34話 終業式
「そこ、来賓席ね」
「国王様が御到着されました」
「学園長、台本は暗記されまして?」「うっ」
忙しなく声が行き交い、パタパタと幾つもの足音が聞こえてくる。
ここ、セレスティア王立魔法学園――の生徒会室は、朝から沢山の人々で大いに賑わっていた。
学園長や理事長などの大物が揃い、今日読む言葉の練習をしている。生徒会役員は皆、籠や筆記用具を持って廊下を行ったり来たりしていた。
突然だが、セレスティア王立魔法学園は二学期制である。一学期が終わるとすぐにレルネンが開催され、長期休暇を経て、二学期が始まるのである。
そして今日は一学期の締め――終業式の日だった。
「エミリオさん、こちらを大講堂に持って行ってくれるかしら?」
忙しそうに足を動かすルイン先輩から、ドサッと花の入った籠を受け取る。
俺は了解しましたと伝え、終業式の行われる大きなホール――大講堂へと向かった。
「花、150です」
大講堂で飾り付けをする係の人に、花入りの籠を渡す。係の人は助かるよ、とそれを受け取り、また飾り付けに専念しはじめる。
ぺこりと頭を下げ、生徒会室へと帰ろうとした――が。
「エミー!」
そんな爽やかな声が耳に入り、俺は小さく舌打ちをした。
「疲れたよぉエミー……」
べたぁと前から引っ付かれ、猫のように手を伸ばして拒絶する。レオナルド殿下は酷いなぁと笑っていたが、その顔にはうっすらと隈が出来ていた。
「エミー、終業式が終わったら、その後お茶でも――」
「寝てください」
「じゃあ一緒に――」
「おひとりでどうぞ」
そんないつものような呆れた会話を交わしながら、殿下の広げられた手を軽々とかわす。
最後に仕事してくださいと喝を入れ、俺はピアノを弾くアーベントの方へと向かった。
「やぁアーベント。調子はどう?」
「!エミリオ様」
アーベントは鍵盤からパッと顔をあげると、少し顔を赤らめて言う。熱でもあるのだろうか、少しフラフラとしているように見えるし心配だ。
「あんまり無理しないようにね。アーベントのピアノ、楽しみにしてる」
「わ、ワァ」
あれ、ふいと目を逸らされてしまった。少し上から目線すぎただろうか、と一人反省する。
アーベントは学園一のピアニストとして、こういった行事ではピアノをいつも弾いている。
今日も終業式で学園歌を美しく奏でてくれるのだろう。
あの音色を聞くことができるなんて、今からとても楽しみだ。
俺はアーベントにじゃあと挨拶をし、生徒会室へと戻ることにした。
空っぽになった籠を拾い上げ、廊下へと出る。
終業式まで、残り数十分――――。
◇◇◇
「君、最近よくエミーと話しているよね」
「そうですね。私はエミリオ様にこれを頂きましたし」
「なっ、!」
エミリオが生徒会室へと戻ってから、数分後。
大講堂の隅では、2人のそんな会話が繰り広げられていた。
アーベントはドヤ顔で、青薔薇の家紋が施してあるハンカチを胸ポケットから取り出す。
勿論、エミリオはハンカチをあげた訳ではないのだが、アーベントは返さず大切に持っているようだった。
それを見て怒ったのはレオナルドだ。
レオナルドはハンカチを見て、「僕は何も貰っていないのに!」と喚き散らかす。
そんな様子を、準備を見に来た理事長に注意されるのは、それからすぐの事である――――。
◇◇◇
「皆さん、お疲れ様でした。さぁ、解散して部屋へ着替えに行きましょう」
生徒会室に全員が戻ると、ルイン先輩が手を合わせ微笑みながらそう言う。
終業式までは残り10分を切っていた。ここから身だしなみを整え、正装に着替えなければならないのだから、生徒会とはつくづくブラックだと思う。
俺は軽く頭を下げてから、アーベントと共に走って寮へと向かった。C寮は学園から一番遠いところにあるのである。
「おはようエド!」
「!エミリオ、もうこんな時間だぞ……って。なんだその酷い格好!」
もう行く準備をしているエドを見つけ、思わず呼び止める。エドは俺の酷い有様を見て、げぇと嫌そうに顔を顰めた。
「朝から終業式の準備で忙しくて……」
「……分かった。手伝ってやる」
「!エド様〜〜!」
手を合わせ、エドのことを拝むようにする。地獄に仏とはまさにこの事だ。
エドは俺のクローゼットから正装を取り出すと、テキパキと俺を着飾っていった。
俺はその間に、顔を洗うなどの最低限の身嗜みを整える。
ものの数分で、さっきまでの酷い格好は、洒落た魔法学園の生徒へと変貌した。さすがエド、育った環境故に一人でなんでも出来てしまうその姿は、まるでお母さんだ。
「エドーー!本当にありがとう!今度どこか行くの付き合うよ」
「本当か。じゃあびーまおの劇場に付き合ってくれ」
「もちろん!」
そんなことを話しながら廊下を早足で歩く。
大講堂にはもう生徒がかなり座っていた。俺達は隣同士で入学式と同じ席に座る。
天窓から光が差し込んで、とても気持ちいい。
―― ジャーンとピアノの音が鳴り響く。
あぁ、終業式が、始まる――。
『皆さん、一学期は心身共に成長出来たでしょうか。今日は快晴で、気持ちも晴れるのでは――』
マイク越しで学園長先生のありがたいお言葉を聞きながら、背後で静かに聞こえるアーベントのピアノの音を拾う。
その時間は、実に穏やかなものだった。
あぁ、前世を思い出した直後は、こんなにも朗らかな日常を迎えることができるなんて、思ってもみただろうか。
いや、少なくとも手一杯でそんなことを考えている暇は無かったな。
――ピアノの音がジャーンと和音を立て、終わる。
『皆さん、まだレルネン、そして二学期があります。まだまだ気を引き締めて行きましょう。以上で私の話は終わります――』
『学園長先生、ありがとうございました。次は――』
国王陛下も謁見しているこの場で、俺は一人涙を目に浮かべていた。感涙である。
アーベントとも、エドとも、殿下とも。
良好な関係を築き、青春も中々に謳歌することが出来た。
ヒロイン入学まで、あと半年と少し。
それまで気を抜かないよう、まだまだやれることをやってやる。
そしてこの、柔らかく優しい空間を、俺は守るのだ――……。
『レオナルド殿下からのお言葉です。よろしくお願いいたします』
「キャァァーー!」
「殿下ーー!」
「今こっちを見ましたわーー!!」
「私よ!」
「……」
令嬢達の黄色い歓声が上がる。
殿下はパチンと目配せすると、ありがたいお言葉を話し始めた。
何やら俺の周りの令嬢たちが騒いでいるが、全て気のせいだと思いたい。
去り際の殿下の口元が、まるで『エミー』と言っているように動いていて、すぐ隣のエミリ・ダグラー侯爵令嬢が卒倒してしまったことも、全て気のせいだと思いたい。
隣のエドが苦い顔で殿下を見る。殿下のすぐ隣でピアノを弾くアーベントもまた、しかめっ面で殿下を睨んでいた。
あぁ、前言撤回。
最早俺の平和な学園生活は、“攻略対象達に”脅かされつつあるのだ。
それもこんなタイトルコールをしてしまうほどに、である。
さぁ、
乙女ゲームの悪役令息に転生したのに、攻略対象達が迫ってくるとは何事ですか――――!?




