第30話 誤解
「エミリオ、ちょっといいか」
夜、いつものように生徒会が終わり、部屋に戻るとエドが神妙な面持ちでそう聞いてきた。俺はもちろんと答え、鞄を壁にかける。
小さなソファに座るエドの隣に腰を落ち着かせる。エドははぁと1つ息を吐くと、眉を顰めて言った。
「エミリオ……最近、アーベントに何かしたか?」
「はぁ?」
アーベントに何かしたか?俺は生徒会で少し話して誤解が解けたくらいで、特に何もしていない……はずである。
俺が首を傾げると、エドはまたも溜息をついた。
「最近、こんな噂がある」
エド曰く。最近、アーベントが作っているという“恋の曲”が完成したと話題になっているらしい。更には、最近表情も柔らかくなり、親衛隊の皆様が黄色い歓声をあげているのだとか。
俺はその話を聞き、ぴしりと時が止まったように感じた。
――まずい。俺はまだ、ルイン先輩とアーベントに恋愛フラグを起こすようなことを、何もしていない。
(キューピット失格じゃないか!)
ガンと頭を石で殴られたようだ。あんなにキューピットになると豪語しておいて、俺はまだ一つも行動を起こせていなかった。
何をやっているんだ俺は。こんなの、キューピット失格だ。運命をねじ曲げた責任を取らないなんて、最低最悪である。
「エド……」
「どうしたんだエミリオ」
「俺……頑張るよ!!」
「っ……な、何をだ」
エドが驚いたような、それでいて苦しそうな顔をする。俺はそれに、元気な声で答えた。
「ルイン先輩とアーベントを、くっつけるために……!!」
「………………」
「エド!おすすめの恋愛小説無い?」
「………………」
固まったエドを不思議に思いながらも、エドの棚にちらりと目線を送る。エドが自身で改造した棚には、実に多くの書籍がある。
そんな俺に、エドは何故か怪訝な顔を向けた。そしてまた大きな溜息を吐くと、ポコンと俺の頭を手刀で叩く。
「いてっ」
「はぁ〜〜ー……。エミリオ、あまりアーベントをいじめてやるなよ」
「いじめるってなんだよ!?」
エドは「この話は止めだ」と言うと、ソファから立ち上がりスタスタとベッドの方へ戻って行った。
「……アーベントが表情を出すのは、お前の前だけだというのに」
その去り際、ボソッと言い放たれた言葉を、聞き取ることは出来なかった。
◇◇◇
「バーンデッドさん、ちょっといいかしら」
翌日の午後5時半。生徒会が終わり、いつものように図書室へ――と思ったところで、後ろから声をかけられる。
振り返ると、そこには書類を抱えたルイン先輩の姿があった。
黒髪が夕日に照らされ、より一層艶めいている。
綺麗な髪だな、なんてことを考えていると、ルイン先輩が微笑んで言った。
「資料室の管理人さん、少しお手伝いしてくれないかしら」
◇◇◇
「助かったわぁ。一人じゃ最近運ぶのが辛くて」
「いえいえ!またいつでも言ってください」
「ふふ、ありがとう。資料室も格段に綺麗になって!貴方を管理人に任命してよかったわ」
手伝いで請け負った書類を棚に仕舞いながら、そんなことを談笑する。
ルイン先輩曰く、ここの元管理人は現在二学年で、随分前に学校に来なくなってしまったらしい。だから適材適所な俺がいて、本当に良かったと喜んでくれた。
「でもね、貴方は管理人(仮)よ」
「管理人(仮)?」
「えぇ……。ここはまだ、“あの子”の居場所として残しておきたいの」
「……素敵な考えですね」
“あの子”とはきっと、ここの元管理人のことを指しているのだろう。居場所を残しておきたいなんて、実に優しいルイン先輩らしい。
「ふふ、でも今の管理人は貴方よ。何か欲しいもの、必要なものがあったら言ってちょうだい」
そう嬉しそうにころころと笑うルイン先輩を見て、俺も自然に顔が綻んでいた。
――あぁ、この方なら。
アーベントを主人公のように救えるかもしれない。孤独に取り残された、作品内でも一番に拗れてしまった彼を――。
そういえば、ルイン先輩には好きな人などいるのだろうか。これで婚約者がいたら、元も子もない。
そう思い立ち、俺は単刀直入に聞くことにした。
「話が変わるのですが……。その……、ルイン先輩って、婚約者や好いてる方がいますか?」
「あら」
急にどうしたの、とルイン先輩がころころと笑う。そして一拍置き、微笑んで言った。
「そうねぇ……今はいないわ」
「そ、うなんですね」
いないのか、良かったとほっと胸を撫で下ろす。これでアーベントの恋路は成就の可能性が出てきた。心置き無く、キューピット業をやることができる。
しかしこれだと、変な誤解をされる恐れがある。俺はふっと安堵のため息を吐き、事の説明に移ることにした。
「実は、知り合いが先輩の事を……」
「あらあら、そうなの」
「えぇ。すみません、確かめるようなことをして」
「いいえ!全然大丈夫よ」
またころりと笑うルイン先輩に一安心しながら、棚の扉を閉める。嘘はついていない。嘘はついていないから、大丈夫だ。
気づけば、すっかり外が暗くなっていた。梟の鳴き声が、藍色の空にこだまする。
今日は図書室に行けないなと思いながら、鞄を肩にかけ直した。
「今日は本当にありがとうね、バーンデッドさん……いえ、エミリオさんでいいかしら?」
「は、はい!こちらこそありがとうございました。ではまた明日、生徒会室で」
「えぇ」
名前呼びになったことに驚きながらも、それより嬉しさが勝る。皆の憧れの才色兼備な彼女に名前呼びされるなんて、いつか刺されるんじゃないかと思いながら。
「それにしても良かった……これでキューピットに専念できるな」
なんて独り言を漏らし、寮へと踵を向けた――。
◇◇◇
「あら?」
C寮の女子寮へ帰る途中、ルインは音楽室の前で蹲るアーベントを見つけた。
「どうしたのかしら?ヴァイゼさん」
そう声をかけると、ゆっくりと顔が上がる。その目は少し赤らんでいて、先程まで涙していたことが伺えた。
アーベントはふいと目を逸らすと、なんでもありませんと言って反対方向へ歩いていった。
その背が消えるまで、ルインは心配そうに視線を送っていた――。
◇◇◇
「……消えたい」
部屋のベッドに蹲り、小さくそんなことを呟く。しかしその言葉は、真っ暗な闇に溶けて無くなってしまった。
今日、アーベントはいつも通り生徒会が終わり、音楽室でピアノを弾いていた。伝統の曲がもうすぐ完成すると意気込みながら、あの方に届いていますように、と願いながら。
途中、つい気になって図書室を覗いてしまった。
しかしそこには、目当ての彼の姿が無い。おかしいなと思いつつ、そんな日もあるかと気を取り直してピアノを弾くことに専念した。
午後6時をまわった。
生徒が部活で帰る中、アーベントは資料室へと足を運ぶ。“彼”は先日、資料室の管理人に任命されていた。もしかしたら今日は、その清掃で忙しいのかもしれない。
潔癖症の克服のためにも、手伝えたらいいな、なんて淡い妄想をしながら、アーベントは資料室の前へ着いた。
――しかしそこからは、彼の声ともう1つ、女性の声が聞こえてきた。
人より何倍もいい耳には、中で話されていることも容易に聞こえてしまう。
『話が変わるのですが……。その……、ルイン先輩って、婚約者や好いてる方がいますか?』
『そうねぇ……今はいないわ』
『そ、うなんですね』
最後の言葉は、安堵で満ちているようだった。その安心したような声色に、鼻の奥がつんと痛くなる。
ドクドクと胸が早鐘を打っている。それは彼と話す時と同じもののようで、全く違うものだった。
今はそれが酷く辛い。生徒会長に、彼と話さないで欲しいと、そんなことまで思ってしまう。
そこで気がついてしまった。
(あぁ、私は)
私は、「エミリオ様に、恋、していたのか」
カァっと顔が熱くなる。
それと同時に、胸に失恋同然の痛みが襲いかかり、アーベントはそこから逃げるように音楽室へと向かった。
音楽室前で静かに涙を流す。
あんな質問をするということは、エミリオが生徒会長をどう思っているかなんて歴然。
「ぅっ……っ……」
小さく唸りながら、アーベントは涙した。その途中、女子寮へ帰るであろう生徒会長に声をかけられたが、今はどうもその顔が見れず逃げてしまった。
そして冒頭に至る。
「……はぁ。私は……いえ」
しかし、諦めたくなんかない。彼は私のものだ。
アーベントはそんなことを思った自分に驚いた。
思いのほか自分は、独占欲が強かったらしい。
「諦めませんよ……エミリオ様」
涙声でそう言う声は、闇夜に鳴く梟に、掻き消されてしまったのだった。




