第28話 魔法大祭の準備
鉛筆が当たる音と、書類の擦れる音が反復して響く。窓からは仄暗い橙が差し込んでいた。
ここは生徒会室。今日、俺は珍しく召集され全員が揃った生徒会メンバーの中、机に向き合い大量に課されたノルマをこなしていた。
いつもはひっついている殿下も、今日ばかりは静かに仕事をしている。先程ちらりと見たその執務机の上には、おぞましいほどの書類がとっ散らかっていた。
今日は帰るのが遅くなるだろう。
お隣のアーベントは相変わらず仏頂面で、粛々と書類仕事をこなしていた。挨拶しても無視されるのはご愛嬌である。
それにしても、今日は特に書類が多い。
何故なのだろう、と不思議に思っているところで、手元にある書類を見て合点がいった。
「あぁ、レルネン……」
レルネン。ここ、セレスティア王立学園で毎年開催される、伝統的な魔法大祭のことである。
今日はやけにその書類――“出店の申請書”が多かった。
思えば、生徒会に入り早数ヶ月。入学してからは約半年が経っている。生徒主催のレルネンの準備が、始まりつつあるのだろう。
申請書には、“お化け屋敷”などの文化祭ならではなものから、“攻撃魔法講座”や“魔法石商店”など、この世界でしか出来ない魔法を使った出店まで、様々なものがあった。
俺はその書類を確認し、要点をまとめ、生徒会長の印鑑を貰う役目をしている。
必然と書類仕事が多くなるのは当たり前だった。
「しかし……魔法石商店はなぁ」
魔法石は高価で、貴族しか手に入れられないようなものだ。
安値で売ることができるならいいのだが、平民との格差が出るものはなるべく避けたい。
そう溜息を漏らしていると、隣からちらりとアーベントが覗いてきた。
そして書き留めた文字を見て、開口一番、こんなことを言う。
「……貴方もそういうの、考えるのですね」
アーベントはそれだけ言うと、席へ向き直り書類を片付け始めた。
前々から気づいていたことだが、どうやら俺はアーベントにあまり良く思われていないらしい。
それも嫌われているのは、“前の俺”――即ち、悪評が絶えなかった頃の俺である。
アーベントは遠い国からやってきた伯爵貴族だ。社交界で会ったことは無いが、それなりに俺の悪い噂は聞いていたのだろう。
でも、だからといって。そんなに軽蔑しなくてもいいではないか、とは思う。
しかし、彼の恋愛的な運命が曲がったのは、半分俺のせいでもある。そこはしっかりと責任を持とうと思う。
「皆さん、休憩に入りましょう」
書類の端を揃えていると、ルイン先輩がそう声をかけた。それに反応して、生徒会室の張り詰めていた空気が一気に緩まる。
皆書類を置くと、水分補給をしたり口々に談笑したりと、自由に休憩をとっていた。
「エミーー!!疲れた!」
ドンと背中に衝撃が走る。言わずもがな。殿下である。
腹に腕を回す殿下を阻止しながら、水分補給をする。その間も、殿下は俺に接触しようとしてきた。ひっつき虫か、あんたは。
水筒を鞄に仕舞う。顔をあげると目の前には、未だに書類を片付けているアーベントの姿があった。
全く有能すぎるのも困りものだ。
働きすぎるのは身体に良くない。
「アーベント、少し休憩したらどう?」
俺はアーベントが休むように、軽く促した。しかし、それが彼の癪に触ったようで、アーベントは顔を顰める。
「……大丈夫ですよ。それより、バーンデッド様は大丈夫なのですか?書類がまだ残っているようですが」
アーベントが俺の執務机にある書類を指す。
忘れていたが、流石クール系一匹狼キャラである。
冷たい声の敬語は、かなり心にくるものがあった。ぐふっと内心吐血する。
しかしそれよりも、殿下が無言でアーベントを見ていることの方が怖く感じた。
「あ、あぁごめんね」
「……」
「今すぐにやるよ」
そう言うと、アーベントは無言で席を立つ。
俺が書類を始めたら休憩をするつもりだったようだ。全く、本当に意地が悪い。
そういえば、ゲーム内の彼もこうだった。
平民なのに成績上位で持て囃されるヒロインを気に食わず、彼は何度か突っかかっていたこともある。
まぁそれは全て、彼の育った“期待されすぎた環境”からの要因だったのだが。
それでも最終的にはヒロインに絆されて、ヒロイン溺愛&執着ルートに入るのである。
(彼は恋愛面以外、あまり歪みの影響を受けていなくてよかった)
無視は寂しいけれど、と心の内で付け足す。
正直、彼の断罪フラグは曖昧なので、極力関わらないことが吉である。
ルイン先輩とアーベントをくっつけたら、俺はそそくさと退場するのがいいのだ。
(早く2人に恋愛フラグを起こさなければ)
そう思いながら、書類を整理していた時だった。
「皆さん、ゆっくり休めましたか?さぁ、後半も張り切っていきましょう」
ルイン先輩が笑顔でそう言う。その言葉に、生徒会メンバー達は席へと戻って行った。
ルイン先輩は続けて、明るい声色で言う。
「あら……必要書類が資料室に」
「そうねぇ……ヴァイゼさん、バーンデッドさん、一学年二人で、資料室へ書類を取りに行ってくれないしら?」




