第35話 アルミカンの上にあるみかん
終業式から3日間の休暇を終え、俺たち生徒会役員は中庭の中心へと集まっていた。
生徒たちは皆、自分の教室から乗り出して中庭を見ている。目の前には、不思議な格好をした花火師の人たちが輪を作って並んでいた。
“前夜祭”。それは、レルネンの前日に開催される生徒たちだけの魔法大祭である。
今日は待ちに待ったその日。俺たち生徒会はこの日のために、休暇を溶かして準備に勤しんでいたのだ。
「楽しみだねぇエミー」
「そうですね」
いつも通り殿下のハグを躱しつつ、当たり障りのない返事をする。右隣にいるアーベントは、何やらモジモジとしながら顔を赤くしていた。
「エミリオ様、この後、その、僕と─────」
「あっ始まる!」
誰かのその言葉に、一斉に中庭の花火師へと視線が集まる。花火師達は手をバチバチと鳴らすと、宙に向かって大きく振り上げた。
<バンッ…ドンッ…バンッ……!>
その瞬間、大きな爆発音と共に美しい煌びやかな花火が放たれる。
「わぁ……」
美しい。思わずそんな声が漏れるほど、それは綺麗だった。
「エミー」
殿下に小突かれてはっとする。危ない危ない、忘れるところだったぞ。
俺は拡声器を手に、中庭の真ん中へと立った。
『皆さん!今から前夜祭が始まります。ルールを守って、全力で楽しみましょう!』
そう言った瞬間、生徒たちの歓声が沸き上がり、前夜祭の始まりを鐘の音が告げた。
◇◇◇
「エミリオ様!その、僕と、その……」
「エミー、僕と一緒に回ってくれるよね?」
右手にはにこやかな殿下、左手には顔を真っ赤にしたアーベント。両手に花、いや、この場合は両手に華だろうか。どちらにしろ、令嬢たちに恨めしそうに見られることは変わらない。
現に、アーベント親衛隊(非公認)の皆様がこちらを射抜くかのような視線で睨んでいた。怖い。
「2人ともすみません。実はエドと回る約束をしていて」
そう、俺はすでにエドと約束をしている。だからなぜか顔が赤いアーベントには申し訳ないが、ここは断らせてもらうとしよう。
「……そう」
「そう、でしたか」
アーベントはしゅんと悲しそうに俯いてしまった。あぁごめんアーベント……!明日は一緒に回ろうな!
殿下は……なにやらにこやかな笑みを貼りつけている。しかし頭上に隠れているであろう暗部に何かをボソボソと伝えている。何それ怖い。
「……では、お二人も楽しんでくださいね」
「わかったよエミー……また後でね」
「はい、エミリオ様も楽しんで」
手を振り、別れを告げる。そろそろエドとの約束の時間だ。俺は足早で教室へと戻って行った───。
◇◇◇
「エミリオ、やっと来たか」
「……!?……な……!?」
エドを見て、俺は目を見開いた。
「なんだその格好は─────!?!?」
「そんなに驚くなよ」
「いや驚くだろ」
えーと、現状を整理しよう。
まず初めに、意味がわからないのだが、俺の目の前にミカンがいた。そう、ミカンだ。それもかなりリアルで凸凹まで表現されているミカンだ。
そしてそんなミカンの隣に、今度はアルミ缶がいた。そう、アルミ缶だ。しかもちゃんとアルミで出来ている。いや、何!?
「照れるな……///」
「照れないでくれよ。せめて堂々としていてくれよ」
ポット顔をあからめるミカンとアルミ缶。そしてその後ろに控える布団とクレヨン(黒)。意味がわからなすぎる。一瞬また異世界に来てしまったのではと頬をつねるが、痛かったのでどうやら現実らしい。
「な……なにがあった……?何か辛いことでもあったのか……?」
「エミリオ、お前結構言うようになったよな」
いや、だって。ミカンになるなんてよほどの事がない限りならないじゃん(?)。あぁダメだ、自分でも何言ってるのか分からなくなってきたぞ。
ぐるぐると目を回す俺に気づいたのか、エドはふんと鼻を鳴らすとそのミカンをかぽっと外して言った。あ、外せるんだそれ、と思ったのは内緒である。
「お笑い倶楽部部長として、僕は考えたんだ」
「うん」
「どうしたら生徒たちにハイクオリティなお笑いを届けられるか。そして」
「うん(納得)」
「どうしたらミカンになり切れるか」
「うん?(困惑)」
ミカンニナリキル……?
エド、本当に大丈夫か……?あの頭のいいエドが……頭でも打ったんじゃないだろうか。
「エド、一旦落ち着こ?」
「僕は落ち着いているぞ、エミリオ」
どこがだろう。
「つまり……お笑いの出し物で使うってことでOK?」
「そうだ」
話をまとめると、そういうことになるだろう。なるほど、お笑い倶楽部の出し物で使うのか。それなら納得……うん、納得だ。
エドはまたミカンをかぽっと被ると、俺の手を引いて言った。
「それでは行こうエミリオ。お前たち、また後でな」
「待て待て待て待て待て」
「?なんだエミリオ」
ちょっっっと待ってくれ。何食わぬ顔で行こうとするミカンエドは、不思議そうにこちらを見ていた。なぜ……?なぜそんなに純粋な眼差しができるの……?ミカンなのに。
「いや、百歩譲ってお笑いの出し物で使うのはわかるよ?」
「あぁ」
「そのまま行こうとするのは何!?」
「……?変か?」
「いや、……うーん!」
俺は一体、どこで間違えたのだろうか。
「そうか……変か……」
「……やっぱり大丈夫だ。うん。行こう、エド」
俺はツッコミを放棄した。このカオスを自分一人で処理すること、そして何よりシュンとするエドが俺の心にクリティカルヒットしたからである。
TRUE LOVEではエドのこんな姿見たこと無かったから、多分これも俺のせいだ。あぁ、また一つ原作を変えてしまった……。
その後、「1年の生徒会副会長がミカンと歩いてた」という噂が広まり、殿下とアーベントにどういうことか詰められたのは、言うまでもないだろう。
◇◇◇
エドと様々な店をめぐり、俺は沢山の荷物を抱えて一度生徒会室へと戻ってきた。自分のデスクにざっと荷物を置き、そこで顔を上げてギョッとする。
「やぁ、待ってたよ。エミー」
「な……で、殿下……なぜここに」
そこには自分の執務机で両手で頬杖を着く、レオナルド殿下の姿があった。殿下はスタスタと立ち上がりこちらへ来ると、俺の置いた荷物を置いて言う。
「随分楽しんできたんだね?先程も聞いたけど、ミカンと浮気するなんてエミーは酷いなぁ」
いや、本当に何故ここにいるのだろう。だってついさっき、殿下とは門の前で話したのだ。俺はそのまま真っ直ぐ生徒会室に来たのに、なぜ殿下の方が早いのだろう。ホラーだ、ホラー映画の導入すぎる。
「そんなことは置いといて、ね?」
「……はい」
「僕に言うこと、あるよね?」
なんなんだ一体。先程から俺は「なんなんだ一体」しか思ってない気がするぞ。
「ご、ごめんなさい……?」
「違うでしょエミー、見回りは一緒に回りましょう、でしょ?」
「は、ハイ……」
何故こんなに尋問されている気持ちにならなければいけないのだろうか。まぁそれはいい、それはいいが、一緒にまわる?冗談じゃない。俺は1人でゆっくりじっくり回りたいのだ。
しかしそれを言おうと口を開いた時、バンッと生徒会室の扉が開き、焦った様子のルイン先輩が入ってきた。息を切らしながら、俺たちを見てほっと肩を落とす。
花火の音が、どこか遠くで鳴っていた。
「あぁ!よかった!いたわね!」
「……?どうされたんですか?」
ルイン先輩は1枚の紙を殿下に渡す。殿下はそれを見て目を見開いた。
「……へぇ」
「なっ……!」
俺も覗き、思わず声をあげそうになる。そこに書いてあったのは─────
『明日セレスティア王立魔法学園二、爆発魔法ヲ仕掛ケル』
という爆破予告だったのだ─────。




