第三節
まだ人々が眠りから覚めたばかりで、通りに人影は疎らな早暁。都会にあっても空気が澄んだ時間帯に、不似合いな黒衣がふたつ、半裸がひとつ。
出入り自由とは言え、余計なトラブルを回避する為、五か所の出入り口には見張りが配備されている。その見張りふたりには、黒衣と半裸のふたり連れに見えた。
異民族区――人間たちがそう呼ぶエルフたちの住処に、ヴァルハロスたちは早い時間にやって来ていた。
「……っ、お、おい、あんた――」
呆とふたりを見詰めていた見張りたちは、は、っと我に返って声を掛けた。掛けられた方は、一瞥くれるだけで返事は無い。
「あぁ、いや、別に通っちゃいけねぇと言う訳じゃ無いんだが、こんな朝っ腹から一体エルフに何の用が――」
話し掛けながら、まるで眼力だけで射殺されるんじゃないかと思えて来て、つい視線を外してしまう。その外した視線の先では、朝からお眼に掛かるには不健全な姿の女が微笑を湛えていた。
「別に喧嘩をしに行く訳じゃ無いわ。ほら、珍しいでしょ、こんな街中にエルフなんて。ちょっと見て回るだけよ。」
そう品を作ったアマンダに、見張りふたりは見惚れてしまう。
「……そ、そうか。なら良いんだ。俺たちゃ、エルフと揉め事起こして欲しく無いだけさ。」
「そうそう、エルフが襲われでもしたら、俺たちが上官に怒られて、その上官がさらに偉い奴に怒られる。」
「エルフの方が襲われる訳ね。」
「ん?あぁ、そうだ。エルフの奴らは大人しいもんさ。顏馴染みのエルフたちは、皆気の良い奴らだしな。」
「だが、エルフが気に入らねぇって奴が、この街にゃごまんといる。俺たちは、エルフじゃ無くて人間を見張ってんのさ。」
彼らは、国お抱えの正規兵だ。その手に持った槍も腰の物も胸甲も、それなりの拵えに見える。それが向けられる相手は人間族。少なくとも、そう言う事になっている。
興味無さげにその様子を見ていた黒衣の主は、ふい、と視線を前方に戻して歩み出す。それに気付いた黄橡色の髪をした従者は、
「それじゃあ、お仕事頑張って下さい。」
見る者が見ればお愛想と丸判りの笑顔と、軽く会釈し見せ付けた谷間に相好を崩した見張りを後に、すぐさま主の背中を追った。
その間抜けた顔の眼の前をもうひとつの黒衣が横切るも、彼らは全く気付かなかった。
人間の街の中で暮らすエルフを、俗にシティ・エルフと呼ぶ。その多くが、種族としては森エルフで、ヒエラルキー的に言えば中間層に当たる。
多くの者がエルフと聞いて想像するエルフがこの森エルフであり、華奢な体で身長は高く、樹木の葉のように細長い耳をしていて、ドワーフが生粋の戦士であるように、エルフは生粋の狩人だと思われている。
森に棲む為自然に近い存在とされ、精霊使いであると思われる事も多いが、それは森エルフでは無く貴族階級に当たるハイ・エルフの特徴だ。無論、森エルフの中にも――最下層民であるダーク・エルフの中にも、精霊使いは存在する。
ただ、種族の特徴と言えるほど数が多いのは、ハイ・エルフのみであった。
そんなエルフらしいエルフ、決して冷遇されるほど低い身分でも無い森エルフが、何故人間族の街などで暮らすのか。多くの場合、古い時代の戦の名残り、奴隷として飼われているからだ。
人間族がその版図を広げて行く過程で、魔法種族の多くは住処を追われ、人間族の領域外へと姿を消した。エルフ族の場合、彼らの領域であった森が奪われて行き、その森を棲み処とし種として最も数も多かった森エルフたちが、その侵略の際に身柄を拘束された。
同じ姿の者よりも、違う姿の者の方が奴隷として使いやすい。そんな人間心理が働いたものか、人間族の奴隷の多くが犯罪者で使い勝手が悪かったからか、こうして捕まった森エルフたちは奴隷として重宝された。奴隷――優れた労働力として。
結果的に、奴隷化した森エルフ――シティ・エルフたちは、奴隷として扱われはしても根絶やしにされるような事は無く、奴隷としてシティ・エルフと言う新しい種の歴史を刻む事となった。……長命種故、同じエルフが何代も人間の家に仕え続ける――と言った歴史だが、少数シティ・エルフとしての生活しか知らぬ若者もいる。
人間族が、魔法や魔法種族などはお伽話の存在だと思い込むようになった頃、人間族の領域内にいる亜人種は、ほぼ職人ドワーフとシティ・エルフばかりとなっていた。ディアマンテのように、シティ・エルフのいない街も多い為、奴隷としてのエルフと言うものを知らぬ者もいるが。
この都では、そう言った偏見、先入観もあってか、エルフ自治区のエルフたちを悪し様に言う人間は多かった。だが――エルフ自治区のエルフたちは奴隷では無い。
貴族がその身を憂い、都の一等地に住まわせる奴隷などいるはずが無い。ここグラドマリステレスのシティ・エルフは、他の地域のシティ・エルフとは別物だった。
黒衣が歩む道すがら、立ち並ぶ家屋は皆おんぼろで、しかしちゃんと家屋の体を成していた。そもそも奴隷身分のシティ・エルフなら、自分たちの家など持たない。仕える家に粗末な部屋が与えられる。
おんぼろ具合にも特徴がある。都の家々が古くなって破れ果てた感じでは無く、造りがそもそも違っている。石材などは使わず木材のみで建てられた、建築様式も簡素な建物である。
朝の支度の為か、水場に集まっている数人のエルフたちも、襤褸を着てはいるが奴隷のようには見えない。言ってみれば……森の民。この都の真ん中で、まるで森に棲んでいるかの如き佇まいを見せていた。
「……樹が無いだけで、森エルフそのものだな。」
「森エルフ――ですか?確かに、他所で見る奴隷エルフとはまるで違いますわね。」
先日見掛けたエルフたちにも、確かに違和感は覚えていた。しかし、アマンダは森エルフは知らない。ヴァルハロスも知らないが――O・D・Iは知っている。
そうして、見るとは無しに周囲を観察しながら、ふたりは自治区の中央を目指した。もちろん、後を付いて来る大男がそれを中央に感じていたから。
そんな道行きを遮るものがあった。中心部へ向かう為、ひとつ角を曲がり少し広めの路地に入ってすぐだった。この場所に似付かわしく無い、随分とごつい体型の影が八つ。
「おい、お前ら。一体どこへ行く気だ。」
その中の一人が歩み出て、厳しい口調で声を掛けて来た。善く見れば、少し吊り気味で切れ長の眼と葉のような長い耳が、彼もエルフである事を表していた。
「……別にどこでも良いでしょう?異民族区は出入り自由って聞いたわ。」
さ、っと主の前に体を滑り込ませ、少し挑発してみせるアマンダ。それに反応し色めき立つ者もいたが、先頭のエルフがそれを手で制した。
「そうも行かない。人間どもはいつも問題を起こす。だから我々がこうして見回っているのだ。」
その言葉に、後ろの者たちが身構える。とは言え、皆素手だ。武器の類いは所持していないし、少しよれた服を立派な体躯が押し上げているだけで、防具の類いも身に付けてはいない。
体付きはともかく、その佇まいは戦士のそれでは無く、ただのエルフ住民――と言うには、あまりに鍛え抜かれた体ではある。
「私たちが、何か仕出かすとでも?そんな風に見えて?」
「……確かに、いつもの奴らとは違う。だが、むしろお前らの方が、もっと大きな問題を起こしそうに見えるがな。」
ぴ、っと黒衣を指して、
「只者とは思えぬ雰囲気の剣士――」
その指を半裸の女に移し、
「只者とは思えぬ女盗賊を連れた、ふたり連れ。」
「ふたり?」
無言を通していたヴァルハロスが、少し微笑を湛えて口を開いた。すると、先頭のエルフの眼の前に、空中から黒い外套を羽ばたかせた大男が、音も無く静かに舞い降りた。
「な?!」
鍛え抜かれた見事な体躯とは言え、眼の前に舞い降りた二mを超すその大男の前では小さく見える。その大男は、無表情にエルフたちを睥睨していたが、口の端だけを歪に引き上げ、そこから白い突起を覗かせた。
「わ、わぁぁぁぁーーー!」
後ろに控えていたエルフのひとりが、根源的な恐怖でも感じ取ったものか、耐え兼ね大男に殴り掛かった。
「うわぁぁぁぁ!」
それに釣られ、他数人も大男へと群がった。
「くそ!おい、お前らは女を抑えておけ。あの男は俺が相手する。」
恐怖に駆られO・D・Iに殴り掛かったのは五人。それを見た先頭の男、リーダーらしき男は、残りのふたりをアマンダへと宛がい、自らはヴァルハロスへと向かった。
確かに、あの黒衣の大男も恐ろしい。だが素手だ。盗賊も厄介だが、ふたりいれば動きは抑えられるだろう。問題は、もうひとりの黒衣の男。この男は、背中に大剣を背負っている。こいつを何とかしなければ。
リーダーらしき男は、自ら一番厄介な者の相手を務めようと前に出た。もうひとりの大男も脅威だが、まさか五人いてたったひとりに後れを取るとも思っていなかった。その考えの全てが誤りであるが、この男を責める事は出来無い。相手が規格外過ぎただけだ。
「殺すなよ。」
ヴァルハロスは、アマンダにそう声を掛けた。元より、アマンダはヴァルハロスの真意に気付いているし、口に出さずとも汲み取ってくれるとも思っていたが、敢えて口の端に乗せれば相手にも聞こえる。ヴァルハロスには、この者たちを殺める気など無かった。想定外だったのは、脅しが効き過ぎた事だった。
その脅しに屈して暴走した五人は、眼の前の巨躯を盲打ちにしたが、大男は微動だにせず全てを成すがまま受けた――が、まるで効果があると思えなかった。
確かに殴り、蹴り、拳が足が相手の体を捉えているのに、当たった感触は存在しなかった。然もありなん。O・D・Iは吸血鬼なのだ。魔力を纏わぬただの物理攻撃など、そもそも効果など無いのである。そして、素手――人体そのものに魔力を纏わせる魔法は高位魔法であり、生半可な魔法使いに使えるような魔法では無い。
何より、素手で戦うくらいなら、短刀でも棍棒でも良いから、武器を持って戦う方が良い。素手の強化など、多分使い手自体いないのではなかろうか。
そうして眼の前で暴れるだけの雑魚にO・D・Iが触れると、ひとり、またひとりとくずおれた。生命吸収――吸血鬼の持つ特殊能力のひとつで、牙を突き立て血を吸わずとも、触れるだけで生者の生命エネルギーを吸収する事が出来るのだ。
無論、対処不可能な万能能力では無い。触れさせなければ良いし、高い魔法抵抗力を以てすれば無効化も出来る。だが、今真なる吸血鬼の前で成す術無く倒れ行く憐れなエルフたちには、触れさせぬ事も抵抗する事も出来ぬのだ。
そして、女盗賊なら抑えられると任されたふたり。その目算も外れている。
背丈も体の幅も遥かに勝る男ふたりが、ひらりひらりと舞い踊るかの如く身をよじる女ひとりに翻弄されていた。時に足を掛けられバランスを崩し、時に脇を擦り抜けられつんのめった。
男ふたりは、脂汗を掻きながら掴み掛かり続ける。判っているのだ。足を掛けられた隙に、脇を抜けられた隙に、斬り付けられたならば疾うに勝敗は決している。
薄く笑みを浮かべながら舞い踊る女は、明らかに手心を加えていた。主の命に従って。そう、いつでも殺せる。その事を、男ふたりは理解した上で、それでも気力を振り絞り戦いを止めなかった。
そんな仲間の劣勢を、リーダーらしき男は気付けなかった。周りを気にする余裕など無かった。一番厄介な相手を受け持ったつもりだったが、その行動が己の驕りであったと思い知っている最中だった。
まだ、その背にある大剣の柄に手を掛けてすらいない。ただ自然体のまま斜に構え、リーダーらしき男を見るとは無しに見ているだけ。たったそれだけの男に、まるで隙が見出せない。下手に手を出せば、袈裟に斬られて斬死する――そんな光景しか思い浮かばない。
微動だに出来無い時間が何時間も経過し――たようにリーダーらしき男に感じられた数分間が過ぎた頃、
「そこまで。」
決して叫ぶで無く静かな口調だが、良く通る芯の強い言葉が投げ掛けられた。すでに他の七人は組み敷かれ倒れ伏していたが、この言葉にリーダーらしき男は腰が砕け尻餅を搗いた。
その尻餅の隣に、ひとつの影が立った。
「おや……族長。」
族長と呼ばれた人影は、倒れた八人と比べればかなり細身で、筋肉質でも無かった。言ってみれば、印象通りのエルフらしいエルフ。族長と呼ばれたが、見た眼にはヴァルハロスとそう変わらぬ歳に見えた。
「若い者たちが失礼をした。一族を代表して謝罪させて頂く。」
そうして、静かに、威厳を感じさせる態度で頭を垂れた。
「私は、一族を束ねるアルヴォスターと申す者。もし宜しければ、ご用向きをお伺い致したい。」
この間に、ヴァルハロスの左右にO・D・Iとアマンダが控えていた。ヴァルハロスは自然体のままアルヴォスターを視線に捉え、
「……ヴァルハロスだ。この女はアマンダ。こっちのは気にしなくて良い。」
そう言うなり、八人の視界から黒衣の大男は消え失せた。
「ひとつ問う。この自治区の中心に、何か特別な魔導器はあるか?用向きと言うなら、それだ。」
「く、ま、魔導器などある訳――」
「控えろ、エルヴィヴィエンド。」
「だ、だけど親父……」
「愚息が失礼をした。ご用向き、承った。どうぞ、付いて来て下され。」
オアシスの中でも、風が吹けば砂は舞う。オアシス部門の天幕を出た一行は砂に塗れたが、すぐにもそんな環境からは解放された。
オアシス部門の脇から関係者以外立ち入り禁止の囲いを抜け、数分と歩かず縦穴へと辿り着く。そこは螺旋状に緩やかな道が外周に刻まれており、その螺旋を下る時間の方はそれなりに長かった。
数分で外界の環境とは様変わりし、空気がひんやりと冷たくなった。と言って、それ以上寒くなる事は無く、洞窟の中は快適な気温、湿度が保たれていた。
灯りが一定の間隔で灯っているが、魔法の明かりではあっても直接魔法によって灯されたものでは無く、全てが魔導器であった。ドワーフも魔法種族に属するが、あまり直接魔法を行使する事は無い。あくまで、優れた魔導器職人なのである。他の分野であっても、多くは製作の為に用いられる魔法であり、世間一般で言う魔法使いとは趣が違う。
魔法の明かりに照らされた幻想的な縦穴を下りて十分ほど、縦穴の底に辿り着くと大きな横穴が口を開けていた。そこに見るからに戦士と言ったドワーフたちが屯しており、簡易的な門が設えてあった。
「おう、こんな場所に人間族とは珍しい。仲間も一緒だし、無理矢理押し入ったとは思わんが、決まりなんでね。割符をお出し願おうか。」
ドワーフ戦士のひとりが、近付いて来てそう声を掛けて来た。こんな場所に検問所を儲けたとて、実際に機能するものでは無い。そもそも上で、他の種族の立ち入りを制限しているのだ。ここまで来ただけで、多分許可を得た者なのだと判る。
「はいこれ。魔導器だって聞いたけど、これをどうするの?」
素直に割符を差し出すエンジエル。
「うむ、これだ。」
それを受け、そのドワーフ戦士は黒い箱のような物を取り出した。
「この差込口に挿してくれれば良い。」
見れば、黒い箱にはスリットが入っていて、そこが割符の断面と同じように淡く光っている。そこへエンジエルが割符を差し込むと、数瞬後黒い箱の表面に光る紋様が浮かび上がり、しばらくして消えた。
「良し、もう良いぞ。本物であると確認出来た。割符はそのまま持っていてくれ。帰りに上に返却してくれれば良い。」
「へぇ~、凄い。まるで古代魔族の遺産みたい。」
「……古代……何だって?」
「ううん、こっちの話。本当に、ドワーフって凄いのね。これもドワーフ製の魔導器なんでしょ。」
「あぁ、そうだ。俺たち戦士には無理だが、職人たちは何でも最高の逸品を作り上げるぞ。」
長い髭を摩り摩り、まるで自分の事のように自慢げに話す。ドワーフにとって、戦士としての名声も、職人としての名声も、ともに種族の誇りなのである。
「それでお前さんたち、何が特別でこんな場所までやって来たんだ?」
「これだ、これだ!見て驚け。」
その言葉には鍛冶師たちが興奮して、ダイ・オフの腕を掴んで前に押し出した。
「おいおい……」
さすがドワーフ。然しものダイ・オフも、その力には逆らえず。
「お、おい、まさか……」
ざわざわと、他のドワーフ戦士たちもさざめきながら集まって来る。
「あぁ、間違いなく最高級の魔法剣だ。しかも……」
眼を輝かせながら、鍛冶師たちがデッド・エンドを見詰めている。
「……はぁ、判った判った。ぅんっ、俺様は魔剣デッド・エンド様だ。」
「おぉおぉぉおおぉおおぉぉぉ?!」
その場にいた十人以上のドワーフ戦士たちが一斉に響めいた。鍛冶師なら、これほどの名剣を打ってみたい。戦士なら、これほどの名剣を振ってみたい。一流の戦士たるドワーフ戦士たちには、デッド・エンドの凄さが瞬時に理解出来た。
「ここではすっかり、デッド・エンドが人気者ね。」
「ぎげぎゃあ。」
いつの間にか戻っていたウーミンが、エンジエルの肩で頷いた。
大鉱道をメインストリートに、枝葉の道々に様々な施設が軒を連ねる街の中心地。その枝葉のひとつに鍛冶師部門の鍜治場もあり、一行は現在そこで歓待を受けていた――主にデッド・エンドが。
かなり立派な台座に奉られ、親方こと鍛冶師部門長グルドムンドが正面に陣取りはするが、手を休めた鍛冶師たちが我も我もと群がっていた。
とは言え、その状態では話も出来ず、ひと眼拝んだ鍛冶師は親方が追い払い、今はデッド・エンドを囲む十二~十三人が、親方の代表質問に答えるデッド・エンドの昔語りに耳を傾けている。
本人魔剣の身なれども、先日まで自意識では人間だった駆け出し魔剣。魔法剣や剣の鍛造に関して話せる事は無く、専ら千年前の吸血鬼ハンター時代の武勇伝が中心だった。ただそこはドワーフ、武勇伝も大好物だった。
「……でもやっぱり、女の人はいないのね。」
エンジエルはそう漏らしたが、確かにここまでドワーフ族の女性に会っていない。オアシスは言うに及ばず、門を固めていた戦士たちも、鍜治場で眼にした鍛冶師たちも、皆揃って髭を蓄えた屈強なドワーフ男性ばかりだった。
「まさか、見た眼はあんなだけど女の子――なんて事は無いわよね。」
「ぎげぎゃあ。」
笑うように鳴くウーミン。いくら何でも、彼らは男性で間違いあるまい。そこへ、
「失礼。あの魔剣の持ち主は、貴方方で間違いないか。」
見事な意匠の施された礼服のような上着をびし、っと着こなした――かなり筋肉が押し広げているが――ひとりのドワーフが、帽子と外套を左腕に掛け、少し高圧的な物言いでエンジエルに声を掛けて来た。
「……えぇっと、貴方は?」
「……鉱窟ギルドマスターの使いです。そこの魔剣を携えて、すぐおいで頂きたい。」
「……鉱窟ギルド?」
「鉱山洞窟、略して鉱窟だよ。グッデンハイム全てを統括するのが鉱窟ギルドだ。ギルドマスターは言わば、この地の王のようなもんだ。」
エンジエルと同じくらいの背丈の親方が、すぐ傍まで来ていて解説してくれた。
「すぐに向かう――とガンデムスに伝えてくれ。お客人は、儂が責任を持ってご案内する。」
「……承りました。それでは、失礼致します。」
恭しく一礼すると、使いの男はそそくさと立ち去った。
「あ~、すまんな。ギルドマスターの近臣ってだけで、ここでは偉いもんでな。外部の人間に高圧的な態度を取るのも職務だと思ってるんだろう。」
「別に気にしてないけど、今の様子だと、親方も相当お偉いさんみたいね。」
「おう、そうさ。ドワーフの鍜治場を仕切るんだ。それだけでも偉いもんさ。ま、それだけじゃ無ぇんだけどよ。」
親方は、まだデッド・エンドを取り囲んでいる鍛冶師たちを睨み付け、
「おら、休憩は終わりだ。お客人はギルドへのご挨拶だ。お前ぇらはさっさと仕事に戻れ。」
怒鳴るでも無く、しかし良く通る重低音が鍛冶師たちの耳に届くと、我先にと蜘蛛の子を散らすように去って行く。この親方、普段はもっと厳しいのだろう。
「詳しい事は、ギルドに着いてから聞かされるはずだ。取り敢えず、儂に付いて来てくれ。」
ダイ・オフがデッド・エンドを背に負うのを見届けると、親方は歩き出した。エンジエルたちも、それに続く。
この地で自由に動き回るなら、グッデンハイムを統括すると言う鉱窟ギルドマスターに顔を通しておいた方が都合が良い。
皆それを判っているから、素直に親方の後に付いて行くのだった。




