第31話 最悪な勘違い
「あ、あの……?」
放課後、生徒会室。外から光が差し込む中で、俺は2人の人物に囲まれ呆然と突っ立っていた。
右手側にはにこやかに笑うルイン先輩、そして左手側には今にも噛みつきそうに先輩を睨むアーベントの姿がある。
(なぜ……なぜこうなったんだ?)
ことの発端は30分前、書類をルイン先輩に渡そうと、立ち上がった時のことだった――。
カツカツカツカツ、鉛筆の走る音が響き渡る。今日は生徒会役員全員が揃い、レルネン前の膨大な仕事を終えるために奔走していた。
気がつけばレルネンまで、残り1ヶ月を切っていた。そのせいで生徒会は書類に追われる日々。ここ数日は午後7時になるまで居残りしていた。
ブラックだよなぁ、なんて思いながら無心で鉛筆を走らせる。こんなに忙しければ、キューピット業なんて、やれないのが当然だった。
だから俺は忘れていたんだ。ゲーム内で彼には――アーベントには、ヤンデレルートがあるということを――。
(あ、生徒会長の印が必要なやつだ)
ぱっと手に取った書類は、大広間でやる劇の申請書だった。大きな出店は予め生徒会長の印が必要になる。俺は忙しそうにするルイン先輩の元へ、他の必要な資料も合わせて持っていくことにした。
がたり、と席を立つ。
その時、意外にも隣から声がかけられた。
「エミリオ様……どちらへ?」
「あぁ、ルイン先輩に判子を貰いに行くんだ。ほらこれ」
くいっと俺の袖を掴むアーベントに、いくつかの申請書を見せる。アーベントはそれを、無言で奪うようにして取った。
「えっ」
驚いて声を漏らすと、アーベントは首を横に振る。そしてよく通る声で言った。
「これは私が持っていきます。私も判子を貰わなければいけない書類がいくつかあるので。ついでです」
そう言って、アーベントが席を立つ。
(そんなの申し訳ない!)
俺はそれを無言で制止し、いやいやと首を振った。
「じゃあ俺が全部持っていくよ。アーベントは書記。特に書く書類が多いだろう?」
「っ……」
そう言うと、アーベントは苦い顔をした。なんだか酷く辛そうで、何かを思い出しているような、そんな顔をしている。
もしかしたら体調が優れないのかもしれない。そう思い、俺はますます彼が立ち上がるのを阻止した。
――しかし。
「あら、エミリオさん、どうしたの?」
後ろから、柔らかな透き通った声がかかる。
振り返れば、艷めく黒髪を持つ生徒会長――ルイン先輩の姿があった。
その顔を見た瞬間、アーベントは何故か俺の前へと立ちはだかった。まるで、俺とルイン先輩が話すのを、阻止するように。
ルイン先輩はその様子を見て、ふふっと笑った。そして、口元に手を当てて柔らかい声色で言い放つ。
「嫌ねぇ。貴方からエミリオさんを取ったりしないわよ」
「……」
そう言ってクスクスと笑うルイン先輩はやはり、誰が見ても美しい才女だった。
ふと横を見ると、アーベントが顔を真っ赤にしている。
(なるほど……。ルイン先輩と話せて嬉しいのか)
そういえば、ルイン先輩とアーベントが話しているところを見るのは初めてだ。久しぶりに話すことができて、照れているからこんなに顔が真っ赤なのだろう。
「エミリオ様は、誰のものでもありませんから。取るとかそういう話では――」
「あら?じゃあ、何故そんなに警戒しているの?」
なにやら話が進んでいるが、今俺の頭の中はそれどころではない。アーベントの恋の行方を見守るのに必死だった。
外から見ると、やはり美男美女。とてもお似合いだなぁと思う。この2人が並ぶと、とても上品な画になっていた。
あぁ、この場面のスチルが欲しい。そしたら一生大切にするから。なんて、そんなことを考えていたのがいけなかった。
「……」
「あらあら、そんなに睨まれるなんて」
(…………え?)
そうして冒頭に至る。
この間に、何があったんだ?
アーベントは敵意をむき出しにしてルイン先輩のことを睨んでいた。その様子を、ルイン先輩は何かを分かっているようにくすりと笑う。
俺がしょうもないことを考えている間に、一体何があったのか。
何やら空気がピリピリとしている。ただでさえ繁忙期なのに、これでは仕事を進ませることが憚られた。
「……どうされたのですか?2人とも……」
「あら、本当に分かっていないのね」
「……」
恐る恐るそう聞くと、ルイン先輩はまたコロコロと笑った。そして、アーベントの持つ書類を受け取り、スタスタと執務机へ帰っていく。
「――…」
去り際、ぼそりとアーベントに何かを耳打ちしていたが、それが俺に聞こえることはなかった。
その先輩の仕草に、アーベントがまた顔を赤くする。
もしかして、久々の逢瀬を、俺がいたことで邪魔してしまったのだろうか。
モヤモヤと心の中を後悔が襲う。何となくアーベントに謝ると、アーベントは俯いたまま無言で席へと戻って行ってしまった。
やはり邪魔してしまったことに怒っているのだろうか――折角応援すると決めたのに。
こんなのキューピット失格だ、と後悔に苛まれながら、俺は泣く泣く書類に印を押していったのだった――。
「エミリオさん、ちょっといいかしら」
書類と睨み合っていると、ルイン先輩から声がかかる。本日二度目の会話は、捺印済み書類の受け取りだった。
生徒会長用の執務机へと向かう。その最中、チラリとアーベントを見ると、やはりこちらを睨んでいるようだった。
きゅうと心が痛くなる。折角仲良くなれたのに、申し訳ない。
直ぐに戻ろうと決意し、俺はルイン先輩の前へ立った。
「はい、こちらは全て目を通したわ」
さすが生徒会長。仕事がとても早い。
膨大な数があった資料は、OKとNGに分けられていて、全ての捺印が完了されていた。
「ありがとうございます。ではこれで」
そそくさと退場しようと、書類を胸に抱え足を翻す。しかし後ろから「ねぇ」と声をかけられ、思わず足を止める。
「な、なんでしょう」
「あまりヴァイゼさんをいじめてはダメよ。貴方は……もっと、自分が周りからどう見られてるかを考えた方がいいわ」
「え゛」
いじめてはダメ――いじめては!?
その時、先日エドに言われた言葉が頭を反芻した。
『あんまりアーベントをいじめてやるなよ』
(は!?)
頭をガンと何かに殴られたような感覚になる。
もしかしたら、俺は。いや、そんな。
もしかしたら俺は――――
「無意識にアーベントをいじめてた……?」
(へぁっ!)
思わず変な声が出そうになる。喉の奥がギュッと締まり、酸素の通る音がよく頭の中に響く。
まさか、そんなまさか。
もしかしたら俺は、意識していないだけでアーベントをいじめてしまっていたのかもしれない。
それも2人に指摘されるなんて、俺の無意識ないじめは余程なのだろう。
これは、キューピット云々どころではなくなってきた。やはり悪役令息というだけあって、無意識のうちに“そういう性”が出ていたのかもしれない。
(まじか……)
あんなに頑張って性格や体型を直したのに。それでもダメだったなんて。
ふらふらと机に戻る。隣をふと見ると、アーベントがこちらを見ていた。しかし目が合うと、ふいと逸らされてしまう。
(あぁぁぁごめん)
心の中で謝り倒すが、もう遅いのだろう。
仲良くなれたと思っていたのは、自分だけなのかもしれない。そう思うと、ますます胸が痛くなる。
しばらくはアーベントと話すのを辞めておこう。
距離を取れば、彼を傷つけずに済むだろう。
俺はそう密かに決意し、その日からアーベントとの関わりを、
――――やめた。




