第27話 キューピット
生徒会が終わり、アーベントは一人で鞄に魔導書を詰め込んでいた。
「ちょ、殿下!」
「エミー!いいじゃないか、少しくらい」
隣では相変わらず、レオナルド殿下とエミリオのハグの攻防が行われていた。
そんな騒がしい隣人を見遣り、はぁとため息を吐く。それに気がついたのか、隣人は慌てて謝罪をしてきた。
「あ、うるさかったよね!ごめんアーベント。殿下ちょっといい加減にしてください」
エミリオは手を重ねながら微妙な苦笑いで言う。
アーベントはふいと無視を決め込み、何やら騒ぐ彼らのことを後にした。
「あ、また明日な!」
「……」
帰る間際、律儀に毎日振られる挨拶にも、無視を決め込んだ。
「――♪」
いつものように音楽室に向かう。ピアノに触れると、ポーンと心地よい音が響いた。
――ピアノの音を心地よいと思ったのは、何年ぶりだろうか。少なくとも、“あの手紙”が貼られるようになってから、アーベントの心はみるみると立て直していった。
それこそ、過去の戯言に囚われなくなるくらいには。
「…――♪♪――♬.*゜」
いつものように練習曲を弾き、心を落ち着かせる。
「―――♪♪♬.*゜」
そして次に、ヴァイゼ家伝統の、恋の曲を弾き始めた。
アーベントがこの曲を弾いたのは、本当に無意識での事だった。
この伝統曲には、愛情を表すと同時に感謝の意も込められている。昔から手慰みに弾いていた曲だったが、作曲を本格的に始めたのは“あのメモ”が置かれるようになってからだ。
アーベントはただ、感謝を伝えるつもりの一心で作曲をしていた。それに淡い恋心が含まれているなんて、曲を聞けば分かるものだが。
そのせいで変な噂が立っていることも、アーベントは知らなかった。
ただ、感謝の気持ちを伝えたかった。
それだけだったのに――――――
(最近、手紙のことを考えると胸が苦しくなる)
アーベントの心は、どうやら知らず知らずのうちに“謎のメモの主”に惹かれていたらしい。
しかしアーベントは知らない。この感覚がなんなのか。恋とは、なんなのかを―――。
「―――♬.*゜―――••.¸¸♬︎」
アーベントは今日もピアノを弾く。手紙を送ってくれる人の為に、最上級の感謝を込めて。
(今日もいい曲だな。仕事が捗る)
隣の部屋で呑気に音色に身を委ねるエミリオは、そんな事を、知る由もなかった。
◇◇◇
「……」
まずい、非常にまずい。
深夜、俺は机の上に大きな紙を広げていた。
そこにはTRUE LOVEでの関係性や、生じた歪みなどが記されている。そう。これは以前書いた、俺 (とサリー)がこの世界で生き残るための、計画書である。
かつ、と鉛筆を突きつける。芯の先には、アーベントの情報が書かれている。すぐ隣には、キャロル・ルインと記されていた。
――また、変えてしまった。
俺の憶測だが、恐らくアーベントはルイン先輩に好意を寄せている。それもどうやら、秘伝の恋の曲を作る程に本気らしい。
……なぜこうなった?
いや、どうもこうも俺のせいだろう。
ふっ、と過去を思い出す。
ここに来るまで色々あったが――特に大きく変わったのはレオナルド殿下の人柄である。
あの方はゲーム内では、もっと優しくて、クールで、それでいて柔らかい笑顔をする人だった。はずだ。
書き起すと、「いや、誰?」である。
優しくてクールで柔らかい笑顔?
本当に誰?
この理想を煮込んだ理想像みたいな男は。
兎も角も、俺はそうなる予定だった殿下を大きく変えてしまったらしい。今や殿下は、執着と束縛と粘着質を泥煮込みにして混ぜたような性格だ。
何故そうなったのかは、心当たりが全くない。
そして、生徒会メンバーも大きく変えてしまった。俺が副会長になったこともそうだが――、何よりも、アーベントが生徒会に入った事が大きい。
アーベントは様子から見るに、殿下の勧誘で生徒会に加入したらしい。ゲームにはこんな描写は無いため、これも1つの生じさせてしまった歪みだ。
ここまでで1つ分かったことがあった。
どうやら歪みは、直せない――むしろ波紋のように無意識のうちに広がっていくらしい。
俺が何も干渉していないのに、勝手にアーベントを誘った殿下がいい例だ。
ここまで来るともう、この世界の軌道が分からなくなってしまった。
まぁつまり、何が言いたいかと言うと。
「アーベントがルイン先輩に恋したのは……俺のせいなんだよなぁ……」
俺は額に手を当て、ガックリと項垂れた。
アーベントが恋をするのは自由だ。しかしゲームの強制力を考えれば、彼とルイン先輩が自然に結ばれる可能性は等しくゼロに近いだろう。
彼はヒロインと結ばれる可能性の運命にある、攻略対象なのだから。
「こうなったらもう、責任を取るしか……」
責任。アーベントが恋をしたことに対する責任。それは1つしかないだろう。
結ばれる可能性が無くとも、外野が干渉すれば?
(何としてでも2人をくっつけてやる!)
そうか、その手があった、とぽんと手を鳴らす。
たとえ運命が違うとしても、俺という外野が干渉すれば2人が結ばれる可能性はある。
更には俺が2人をくっつけてしまえば、アーベントがヒロインに執着することはなくなる。つまり、断罪フラグがなくなるも同然なのだ。
「それだ!キューピット!」
つまり俺は、2人をくっつけるキューピットになればいいのだ。
「キューピット!やってやる!」
「うるさい」
先程までベッドで寝ていたはずのエドの声が、ぴしゃりと空気を裂く。思わず舞い上がってしまい、大声を出してしまった。深夜なのに悪いな、と頭を下げる。
「あ、ごめん」
「こんな深夜に何をやっているんだ」
「俺、キューピットになるよ」
「はぁ?」
エドはそう意気込む俺の決意に首を傾げていた。
「いいから早く寝ろ」
「うん。あ、前話してたアーベントのことは安心して」
「なにが」
「俺が先輩とくっつけるから。敵わない恋なんてないんだよ」
ここは乙女ゲームだからね。そう心の中で笑うと、エドは眉を顰めて言った。
「はぁ……。敵わない恋なんてない、か。そうだったら良かったんだけどな……」
「?」
エドは大分微睡んでいるようで、最後の方は殆ど聞き取れなかった。まぁ、俺のキューピット役を応援してくれていると汲もう。
「おやすみエド」
「あぁ、おやすみエミリオ……」
俺はぺかぺかな笑顔で布団へと潜り込んだ。
明日はどうやってフラグを立たせよう、そんな事ばかりを考える。
やっと勝機が見えてきた。断罪フラグ……残るはアーベントと第二王子だけだ。
ヒロイン入学まで半年以上ある。
やれることを、やってやる。
そう意気込んだところで、俺は段々と微睡んでいった。




