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残業と幽霊とストーカー  作者: オツタロ


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第7話 本性

「私たちはこっちだから。」


そう言って上司の課長は駅とは反対方向に歩いていく。


左腕肘辺りを組まれていて動けない。そのまま力づくで歩かされる。


普段の温厚な態度とは違う。


獣が狙った獲物を逃がさない狩りの本能。


そのまま課長は住宅街まで歩いていく。


こんなところに飲み屋があるというのだろうか。


それとももっと遠いところ、いやタクシーを呼ばれて遥か遠いところに行くのか。


「いやー若いっていいね。毎日きびきび働いていて見ているだけで新鮮で癒されるよ。


源さんがうちのチームに来てくれてよかった。毎日が楽しいよ。」


「あの・・・腕放してもらっていいでしょうか。ちょっと歩きづらいのですが。」


「気にしなくていいよ。もうすぐ着くから。」


「え、いやそう言うことではなくて」


そんな無意味なやり取りをしていると課長が足を止めた。


「着いたよ。」


そういったのは住宅街にあるただの一軒家。


表札には”TAKARADA”と書いている。


「普通の家ですよね?」


「そう見えるだろう。隠れ家的居酒屋ってやつさ。」


「隠れ家?」


入ったらわかるよと言うと課長は玄関ドアまで歩く。


そしてドアを引いて開けた。


「いらっしゃいませー。」


店員さんが出迎えてくれた。


玄関だと思っていたところは居酒屋の入り口になっている。


自分が別世界に来たような気分に面食らってしまう。


「驚いたろ?外から見たらただの一軒家なのに中は居酒屋なんだ。


看板も何も出していないから誰も気が付かない。」


課長が店員さんと話している、店員さんは私たちを奥の個室に案内してくれた。


個室と言ってもテーブルがあるような部屋ではなくカウンターを区切っているようなタイプだ。


隣とは板挟まれており隣がいるのかどうかもわからない。そこに課長と私で並んで座る。


座ってみると思いのほか狭い。


課長と肩が当たるのが不愉快だ。


店員さんが後ろの扉を閉めると一瞬にして静寂が訪れた。


「ここは完全個室だからね。普通の居酒屋だと個室風ってだけで話し声はまる聞こえだったりするよね。


ここはねそういう配慮ができている稀有な店なんだ。


扉を閉めると中の会話は外に漏れない。」


課長は饒舌に話す、店員さんとのやり取りから見ても何度も来ているのだろう。


「あの私未成年なんでお酒飲めないんですが。」


「大丈夫だいじょうぶ、ソフトドリンクもあるからさ。


注文は私に任せてくれて問題ない。」


そういって課長はミニ冊子のメニュー表を手渡してくる。


天井にライトはあるが間接照明のような取り付けになっているので薄暗い、メニューも文字だらけで見づらい。


たしかにソフトドリンクは載っている。


「私はウーロン茶でお願いします。」


「・・・そう。わかった。私は日本酒にしようかな。」


カウンターの真ん中に置いてある呼び鈴を課長が鳴らす。


そのまま呼び鈴は課長サイドに持っていかれてしまった。


追い込まれているような気がする。




飲み物とお通しが届く。


個室の狭いカウンター席だが2人で乾杯をする。


「私からのチャットメッセージはきちんと読んでくれているかな。


なんか返信がパターン化しているような気がしてきちんと読んでくれてないようなそういう心配をしちゃうんだよね。」


「はい、読んでます。」


「そりゃよかった。なかなか忙しくて実際に指導はしてやれないのが残念だがね。」


「チームの先輩方に教えてもらっているので大丈夫です。」


「うんうん、よかったよかった。」


課長は日本酒をおちょこで飲んでいる。


「源さんは彼氏はいるのかい?」


「いません。」


「ということは経験ないってこと?」


「経験?デートのですか?」


「いや処女かってこと」


「・・・」


このおっさん何言ってんだ。


今まで何とかして愛想笑いと相槌を打っていたが自分でも顔が崩れているのがわかる。


今ひどい表情になっているだろう。


「そうか、処女かー。それは大変だな。」


「・・・」


課長の手が私の太ももに乗っている。いや触っている。


指がぐねぐねと動いて気持ち悪い。


怖くて声がでない。


「なら私と練習しないといけないね。


そうじゃないと彼氏ができたときに困るだろう。


大丈夫私は経験豊富だから安心しなさい。」


痴漢に遭った人が怖くて声がでなかった、動くことができなかったというのがよくわかる。


身体が硬直している、解こうとしても解けない。


金縛りにあっているようだ。


「善は急げだ、今すぐに行こう。


処女なら最初はすぐに終わるからさ。」


課長は日本酒が入っている白い入れ物に口をつけて一気に飲み干した。


顔は赤くなっているがそれはお酒のせいなのだろうか。


叫び声を上げれば逃げれるか、店を出たときに走れば逃げれるか。


課長はお酒に酔っているようだし。


運動は私の方ができると思う。


明日から仕事はどうなる。会社を辞めないといけないのか。


せっかく入った会社だ、大学への進学を諦めて不安な中、学校の先生が紹介してくれた会社、会社の人たちも優しいし雰囲気も悪くないのに辞めないといけないのか。


そう考えると涙が溢れてくる。


課長が私の腕を掴む。店に連れ込んだ時よりも力が強い。


鷹がウサギを掴んで空を飛んでいるイメージが思い浮かぶ、逃げられない。


そのまま強引に腕を引っ張られて席から立ち上がらせられた。


課長の顔を見るとゲスな笑顔になっている。


そこには温和で誰にでも優しい頼りになる上司の姿はない。




「待てお前。」


女性の声がした。


扉から顔を覗くとそこにいたのは経理の高橋さんだ。


鬼のような形相になっているが今はそれが天使のように見えるから不思議だ。


「高橋くんじゃないか。どうしたんだね。」


課長が平静を装って話しかける。


「あんたにそんな趣味があったなんてな。」


「なんのことかな。私はただ2次会をしていただけだよ。


部下の仕事の悩みを聞くのは上司の務めだからね。」


「タチバナカエデ」


その単語を聞いた瞬間、上司の顔が明らかに困惑の表情になった。


「お前が犯人か。」


「な、何を言っているんだね。それにさっきから上司に対する口の利き方がなっていないんじゃないかな。


これは君の上司に注意させてもらうよ。社外とはいえあきらかな不敬行為だ。」


「話を逸らすな。」


「反省の色なしだな。これは明日正式な処分を部長に提案しないといけないね。」


今日は失礼すると言って私の手を離して高橋さんの脇を通ってすごすごと店を出て行った。


店員さんが声をかけようとしたがそれを無視して店を出て行ってしまった。


高橋さんは私の顔を見るとさっきまでの鬼の形相ではなく優しいお母さんのような顔になっていた。


私の頬に涙が流れだした。


声も抑えれそうにない。


高橋さんが近寄って私の方を抱いてくれた。


しばらく私はそのまま泣くことを止めることができなかった。


「あなたはよく頑張ったわ。無理しなくていいの。」




翌日、就業開始時間前に課長と高橋の2人がオフィスにいた。


彼ら以外誰もまだ出社していない。


「君なら朝早くに来ると思っていたよ。」


「私もですよ。ゲス課長。」


「ここは会社だよ。飲み会の席ならばともかく今はそんな口をきいて許される場所じゃない。」


「こっちにはあんたがセクハラした証拠があるんだ。」


「証拠か、そうじゃないと昨日あの店には来れなかっただろうからね。


そうやって人の楽しみを何度も邪魔するのは君の悪いところだ。」


「社内のゲス野郎たちから女の子をを守っているのよ。普通の恋愛なら見守るだけよ。」


「呆れるね。自由恋愛という言葉も知らんとはね。」


「既婚者に自由恋愛はない。」


「家庭を持てば君もわかるよ。」


お互いが相手を見下す表情でにらみ合っている。


「それで5年前の橘楓さんの話が聞きたいんだっけ?聞いてどうする?」


「今さらあんたを訴えたところで証拠もないしこの会社なら処分もされないでしょうね。


私は真相を知りたい。」


「私が犯人の前提で話が進んでいるね。


だが当時の彼女のことならある程度知っている。


それでよければ話せるが。」


「それでいいわ。」


「長くなるから今からだと厳しいな。今日の20時にどうだろう。


場所はこのオフィスで。」


「それでいいわ。」


2人は自分の席に戻った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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