たしかに水が濁っていた。それだけでなく、どこか――淀んでいる、という表現がしっくりくるような、重たい気配があった。
俺は井戸のふちに手を置き、目を閉じた。
この井戸が、かつてどんな水を湛えていたのか。村人たちの喉を潤し、笑い声を聞き、季節の移ろいを映してきた、その記憶を辿るように。
しばらくして、するりと言葉が出てきた。
「――澄み続ける泉」
光の文字が井戸の縁に浮かび、水面に吸い込まれるように消えていく。
次の瞬間、井戸の奥から、こぽり、と小さな音がした。覗き込むと、濁っていた水が、ゆっくりと澄んでいくのが見えた。
「……本当に、変わるものだな」
イリスが、感心したように呟いた。
畑も同じように、一区画ずつ、丁寧に見て回った。すべての畑を今すぐどうにかできるわけではなかったが、特に痩せの酷い一角――かつてフィアの家族が管理していた畑に、俺は名前を与えた。
「――どんな季節でも実る畑」
たったそれだけの言葉で、すべてが解決するわけではない。それでも、土に触れた瞬間、これまでとは明らかに違う、生気のようなものが伝わってくるのを感じた。
数日後、フィアが目を丸くして畑に駆け込んできた。
「ちょっと、これ見て! 枯れかけてた苗が、急に元気になってるの!」
「そうか。良かったな」
「良かったな、じゃないわよ! 何したの、ラス!」
「……ちょっとした、コツを知ってるだけだ」
誤魔化すような言い方になってしまったが、フィアはそれ以上、深くは追及してこなかった。ただ、心底嬉しそうに笑っていた。
村の様子は、少しずつだが、確かに変わり始めていた。
けれど、その変化に気づいていたのは、村人たちだけではなかったのかもしれない。
その夜、村の外れの森から、これまで聞いたことのない遠吠えが響いた。
長く、低く、まるで何かを警告するような声だった。
イリスの表情が、僅かに険しくなる。
「……あれは、ただの魔物の声じゃないな」
「どういうことだ?」
「分からぬ。だが――村に何か起きているのだとしたら、それは自然な理由ではないかもしれぬ」
俺たちは顔を見合わせた。
村を静かに蝕んでいたものの正体は、まだ何も分かっていない。




